チート・ザ・32話
「────と、言うわけだグレーテル。私は成り行きと気まぐれでお前を助けてやったが、このサバイバルゲームは最後まで生き残れるのは一人だけ。仮に私達が最後まで生き残ったとしても、結局はどちらかが死ななければならん」
「わかったけども、でもそれはイヤ! 私はお姉ちゃんに最後まで死んで欲しくなんてない!」
「それならば最後に私がお前を殺そう。というより私は最初からお前を殺すつもりだ」
「それもイヤ! 絶対イヤ!」
雪女とグレーテルが接触してから小一時間、二人は倒れた古木に腰を降ろし、自分達が置かれている状況とこれからの行動について話あっていた。
「お前はイヤイヤばかりだな、全く本当にあの子によく似て……あー、いや、ほら、だから早く聞き分けろ。覚悟を決めろ」
「イヤイヤイヤーーー!」
グレーテルに現状況を冷静かつ淡々と説明した雪女であったが、グレーテルは駄々をこねてばかりいる。
暴発した【暗黒砂糖菓子】から助け出した事により、グレーテルはすっかり雪女になついてしまったようだ。
「かぶ、またアレを頼む」
『任せておけ』
そしてかぶもまたこの場で二人の会話を聞いていた。
グレーテルが駄々をこねる度に、自分の頭の辺りに力を込める。
するとかぶの一部がスポンと外れ、グレーテルのほうへポロリと転がりだした。
「ほれ食え、そして落ち着け」
「……んー」
グレーテルは言われるがままに落ちたかぶの一部を拾い上げ、そして両手で握りしめた。
するとそのかぶがみるみる内に温かいチョコレートで覆われていく。巨大かぶのチョコレートフォンデュである。
グレーテルはその茶色の塊を口に運んだ。そして頬を歪ませながらヘヘヘと笑う。
「うーん! やっぱりおいしー!」
これまで感情のまま力を撒き散らしていたグレーテルは、ここで力をコントロールする術を知った。
多少加減を誤り強い力を発動させてしまったならば、すぐに雪女がそれを冷やす事で抑えていたのだ。
「はい! お姉ちゃんも食べて!」
「ん」
グレーテルはドロドロのチョコで覆われたかぶを半分雪女へ渡す。
雪女はソレを受けとるとすぐに右手の冷気で凍結させた。巨大かぶのチョコレートコーティングである。
「しかしかぶよ、お前は本当に美味いヤツだな。かぶにも独特の甘味はあるものだが、まさかチョコレートと合うとは思わなかったぞ」
『フッ、当然であろう。人間ごときの胃と心を掴めずして畑の王は務まるまい』
「グレーテルはもはやあまり人間とは呼べなさそうだし、私も分類上は『妖怪』だ」
『我から見れば貴様らなど所詮は等しく下等生物、下らぬ括りになど拘るでない』
他の参加者からすればこれは異例の光景であろう。
出会ったばかりの敵同士が、仲良く雑談しながら食事をとっているのだ。
「だからさー! 皆で帰れる方法考えようよ! 皆が駄目なら私達三人だけでも!」
「お前な、それが出来れば誰も殺し合いなどしていないだろう?」
グレーテルが発した子供ながらの提案。雪女はやれやれとあしらうように一蹴する。
またグレーテルのイヤイヤ攻撃が始まるだろうと肩を落とした時、かぶから予想外の言葉を聞く事となる。
『いや、案外不可能でもないかもしれんぞ?』
「うん?」
「ホント!?」
かぶの発言に雪女は呆気にとられ、グレーテルは目を輝かせる。
二人の疑問に答えるべく、かぶは言葉を続けた。
『ふむ、お前達、この我を随分と食したであろう? 身体の変化に気がつかんか?』
そこで雪女は自分の胸に手を当ててみる。
言われてみれば、人魚姫との戦いで消耗し疲れきっていた身体はいつの間にかとても軽い。
いや、そもそもこの殺伐とした世界でグレーテルとここまで気楽に会話出来ているのも、気が付かないうちに極めてリラックスしていた証拠だろう。
グレーテルにしてもそうである。
いくら力に目覚めたばかりで、いくらグレーテルに才能があり、いくら自分が冷気でフォローしていたとはいえ、この短期間でここまで力を使いこなせるのはいくら何でも早すぎる。
