チート・ザ・23話
草木が生い茂る緑あふれる山の中、その中でも段差の激しい崖の上に一人の男が腕を組んで辺りを見渡している。
白と黒を基調とした和の礼服、住職衣装を身に纏った頭を丸めたその男。
胸にはやはりゲーム参加者を意味する名札が付けられており、その文字は『坊主』。
「凄まじいフォースを感じる……」
袖を通す上着をマントのように肩に掛け、たなびかせながら鋭い眼光で上から景色を眺める坊主。
ゲーム参加者の大半が他の参加者と一戦は死闘を繰り広げている中、この男はたまたまこれまでに誰とも出会う事が無かったのだ。
しかし距離が離れていても破壊規模の大きい戦いが多いこの島では、その戦闘音がそこかしこから聞こえる。
たまたまではあるが、自分は安全圏にいながら非日常的な環境。生来やや楽観的でノリや勢いといった類の物を好む坊主の性格。
それらの組み合わせは、思春期に差し掛かった男の神経を刺激するには充分であった。
すなわち、坊主はただ一人で無駄に黄昏ていたのだ。
遠くから聞こえる爆発音、重くゆっくりと鳴り響く地響き、突如視界に入る強烈な光。それらを目で見て耳で聞き肌を感じ、坊主をゆっくりと崖から踵を返した。
ふと、そこで足が止まる。
先ほどまでは確かに無かった物体がそこにあった。
幅数メートルはあろう白いナニカ。仮にこの物体が球体だとするのならばその半分以上は地面の中に埋もれている事になるだろう。
ただの丸いモノではなく、その頂点には周りの大木にも劣らない立派な青菜を生やしている。つまり、信じられないサイズではあるが、どうやらこれは巨大な根菜のようだ。
表面は白を基調としているためパッと見た限りではわかりにくいが、この根菜も良く見ると坊主と同じ名札を付けている。そこに書いてある文字は『かぶ』。
「でっかい山菜だなぁー……っていつの間に? 来たときは無かったぞ??」
坊主は疑問に思いながらも、取り合えず葉の部分を引っ張ってみる。
すると口も見当たらないかぶが、どこからか声を発した。
『やめい』
「うお?! 山菜が喋った!!」
『人間ごときの言語を発する程度、我にとって造作もない事よ』
「お前みたいなデカくて喋る山菜初めてみたよー、採って和尚さんに見せてやりたいよー」
『やめいと言っておる。我を無理に引っこ抜こうと言うのならば、その身に我が【即死絶叫】を浴びて貰うぞ』
「マンドラゴラか何かかよお前」
何故か喋るかぶに、楽観的な性格ですぐに対応し軽口を交わす坊主。
『時に小僧よ』
「なんだよ」
『客人が来ておるぞ』
「うん?」
かぶの言葉と同時に坊主は悪寒を感じ取った。
その悪寒がする方角、向かって右方向へ身体を向け身構える。
遠目で木々の奥に姿を現す人影。両の手にナニカを握りながらそれを左右にかざす事で、なんと木々が自らその男を通すようにメキメキと形を変え道となっていっている。
その不自然なトンネルの中を平然と歩いてくる男。近づいてくる速度は決して速くはないが、仮に逃げようとするならば瞬時に追いついてくるであろう重圧を感じる。
蛇に睨まれた蛙のごとく身動きが取れない坊主にある程度近づいた男は、聞いてもいないのに木々を動かしたであろう技名を呟いた。
「【黍団子圧力】」
男の胸にある名札の文字は『桃太郎』。
そう、ゲーム序盤にて一瞬にして『北風』と『太陽』を葬ったこの男が、今度は坊主の前に姿を現したのだ。
桃太郎の無機質な呟きを聞き、こちらを見据える無感情な目を見て、坊主は悟る。
(……このままじゃ殺られる! かぶ! なんか凄そうなお前がなんとかしてくれないか!?)
坊主の心の声を知ってか知らずか、かぶもまた無い口を開いた。
『……ふむ、この相手は不味いな』
その言葉と共に、かぶの全身は大きく沈んだ。
地中に埋まっている巨体が動くという事実にも関わらず、その動作は静かでしなやかでスピーディ。
しかも、かぶが居なくなる事で大穴が出来るべき場所は、何故か最初から何も無かったかのように土で埋まってしまった。
つまり、身の危険を感じたかぶは坊主を置いて一早くこの場から姿を消したのである。
(おいいいいいいいいぃぃぃぃぃかぶううううううううううううううぅぅぅぅぅぅッ!!!!!)
かぶが居なくなった場所を見て、胸中で大絶叫する坊主。
しかし、また一歩確実に近づいてくる桃太郎の足音を聞き、すぐに現実と向き合う。もはや迫りくる脅威から身を守るのは、他でもない自分自身で行う以外には有り得ない。
坊主は懐に手を入れ、そこにあった物を右手に構えた。
ソレは複数のお札からなる一つの山札!
坊主はその山札の一番上のお札を左手でめくり、高らかを上に掲げ叫ぶ!
「先手必勝! ドロー! 『砂山』のお札ッ!!」
坊主の叫びと共に、桃太郎の足元の地面が急激に膨れ上がった。
そしてその砂山発生の際の衝撃により、桃太郎の身体は大きく上空に吹き飛ばされる!
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坊主
LP4000
桃太郎
LP4000→2500
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「き、効いた!」
自分の攻撃が桃太郎に通用した事を動揺しながらも歓喜する坊主。
間髪入れずに更に二枚目のお札を引く。
「俺のターン! ドロー! 『大水』のカードッ!!」
吹き飛ばされ宙を舞う桃太郎へ更なる追撃。
今度はお札から大量の水が噴き出し、それが空中で身動きが取れない桃太郎へ襲い掛かる。
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坊主
LP4000
桃太郎
LP2500→1000
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「もう一息……!」
坊主は更にもう一枚のカードを掲げた。
そして渾身の力を込め、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「トドメだッ!! ドローッ! 『山火事』のカードッ!!!」
空中で濁流に吞まれた桃太郎の周囲に、突如地獄のような業火が発生した。
炎は濁流全てを蒸発させながらそのまま桃太郎の身体を包み込む。
そしてそれはそのまま球体となり、中の相手を圧縮するように凝縮されていく。
「いっけええええええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
火球がある程度の大きさまで凝縮された時、それは弾け飛んだ。
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坊主
LP4000
桃太郎
LP1000→0
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舞い落ちる火の粉。その中にはもはや何も残っていない。
その花火を間近で見ながら、坊主の口からは自然と声が漏れる。
「は、はは……」
つい先ほど死を覚悟した坊主。
その脅威を自らの手で打ち払ったという事実は他の何にも代えがたい体験。
「……ははははははははははははははははははははははッ!!」
汗だくになりながら坊主は狂喜する。
そして、その自らの大声により、背後で呟かれた男の声をその耳に捉える事が出来なかった。
「ドロー、黍団子」
声の主は無傷の桃太郎。
最強にして完璧である彼が、坊主に気づかれる事無く背後に回り込む方法は、もはや星の数ほどあるのだろう。
叫び続ける坊主の背中に、腰袋から取り出した黍団子が命中。
茶色の砲弾は坊主の左胸を貫通し、森の景色を少しだけ赤く染めた。
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坊主
LP4000→0
桃太郎
KP99999999
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『坊主』────死亡
残り────17名