チート・ザ・34話
広大な森が面積の多くを占めるこの島の、最も大きな森のちょうど中央地点。
一人の男を中心に、犬神、猿、鶴の三人がボディーガードのように周囲を固めて道なき道を歩く。
先の戦いで大きく消耗したはずの三人であったが、白いオーラを漂わせながら寧ろ先程まで以上のポテンシャルを維持して歩いていた。
中央の男は当然、桃太郎。
この男が使う【黍団子調教】の効果により、三人は傷と体力が回復したばかりか、更に力につけていたのだ。
白雪姫が得意とする【美貌光線】や金太郎が使った洗脳技術とは違い、相手の意思を剥奪する効果はない。
しかし対象者の思考に、『桃太郎が絶対的主であり自分達は自ら望んで服従している』という記憶が上書きされているのだ。
これ程まで強力な洗脳効果は、当然歴戦の実力者が相手であれば簡単には通じない。
しかし三人の最大の隙をついた事、そして対象者に対して非常に相性が良かった事が勝因に挙げられる。
催眠洗脳に対する相性は非常に個人差があり、実はこの三人にも等しく効いているわけではない。
相性が良かった事はたまたまである。が、桃太郎はこの三人に、少なくとも犬神と猿に対して相性が良いであろう事は魂に刻まれた記録により確信していたのだ。
四人がある程度歩いた時、桃太郎の左手側を歩いていた犬神が突如立ち止まった。それにより後続の三人も立ち止まる。
「臭う……左側から二人近づいてきている、人間の女の臭いだ」
人がこちらに近づいてきているというのであればそれは敵で間違いないだろう。
犬神はすぐに桃太郎のほうへ振り返り片膝をついた。
「主桃太郎よ、お腰につけた黍団子、一つ我欲す」
犬神の言葉に桃太郎は腰袋から黍団子を取りだし、呟きながら投げ渡す。
「やれやれ」
犬神は放られた黍団子を口でキャッチすると正面に向き直り、その場でフワリと宙に浮かび上がった。
「おお……みなぎる……! 溢れ出す力を感じるぞ!!」
犬神の身体がバチバチと電気を放ちながらそのまま上空に浮かび上がっていく。
そしてある程度の高さに達した時、犬神は叫んだ。
「【第六形態殺神生物兵器】ッ!!」
犬神の身体が激しい光に包まれ、一瞬にして大きく姿をかえた。
人と変わらなかった身長は十倍以上に膨れ上がり、やや細身に黒い体毛で覆われていたその身体は黄土色の筋肉隆々の肉体に変わる。
下半身は何十メートルもあろう巨大な蛇の尻尾に変化し、肩からは無数の蛇の頭を、背中には猛禽類の雄々しき翼を三対六枚生やした、正に異形の化け物へと変化した。
最初『中央世界』にて女につけられた名札も身体に合わせてサイズを変えるのか、その胸には縦幅数メートルある巨大な紙に一文字『犬』とデカデカと書かれている。
「グオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
殺神生物兵器は獰猛な咆哮を上げると、そのまま女の臭いがしたという方角へ翼を広げ高速で飛ぶ。
そんな殺神生物兵器の姿が遠目でも見えたのだろう、また別方向で変化が起こった。
進路方向であった正面数キロ先に、殺神生物兵器にも劣らない大きさの、木で出来た巨大な豚がメキメキと音をたてながら姿を現したのだ。
その巨豚を眺めながら猿が呟く。
「豚……あれもこちらに向かってきそうだな」
アレはまず間違いなく殺神生物兵器に対抗すべく他のゲーム参加者が発生させた物だろう。そう判断した猿は、腕をゴキリと鳴らしながら背後の桃太郎に言葉を投げ掛けた。
「桃太郎殿、お腰につけた黍団子、1つおいらに貰えんか?」
その言葉に桃太郎は腰から黍団子を取りだし、先程と同じように呟きながら猿の背中に放り投げた。
「やれやれ」
猿は右手を後ろに回し、投げられた黍団子を背面で受けとる。
そして膝を深く曲げ足に力を溜めると、出現した巨豚の方向へそのまま思い切り跳び上がった!
一度のジャンプで数キロ先へたどり着くだろう驚異的な脚力。
猿は上昇中に右手の黍団子に膨大な魔力を込める。黍団子は瞬く間に暗黒球体へと変化した。
そして丁度半分ほどの距離まで跳んだ時、その暗黒球体を巨豚に向かって投擲する。
「消えて貰うぜデカブツ! 【団子】ッ!!」
暗黒球体は彗星のごとき速度で木製巨豚に炸裂。
そこから発生するは凄まじい大爆発。その威力は【渋柿】の比ではない。【団子】の爆発は巨豚のみならず、放った方向の森をあらかた全て消し飛ばし、その余波を島の最先端まで軽く届かせ海までも荒れさせた。
更に地響きを起こしながら地形を変えるほど地面を大きくえぐり、雲の高さを上回る巨大なキノコ雲を発生させる。
「ハッハー!」
猿は跳躍の勢いのままそのキノコ雲の中へ姿を消す。
相手もここまで生き残った実力者なのであればこの一撃で倒せているとは限らない、確実なトドメを刺すために向かったのだろう。
「あら? わたくしの探知網にもどなたかが引っ掛かりましたわ……こちらも女性がお二人でしょうか? 内一人は子供くらいの体重ですわね」
そこで鶴が、向かって右方向へ目を向けた。
手ぶらのように見える鶴ではあるが、よくよく目を凝らすとその指先からごく細い糸が様々な方向へ伸びている。その張り巡らされた糸の一つに何者かが触れたのだろう。
鶴もまた桃太郎のほうへ目を向けながら話しかけた。
「桃太郎様、お腰につけた黍団子、お1つわたくしに下さいまし」
桃太郎は三度腰から黍団子を取り出すと、やはり呟きながら鶴に投げて寄越した。
「やれやれ」
鶴はその黍団子を両手で受け止めると、探知にかかった相手がいる方角へ目を向ける。
次の瞬間、鶴の手の中で黍団子が分解された。
黍団子の繊維一本一本が鶴の力により長く細く、そして無数に前方広範囲に伸びてゆく。
「……【次元捕食網】、これでお相手はもうお仕舞いですわね。桃太郎様、わたくしはアチラを片付けて参ります」
桃太郎に頭を下げた鶴は、素早く静かに森の奥へと走り去る。
残った桃太郎はその場で腕を組むと、空を見上げて呟いた。
「やれやれ」