チート・ザ・28話
金太郎を倒したシンデレラは、急いでいばら姫の元へと来た道を駆ける。
いばら姫は言っていた、『アイツは私がなんとかする』と。
決して『倒す』とは言っていない。いばら姫の力で幸せの王子を倒す事は出来ない。
ならば、せいぜいシンデレラが金太郎の元に向かうまで足止めする程度が精いっぱいなのだろうと、シンデレラもわかっていたのだ。
その通りであれば再び幸せの王子と一対一に戻ったいばら姫は、シンデレラが戻ってくるまでに倒されているだろう。
そして万に一ついばら姫がまだ生きていたとしても、シンデレラが戻ったところで極めて強固な幸せの王子を倒す事は、手負いの自分には出来ないかもしれない。いばら姫と共に幸せの王子に倒されるだけかもしれない。
それでも、シンデレラはいばら姫の元へ駆けた。
生き残るためにはすぐさまこの場を離れる事が最善である。
最終的に生き残れるのが一人だけであればどの道いばら姫と共に生き残る事は出来ない。
そこまでわかっていながら、この短期間で助け助けられ互いの気持ちを汲み取り合う事が出来たいばら姫の元へ、戻らない選択肢はなかったのだ。
(お願い! 間に合って!)
シンデレラが到着した時、幸せの王子は持ち前の身体能力により落下した地中から既に這い出ていた。
幸せの王子の目の前には力を使い果たしたいばら姫がへたり込んでいる。
「貴方達……」
シンデレラは異変に気が付いた。
いばら姫が倒される前に、自分がギリギリで間に合ったわけではない。
幸せの王子は、余裕を持っていばら姫を仕留める時間があったにも関わらず、ただ目の前で棒立ちしていたのだ。
幸せの王子がシンデレラの方へ振り返る。
そこには、先ほどあった冷徹で確固たる意志を持った瞳はもうない。
サファイアの綺麗な蒼色の瞳が、涙のように悲しげに光を放っていた。
しばらくの沈黙の後、幸せの王子が口を開く。
「余が、間違っていたのかもしれんな……」
幸せの王子は、像故に本来動くことの出来ない身体を、金を自在に動かす金太郎の力によって活動が可能になっていた。
そしてその事に恩を感じた幸せの王子の心境の変化に、金太郎独自の話術や能力が組み合わさり幸せの王子は金太郎が望むまま行動をしていたのだ。
金太郎が死んだことにより、幸せの王子が再び動けなくなったわけではない。
しかし、その心の中は魔法が解けたように大きな変化が起こっていた。
元の世界では、生き物の命や心を尊びその身を犠牲にしてまで周囲の幸福を願っていた幸せの王子。
金の小野を手駒のように洗脳する事も、銀の小野やいばら姫の命を奪うことも、本来彼が望む事ではない。
金太郎が倒された時、幸せの王子は自らが金太郎に加担した事に対し、急激な罪悪感に襲われだしたのだ。
(金太郎殿には感謝している……が、それも含めて余は操られていたのだろうな……)
幸せの王子は黄金の剣を鞘に納めた。
「シンデレラよ……信じて貰えるかはわからぬが、余にはもはや戦う意思はない……それでも一戦交えるか?」
元々直観に優れ、人の気持ちをある程度読み取れるシンデレラ。幸せの王子の言葉が嘘偽りでない事が受け取れる。
金の小野を操り、幸せの王子と共に襲撃してきた金太郎には当然敵意はあった。
だが、洗脳が解けた目の前の哀れな王子には、もはや矛を向ける気にはなれなかった。
「……いえ、お互いに得策ではなさそうね」
「感謝する」
幸せの王子はそういうと、踵を返して歩き出した。
シンデレラはいばら姫の元へ駆け寄り、いばら姫の様子を確認する。
力を使い果たし、声を発する事もままならないいばら姫であったが、少なくとも幸せの王子に付けられた外傷はない。
そんないばら姫を抱きかかえ、遠ざかろうとしている幸せの王子にふと声を掛けた。
「これからどうするの?」
幸せの王子は歩みを止める。
そして少しだけ沈黙した後、振り向かないまま静かな声を発した。
「さあ、な……それを考えながらフラリと歩くとする」
再び歩き出した幸せの王子の背中を、シンデレラは静かに見送った。
◇
シンデレラ達と別れてから小一時間、幸せの王子はまだ歩き続けていた。
(余は、動くべきではなかったのかも知れん……動けぬ像のまま、他の参加者にただ破壊されるだけの方が、きっと良かったのだ……おめおめ生き延びた余に、後何が出来る……?)
思考を深めながら歩みを続ける。
(もう、このゲームをただ見守る事にしよう……他者に危害を加える事はやめ、静かに生を全うしよう……相手が襲いかかってきたとしても、抵抗もよそう……)
そこまで考え、俯いていた顔を少し前に上げた。
(余は余が思うままに、余が余であるが故の行動するとしよう、もう誰にも操られる事などなく!)
そこで初めて気が付く。
いつの間にか、大きめの崖の前まで歩いていたようだ。
そしてその崖の上からいくつか影が伸びていることがわかる。その数、実に四つ。
幸せの王子は崖の上を見上げると、その影の中の一人と目が合った。
先ほど相対したいばら姫と変わらないだろう歳の可愛らしい女の子。
吸い込まれるように美しいその瞳の持ち主は、幸せの王子に向けて静かに一言呟いた。
「【美貌光線】」