『我を身体に取り込む事で身体と心は癒え、更なる力に目覚める者も多い。特にグレーテルよ、貴様の力は下等生物ながら人間よりやや上の天使や悪魔の類い。奴らが使う空間魔法なんかがもしも使えるのであれば、雪女の制御と組み合わせてこの世界を脱出する可能性も充分考えられるだろう』
かぶの説明にグレーテルは歓声をあげ、雪女は信じられないと言ったように自分の身体を見下ろす。
『しかし、それでも「全員」は叶うまい。「我ら三人」も無理だ。精々が「貴様ら二人」だろうな』
かぶのその言葉に、雪女とグレーテルは顔を見合わせ首を傾げる。そしてかぶに聞き返した。
「理由は?」
『我は他の参加者数人を地中から、あるいは地上で見てきたが、奴らは危険なのが多すぎる。とてもではないが仲間に引き込むために会話する余裕などないだろうし、迷っていてはこちらが殺られる。そしてグレーテルに空間魔法の類いが本当に使えるかの検証に時間をかけるのは、貴様ら以外全員がいなくなった後でないと難しいだろうな』
人知れずゲームの観察を続けていたかぶから告げられる非情な事実。いや、それでもまだ希望が持てるほうであろうか。
グレーテルはやや視線を落としながら、もう1つの疑問を口にした。
「じゃあ、私達三人も無理って言うのは? 貴方も一緒に帰ろーよ」
『それはもっと無理だな。我とてこの雄大な身体全身に回復効果や能力成長促進効果があるわけではない』
かぶの言葉に対し、雪女は眉を潜めて聞き返す。
「どういう事だ?」
『お前らに食させていたモノは、我の核なる魂を混ぜ合わせていたのだ。故に我はもうそろそろこの生命活動を終える』
「な……!」
「えぇ!?」
雪女とグレーテルは絶句する。
ただ明るく会話していたこの植物が、出会ったばかりのこの根菜が身を犠牲に自分達に力を与えていた可能性など、考慮出来るはずがなかったのだ。
『狼狽えるでない下等生物共、我は貴様らに賭けたのだ。我が見てきた中に限るが、貴様ら二人は唯一、計算高い利用も、利害の一致もなく助け合った。下等生物ながらこの我の心を多少なりとも動かしたのだ、存分に誇れ』
「しかし、それだけでお前は死を選ぶと言うのか? それだけで私達を……」
雪女の言葉に、かぶは無い口を大きく開き盛大な溜め息をついた。
『はぁ~~~~~~~……これだから個々の生に異常な執着を持つ下等生物は思考が浅くて困る。よいか? 我は畑の王たるかぶであるぞ。食される事を切っ掛けに種を繁栄させる事こそ我らの本分よ! この身が意識を手放したとしても、我が分身は既にこの島のそこかしこに埋め込まれている。それらが更なる大きさと確固たる意思を持って脈動を開始しているのだ。貴様らが元の世界に帰る術をチンタラ探している間に芽を出すかもしれん。どうだ? 素晴らしい事だと思わんか? ん?』
自分達とはあまりにかけ離れた思考に、雪女とグレーテルは顔を見合わせる。
そして少しだけ沈黙したあと、二人はフッと笑った。
「あぁ、なんとも素晴らしいよ。お前の気持ちも、生き様も」
「かぶさん、どうもありがとう。貴方、なんだか私のお父さんみたいだったよ? あ、じゃあお姉ちゃんはお母さんかも!」
「おい、私は根菜に添い遂げる趣味はないぞ」
「あはは! 言ってみただけ!」
二人のやり取りを無い目で眺めながら、かぶはやはり無い首をうんうんと振る。
『下等生物の割には中々理解の早い奴等だ……さて、ではもうそろそろ我は逝くとしよう。願わくば我が分身と貴様らが会うことなく、無事に帰っている事を祈っておいてやろう』
「……流石は畑の王、この身に余る光栄でありませる」
「えへへ、元気でね! 私達も祈ってるよ! この世界がおっきなかぶでイッパイになる事を!」
『うむ! 苦しゅうない!』
その言葉を最期に、かぶは大きく地面に沈んだ。
その跡には何故か雪が混じった土がすぐに被さり、最初から何もなかったかのように錯覚をさせる。
しかし残った雪女とグレーテルの身体の中にその力が宿っている事を、二人は確かに感じ取っていた。
『かぶ』────死亡
残り────13名