チート・ザ・36話
いばら姫はシンデレラに何かを伝え、まだ起き上がる事が出来ないシンデレラの前に立った。
そんな何とも健気でちっぽけな存在を殺神生物兵器はやはりニタニタと見下ろし、小指で耳をほじくりながらいばら姫に言葉を投げ掛ける。
「あー、今『私が相手をする』と聞こえたような気がしたが?」
殺神生物兵器の余裕ぶった嫌味にも、いばら姫は凛とした表情でそのまま返す。
「ええ聞こえた通りよ、覚悟しなさい! 【茨式迎撃】!」
いばら姫の言葉と同時に地中から極太の茨がいくつも姿を現し、それらが一斉に殺神生物兵器を襲う。
「グハハ」
殺神生物兵器が軽く笑うと、殺神生物兵器の肩から生えている無数の蛇が茨群に向かって伸び始めた。
そもそも【茨式迎撃】程度の攻撃では棒立ちの殺神生物兵器にダメージを与える事も難しいだろう。
殺神生物兵器はそれをわかった上で、遊ぶように力の差を見せつける事にしたのだ。
理由の一つは目覚めたばかりの力を試すため、もう一つは相対する小人の顔を絶望で歪めるため。
伸びた蛇頭一つ一つが、いばら姫が操る茨の力を上回り、茨群はすぐにへし折られ、あるいは噛みちぎられて数を減らしていく。
「【茨式飛針】!!」
今度は後方の茨群についている無数のトゲが一斉に殺神生物兵器のほうへ発射された。これも並の相手であればそのまま殲滅する事も可能な遠距離広範囲攻撃。
「フッ!」
殺神生物兵器は軽く息を吹き付けるように口から炎を吐いた。
ただそれだけの行為が残った茨群ごと【茨式飛針】を消し飛ばし、いばら姫自身も吹き飛ばす。
強風に煽られた紙屑のように宙を舞ういばら姫。
殺神生物兵器は二本の指でそんないばら姫を空中で摘まみ、眼前まで持ってくる。
「満足したか? 人間の姫よ」
殺神生物兵器はそう言いながら指にほんの少し力を込めた。
たったそれだけの行為により、いばら姫全身の骨が音を立てて折れていく。
「あああああああぁ……ッ!!」
激痛に悲鳴をあげるいばら姫。
殺神生物兵器がここまで相手を弄んでいるのは、先程あげた『自身の力を試すため』と『相手に絶望を与えるため』、そして更にもう一つあった。
それはいつの間にか姿を消したシンデレラの存在が気がかりだったのだ。
今更ちっぽけな人間二人がどう動こうとこちらの勝利は揺るがない。が、それでも相手は自分と戦う前に小声で何やら話をしていた。つまり何かまだ作戦があるとみて間違いないのだ。
そう考えるとこのいばら姫が囮になった隙にシンデレラが何かしら行動に移る、と考えるのが自然。
ならば迂闊にいばら姫にトドメを刺すことは、何か相手の術中に嵌まる事となるような気がしたのだ。
しかし、ここまで待ってもシンデレラは姿を現さない。
少しだけ不安を感じた殺神生物兵器は、いばら姫を摘まんだままキョロキョロと周囲を観察した。
「ふふ……何をそんなに怖がっているの……?」
全身の骨を砕かれたいばら姫が、手の中で不敵に笑う。
今まさに消えようとしている命に笑われた事が殺神生物兵器の癇に障った。
殺す事は簡単である。それならばその前に、速度を見せつけた際のシンデレラのように、このいばら姫の心も折ってやりたい。
「なぁにお前ら二人で何か企んでいたようだが、お前の決死の覚悟を囮にシンデレラは逃げ去ってしまったようだな? 見捨てられたお前が不憫で仕方なくてなぁ~」
ニタニタと笑う殺神生物兵器に対し、いばら姫もまた不敵な笑みを浮かべ続けている。
「そんな事……ないわよ? 私がシンデレラに……お願い……したの……『この馬鹿の相手は私一人で十分だから貴女は先に進んで』……って」
「……!」
その言葉に殺神生物兵器はそれ以上返さず、更に指に力を込めた。
「……ぁあああああッ!!」
いばら姫の口から更に悲鳴が漏れる。
もう、これ以上力を込めずともいばら姫は助からないだろう。それどころか敢えてこれ以上力を込めない事で相手の苦しみをより長引かせる事が出来る。殺神生物兵器はそう考える事で溜飲を少しだけ下げた。
「……ふんっ! いばら姫よ、シンデレラとまとめてかかって来ておればこれほど苦しまず仲良く死ねたものを!」
いばら姫はもう、声を発するのも苦しいはずである。
それでも殺神生物兵器の言葉に反応し、口を開いた。
「『いばら姫』……そう、それが茨を扱う……私の異名……」
声はかすれ、口からも目からも耳からも出血しているいばら姫。そんな状況でも、彼女はまだ、嗤っている。
「もう一つ……あるの……私のナマエ……こっちのほうが……可愛いわよ……?」
その不気味さに、殺神生物兵器は思わずいばら姫を投げ捨てようとした。
