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チート・ザ・昔話  作者: こおり ほのお
チート・ザ・バトルロワイヤル
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チート・ザ・31話

 シンデレラ達がいた場所からそう遠くない森の一角。周囲の草木は緑の葉が隠れるように、こんもりと白いものを乗せ光を放っている。

 その中央で白い着物の藍髪の女、雪女が静かに鎮座していた。


 雪女は元々周囲の気温によりその力を大きく左右される。

 普段ならば平温でも大した問題はないが、人魚姫との戦いで消耗した身体はそれすらも堪えるようになっていた。

 そこで雪女が行った行動は『自身の能力で周囲の温度を下げつつ体力温存のため大きくは動かない事』。

 つまり草木が凍りついているこの空間は、雪女が自ら創り出した安住のスポットであった。


 目を閉じて独り静かに瞑想していた雪女であったが、この冷気の範囲に何者かが侵入した事を察知する。


「……【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】」


 雪女が呟く呪文と共に、侵入者が現れた箇所に強い冷気が氷の膜となって発生する。

 遠距離から視覚効果もある強力な力を見せつける事で、雪女はまだ目に見えない相手を威嚇したのだ。

 それで相手がこの場を去るのならばそれで良し、そうでないのならこの冷気を扱い迎え撃つ。

 どちらにしても最善と判断しての行動であった。が、実はそれは消耗を避けるためには悪手であった。


 安息の地に踏み込む侵入者、それは幼き覚醒者グレーテル。

 ヘンゼルを失いあてもなく歩いていたグレーテルであったが、突如目の前に出現する謎の輝きと薄着の肌には刺激の強い冷気を感じ、反射的に大声を上げる程驚いてしまった。

 力に目覚めたばかりで上手くコントロールも出来ていないグレーテルは、そこで力を暴発させてしまう。


 溢れ出すのは織姫達との戦いで猛威を振るった、漆黒の魔手(エネルギー)が全てを追いかけ溶かしつくす【暗黒砂糖菓子(ダークネススウィーツ)】。

 その強大な力は雪女が生み出した【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】をすぐさま溶かし、白銀の低温世界が灼熱の漆黒空間に姿を変え始める。


「……ちっ」


 雪女は舌打ちをする。

 元々このサバイバルゲームにはさほど積極的ではない雪女であったが、自分に危害を加える者がいるならば容赦はしない。そして一度戦闘になったのであれば、半端な刺激に留める事など自身の命取りになりかねない愚の骨頂。


「──確実に殺す」


 立ち上がると侵入者がいる方角へ、その冷たく鋭く恐ろしい視線を向ける。

 【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】を一瞬で溶かした相手の火力を感じる限り、遠距離での戦いでは大した応戦は出来ないだろう。

 そう判断するとすぐさま侵入者の下へと駆けだした。

 




 さほど時間をかける事無く雪女は侵入者の下へたどり着いた。

 そこで見たものは、言ってしまえば『黒いプールで溺れている少女』である。

 暴発した【暗黒砂糖菓子(ダークネススウィーツ)】は、幸か不幸か大きく広がることはなく、グレーテルの周囲に留まり続けた。

 覚醒をきっかけに魔法少女の黒いレオタード衣装を纏った事により、グレーテルの耐久度も一般人とはかけ離れて強固なものになっている。

 それにより灼熱の【暗黒砂糖菓子(ダークネススウィーツ)】がグレーテルを溶かしつくす事は無かったが、それでも溢れ続ける漆黒の海に幼いグレーテルは抗う事が出来なかったのだ。


 つまり、雪女から見れば『敵であるゲーム参加者の一人が勝手に死にかけている』状況である。

 しかも明らかに自分とは相性が悪いであろう能力の持ち主。それならば、このままグレーテルが勝手に力尽きるまでほうっておけばいい。

 氷の休息地が必要であったとしても、無理にこの場にこだわる必要は何もない。また新たな場所で作成すれば良いだけなのだ。


 しかしこの時、雪女の頭に全く場違いな事がよぎる。


(あの子、ちょうど私の一番上の子と同じぐらいの歳、かな……)


 次の瞬間、雪女は冷静な部分の自分の意思とは無関係な行動をとっていた。

 口の中に冷気を溜め込み、吐き出すと共に叫ぶ。


「【氷結息吹(アイシクルキッス)】ッ!」


 雪女の口から吐き出された冷気が【暗黒砂糖菓子(ダークネススウィーツ)】に降りかかる。

 元々グレーテルの【暗黒砂糖菓子(ダークネスウィーツ)】も強い敵意があって展開されたものではなく、織姫達との戦いで見せた時程の高温ではない。

 【氷結息吹(アイシクルキッス)】がかかることによって、【暗黒砂糖菓子(ダークネススウィーツ)】は適度に固まりそれ以上溢れることも止めた。


(……なにをやっているんだ私は!)


