チート・ザ・22話
全てが漆黒に染まる中、天翔ける雄々しき牛とそれに跨る一組の男女。
彦星達を襲う【暗黒砂糖菓子】は確かに驚異的な威力と攻撃範囲を誇る。
しかしその無機質な軌道は、思考を持って経験し成長する彦星と織姫の回避と防御に余裕をもって捌かれ出す事になる。
「中々面白い逃げゲーだったぜ、だがそれもそろそろ終わりにするか」
彦星は角を巧みに動かし今度はグレーテルの方へ接近を開始する。
「相手は力に目覚めたばかり。まだ何かあるかも知れないわよ、迂闊に近づいてなにか策はあるの?」
「ああ、考えはある。なんかあった時はお前が何とか防いでくれると信じているぜ」
「貴方一人で死んできなさい。私はそろそろ降りるわ」
彦星の軽口に悪態をつきつつも、織姫はグレーテルの一挙一動に意識を集中させ、いつでも防御技を展開できるよう準備をする。
グレーテルとの距離がある程度近づいた頃、彦星は右手を振りかざし叫んだ。
「【四次元雄牛光線】!!」
突如グレーテルを包囲するように四方八方から牛が出現。それが中央にいるグレーテルへ一斉に駆け始めた。更に織姫と彦星が乗る【雄牛大射出】自身もそのままグレーテルに突進を続ける。
そしてグレーテルが最初に展開した【暗黒砂糖菓子】の魔手群も彦星達を追うように次々と飛来する。
つまり、この場で展開されている全破壊力がグレーテルの元に集結しようとしていた。
(さあどうするグレーテル! 【暗黒砂糖菓子】を解除したり牛達を弾き飛ばすのならば俺が直接その首跳ねてくれる! 逆に俺を迎撃するなら密集するその他のエネルギーに耐えられるか?!)
(結局捨て身の突撃なのね! 相手がどう来るにしても本当に完全に私の防御頼みなのねこの男は!)
そこでグレーテルは、紅い眼を更に見開きながらまたも大声で叫ぶ。
「【刺激的黒甘味】ッ!!」
その瞬間、集まりつつある魔手群が、黒い雷に変わった。
もともと高威力にして高速の攻撃であったが、雷に変わる事により正に光速に近づく速度となる。
それらは瞬く間に彦星達に追いつき、彦星と織姫も、召喚した牛達も、そしてグレーテル自身も全てを撃ち包んだ。
「ぐわああああああああああああッ!!!!」
「きゃああああああああああああッ!!!!」
その衝撃に絶叫する織姫と彦星。
ゲーム参加者として強固な肉体を持つ彼らにすら瞬時に大ダメージを与える雷撃。その威力により【雄牛大射出】や【四次元雄牛光線】により生み出された牛達は一瞬で消し炭へと変わる。
騎乗していた【雄牛大射出】を失うことにより二人の身体は空中へ放り出され、そのまま地面に激突した。
(まさか……コイツも捨て身の行動をとるとは……!)
(私たちにこのダメージ……! コレを受けた相手は……?)
全身に激痛が走り、身体が思うように動かない。しかしこのまま寝ていては相手の追撃によりトドメを刺されてしまうかもしれない。
織姫と彦星は言うことを聞かない身体に気合で力を込め、なんとか上半身を起こす事を成功させる。
そこで目に入ったのはやはりグレーテル。
グレーテル自身が展開した【刺激的黒甘味】により全身が焦げながらも、二本の足で暗黒の大地に立っている。
いつの間にかその頭には二本の曲がりくねった角を生やし、そこに【刺激的黒甘味】による黒色の電撃がバチバチと帯電していた。
「あの角が電撃のある程度を吸収しているようね……」
「グレーテル、か……上位悪魔とはよく言ってくれる……!」
グレーテルが手をかざすことによって、帯電している角のエネルギーが手の方に移っていく。
そしてそれは転がる二人にトドメを刺そうとグレーテルの手中で更に大きさを増した。
その時、彦星は織姫の方をみた。織姫もまた彦星の方へ視線を向ける。
言葉は発していない。しかし、この二人の間ではもはや言葉は要らなかった。
決して長い年月ではないが、互いの一目ぼれから始まり恋人として、夫婦として過ごした日々が視線のみで会話をする事を可能にしていたのだ。
──”すまないな、お前の言う通り迂闊に近づくべきじゃあなかったみたいだ”──
──”仕方ないわよ、それにどのタイミングで撃たれたにしてもあの雷は避けられない。遅かれ早かれこうなっていたわ”──
──”……そんじゃま、せめてアイツを、『魔王グレーテル』を道連れに倒した勇者パーティにでもなってやりますか”──
──”相変わらず悪趣味ねえ……いいわ、最期まで付き合ってあげる”──
グレーテルの手から黒色の雷弾が放たれる。
それと同時に、織姫と彦星は同時に唱えた。
「「【雄牛機工化学】」」
二人と雷弾の間に出現するは大口を開けた巨大な牛。
いや、よく見るとただの牛ではない。その身体は大半が機械で出来ている半獣半機のサイボーグ。
雷弾の軌道は吸い込まれるように【雄牛機工化学】の口の中に入りこんだ。
牛には四つの胃がある。その全てに潜り込んだ強烈なエネルギーが牛の中で循環され、更に魔法陣のような軌道を描きつつその威力を更に爆発的に高めていく。
「雷撃は防げても、それを動力源としたこの大爆発は防げねえだろ? 闇落ちしちまったお前も俺たちと一緒に地獄に来るか? グレーテル」
「こんな残酷な世界だもの、謝りはしないわ。でも、貴女のお兄さんと一緒にアッチで逢えたなら、もう少し平和にお喋りしてもいいかもね」
次の瞬間、【雄牛機工化学】が爆ぜた。
その威力はグレーテルが塗りつぶした暗黒の空全てを消し飛ばし全てを塵に変えてしまう、これまでにこの島で発生したエネルギーの中でも最大級のモノとなった。
本人達も知らなかった事だが、元々が天の民である織姫と彦星は、その肉体が消滅してもほんの少しの間だけ霊体のように魂をその場に停滞される事になる。
二人は全てが消し飛ばされたはずのその空間で、佇んでいる二つの影を確かに見た。
一つはグレーテル。
ボロボロになった漆黒の衣装はそのままであるが、その眼は幼い少女のものに戻っており、クリクリとした瞳を更に丸くさせもう一つの影を見つめている。
「お兄、ちゃん……?」
グレーテルのそばに佇むもう一つの影。
純白の翼を背中につけた少年が、グレーテルに微笑みかけている。
その少年の持つ翼が、光に包まれながらグレーテルの背中へと移動した。
その不可思議で神秘的な現象の後、翼を失った少年は微笑みながら姿を消す。
続いて残った織姫と彦星の魂も消えようと薄くなってゆく。
消えゆく最期に、二人もまたフッと微笑んだ。
──”『魔王グレーテル』、ヤツ一人なら道連れにしてやれたんだがなあ、天使と悪魔に組まれちゃあ敵わねえや”──
──”光と闇が合わさった最強の存在ね……『聖魔天使ヘンゼルとグレーテル』、……この島で一体どこまで成長するのかしら……”──
大爆発による光も音も消えた後、爽快な青空の下、何も無くなった空間に呆けた顔をした一人の少女だけが立っていた。
『ヘンゼル』────死亡
『織姫』────死亡
『彦星』────死亡
残り────18名