しかし、いばら姫自身が指に引っ付いてしまったかのように離れない。
「私の……ナマ、エ……は…………」
そこでいばら姫の心臓は、鼓動を止めた。
しかし言い切れなかった最期の言葉は、この世の物とは思えないような不気味な声で、殺神生物兵器の頭に直接響き渡る。
────『 ネ ム リ ヒ メ 』────
いばら姫は一度、元の世界で100年間もの年月を眠ってしまう事となってしまった事がある。
その際に発動したのがいばら姫自身の能力【茨式自動道連れ】。
この能力により、いばら姫が暮らす国中の生き物全てがいばら姫と共に眠りにつく事となった。
その時と違うのは二つ。
一つは、前回はいばら姫が無意識の内に自動で発動したため周辺広範囲に発散するように発動してしまった点。
対して今回いばら姫は、自らの意思で対象を絞り怨量を込めて発動している。
もう一つは、今回いばら姫はただ眠ってしまったのではない点。
そう、いばら姫は死んだのだ。
それに呼応するかのように【茨式道連れ】の怨念は強くなる。
この能力の標的となったのは、言うまでもなく──シンデレラを絶望の淵に叩き落とし、いばら姫自身の苦しみを限界まで長引かせた──目の前の殺神生物兵器。
次の瞬間、殺神生物兵器の足元が闇に染まる。
その中から這い出るは、これまでいばら姫が使っていたものとも違う真っ黒な茨群。
黒茨は生者を憎む亡者のように殺神生物兵器に絡み付いてゆく。
「!? なんだこれは!!」
殺神生物兵器はその圧倒的な腕力で黒茨を振りほどこうと右腕を振り回した。
────振り回した剛腕は茨に当たる直前に、まるで鋭利な刃で斬り裂かれたかのように、突如肩から先がズルりと落ちた。
「うぎゃあああああああッ!?!?」
思わず叫び声を上げ、無い腕を引きながら反射的に左腕で傷口を押さえる。
表情が恐怖で染まりながらも殺神生物兵器はすぐに次の行動に移った。
「ク、クソッ! これならどうだ!!」
茨を消し飛ばすために、今度は渾身の力で炎を吐き出す。
しかし茨はどこまでも続く深い深い穴であるかのように、炎は当たるとそのまま吸い込まれるように消えてゆく。
「こんな、こんな事が……ひぃ!」
殺神生物兵器はその場を逃れようと、背中の翼を大きく羽ばたかせた。
しかし黒茨にまとわりつかれた自分の下半身は、初めからこの地の一部であったかのように動こうともしない。
もう逃れる事は出来ない。
殺神生物兵器は、圧倒的力を持ったが故に、黒茨の怨念も確信してしまう。
「ば、バカな! この我がこんな……ぶぼわがッ!?」
身体を昇る闇が、突如内部から殺神生物兵器の内臓の一つをすり潰した。
「痛い……い、嫌だ! がぎゃっ!? が⋯⋯!」
少し時間を置いて一つ、また一つ別の臓器を捻り潰していく。
「い、いや、もう、やめ」
闇が殺神生物兵器の顔面にまで到達。
すぐに両の目を潰し、口内への侵入を開始する。
「誰か、助……ぐ、ぐわ! ゆ、許し……死にたくくくくくかかかかかかがががががががががあああああぁぁぁぁぉおぉぉぉおぉぉぉぉ⋯⋯ッ! ⋯⋯。⋯⋯。」
神をも屠る力を持ち、ゲーム参加者であるシンデレラを圧倒したその巨体は、深淵よりもドス黒い茨の海に全てを呑まれ、いばら姫と共に姿を消した。
いばら姫のお願いの通り、森の奥へと走っていたシンデレラ。
後方から響く凶悪なまでの波動を感じ、そこで立ち止まり振り返った。
あのどうしようもなかった殺神生物兵器の身体が闇に呑まれてゆく。
そしていばら姫の死を感じ、自然と口から言葉がこぼれた。
「ごめんなさい……ごめん……なさい……」
いばら姫の死が悲しかった事も事実である。しかし、それ以上に自分が許せなかった。
いばら姫はあの時、優しい笑顔で自分に言った。『私に任せて先に進め』と。
金太郎、幸せの王子戦のような、死の可能性も考慮した役割分担ではない。
マッチ売りの少女戦のような、刹那の時間が勝敗を別つギリギリの戦いでもない。
殺神生物兵器との実力差に絶望し、これから自分が無意味に死ぬという事実が恐ろしくて仕方なかった時、いばら姫から発せられた最期の情け。
シンデレラはそれに反論しなかった。出来なかった。『自分も共に戦う』とは言えなかった。その場から逃げ出したくて仕方がなかった。
いばら姫は今度こそ死ぬだろう。それは確信出来る事だったのに、自分は土壇場で自らの命が何よりも可愛かったのだ。
全てが終わった今シンデレラは、情けなくて悔しくて、時間を戻したくて戻りたくなくて、投げ出したくて死にたくて、その場でただただ泣き崩れた。
『犬』────死亡
『いばら姫』────死亡
残り────11名