 雪女は胸中で毒づき、自分の頭に手を当てて苦い顔をした。

 しかしやってしまった事は仕方が無い。取り合えずグレーテルのほうへ目を向けると、当の本人はキョトンとした表情で固まったチョコレートに下半身を埋まらせている。


(……さてこのままコイツの首を刎ねてやるか、もしくはほうって置いて立ち去るか……)


 考えながら雪女はグレーテルのほうへ歩み寄り、埋もれているグレーテルの身体を両手で引っこ抜いて地面に降ろした。


「大丈夫か?」


「う、うん……」


 まだ状況がよく掴めていない様子のグレーテルであったが、とりあえず大きな外傷も心的負担もなさそうな様子を見て、雪女は安堵の息を漏らす。


(ってだからそうじゃないだろぅ私ッ!!?)


 グレーテルから目を離し背後の氷壁に頭をガンガンと打ち付けだす雪女。

 その奇行をみてグレーテルは雪女の裾を引っ張った。


「お、お姉ちゃんどうしたの!? 大丈夫?!?」


 額を赤く染め、半眼になりながら雪女はグレーテルの方へ振り返る。

 相手もまた自分のことを心配しての行動だろう、慌てふためき目元に涙をためている。

 そんなグレーテルがまたも自分の子供と重なり、雪女は諦めた。


(駄目だ、どうも調子が狂う……とりあえずコイツが敵だという事実は後回しにしよう)


 そこで雪女はグレーテルの様子をマジマジと観察する。

 自分が産み出したものであるがこの冷える空間で肌寒そうなレオタード衣装。暗い森には黒い服は溶け込むが、それにしてはキラキラと光る装飾も多い。

 頭には悪魔のような角も生やし全体的に黒い格好ではあるが、背中には天使のような純白の翼を二枚生やしている。


(なんてアンバランスな子なんだ、親は一体どういう教育をしている)


 心の声はそのまま胸中にしまい、雪女はグレーテルの名札と瞳を見て返事を返した。


「ああ、大丈夫だ。名前は……グレーテル、か。お前は一体ココでなにをしていたんだ?」


「え、ええっと……」


 グレーテルは言葉を詰まらせ下を向き、少しの沈黙の後に再び口を開いた。


「わからない……お兄ちゃんがいなくなって、また森で迷子になっていたら綺麗な雪の世界があって、近づいたら雪がキラキラワアってなって、そしたら私から黒いのいっぱい出てきて……」


 雪女は状況とグレーテルの言葉を整理する。

 そういえば最初の中央世界でグレーテルは、もう一人別の参加者と一緒にいた。

 たしか神を自称する女が『ヘンゼルとグレーテル』と言っていた気がする。

 何らかの理由でヘンゼルが死に、森を一人で歩いていたら自分が生み出した氷の安住地を発見した。

 そして【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】を展開したことで不慣れな力が暴発。それを自分は敵の攻撃と勘違いして近づいた結果、溺れているグレーテルに遭遇した。


(といったところか……)


 雪女が思考しながらため息をついた時、グレーテルは突如目を輝かせながら雪女に顔を近づけた。


「でも! お姉ちゃんが助けてくれたんだよね? ありがとう!」


 そもそも力を暴走させるきっかけとなった【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】を展開させたのは雪女自身。

 グレーテルの真っ直ぐな瞳に雪女は後ろめたい気持ちを感じてしまう。


「あ、ああ……まあそんな所、だ」


「やっぱり! わーいお姉ちゃん優しー!」


 両手をあげて喜ぶグレーテルに、雪女の心の中で罪悪感がより強くなる。


(いやいやいや何を考えている私は! あの場で【美麗圧縮冷気(オーロラランジェリー)】を展開するのは当然の事だし、助けてあげたのは事実だし、てかそもそもこの子も敵だし)


 雪女が胸中で何かに必死で言い訳している時、白と黒が入り混じったこの大地に、突如巨大な何かがモリモリと地面から生えてきた。

 雪女とグレーテルは同時にそちらに目を向ける。

 その巨大なナニかは、どこから声を発しているのか人語を喋りだした。


『この辺の氷の大地で凝縮された養分に高熱殺菌されたチョコレートのコラボレーション、超美味ぇ』

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