チート・ザ・かぐや姫
むかしむかしある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
ある日おじいさんが竹を取りに山に行くと、一本の竹の根元が光り輝いています。
不思議に思ったおじいさんがその竹を切ってみると、なんと中から三寸ほどの大きさの、それはそれは可愛い女の子が入っていました。
「きっとこの子は天からの授かりものに違いない」
子供のいないおじいさんは大喜びでその女の子を家に連れて帰りました。
おじいさんが連れてきた女の子を見て、おばあさんも大喜びです。
おじいさんとおばあさんは、その女の子に『かぐや姫』と名付け、自分の子共として大切に育てる事にしました。
そしてその小さかった女の子はわずか三ヶ月ほどの間にすくすくと育って、それはそれは美しい娘になります。
その美しく不思議なかぐや姫を、世の男たちが放ってはおきません。
多くの若者たちがおじいさんの家にやって来ては、かぐや姫をお嫁さんにしたいと言いました。
そしてその多くの若者たちの中でも特に熱心だったのが、次の五人の王子たちです。
彼らの名前はそれぞれ
石作皇子
車持皇子
阿部御主人
大伴御行
石上麻呂
と、言います。
みんな身分がとても高く礼儀正しいうえにイケメンでお金持ちです。
熱心に求婚を迫るその五人に、おじいさんはかぐや姫の気持ちを聞きます。
するとかぐや姫は、こう答えました。
「わたくしの言う、世にもめずらしい宝物を探して持って来たお方のところへお嫁に行きたいと思います」
話を聞いたおじいさんは、五人の王子たちにかぐや姫の言葉を伝えました。
「かぐやは、こう申しております。
石作皇子殿には、天竺にあるお釈迦様の作った扇、仏の御石の鉢を、
車持皇子殿には、東の海の蓬莱山にある金銀輝く木の枝、玉の枝を、
阿部御主人殿には、中国にある伝説のネズミの皮で作った布、火ネズミの裘を、
大伴御行殿には、伝説の竜が大事に抱えているという、竜玉を、
石上麻呂殿には、ツバメが生むという綺麗な貝、子安貝を、
それぞれ、お持ちいただきたいと」
「「「「「ははっ、必ずや!」」」」」
それを聞いた五人の王子たちは、おじいさんに一礼するとすぐに立ち上がりそれぞれ指定された物を取りに行きます。
石作皇子はすぐに天竺まで船を出すと、手持ちの聖剣を鍵に天界への扉を開き、直接お釈迦様から仏の御石の鉢を譲り受けました。
車持皇子は蓬莱山まで転移したかと思うと、裏ダンジョンに蔓延る悪鬼達を瞬く間に斬り捨て、その奥の宝箱から玉の枝を入手しました。
阿部御主人は中国まで宙を蹴りながら辿り着くと、伝説の火ネズミを術式で召喚し、皮を剥ぎ取り火ネズミの裘をつくりました。
大伴御行は家に帰ると、既に手懐けてある竜から竜玉を当たり前のように拝借しました。
石上麻呂は口笛を吹くと、日本中からありとあらゆるツバメが彼の元に集まり、その中から子安貝をゲットしました。
五人が五人とも指定した物を持ってきてしまったため、かぐや姫は困ってしまいました。
手に入れる事が非常に難しい宝物、持って帰る事が出来る者は精々一人、もしくは全員が持ってこれないだろうと思っていたのです。
そんなかぐや姫におじいさんはにっこりと笑いこう言います。
「ワシに任せておきなさい」
そしておじいさんは先の五人を一室に集め言いました。
「皆さま、かぐやが欲しがる宝物を持ってきたこと、本当に素晴らしく思います。しかし、五人全員を婿にする事は出来ません。そこでワシが皆さまを再度審査させていただく事となりました。かぐやの婿となる最後の条件、それは」
そこでおじいさんは一息をつき、続けます。
「このワシを倒す事じゃッ!!!」
おじいさんの一言に空気が振動する。
いずれも他と一線を隔する五人の王子たちもその様子には戦慄せざるを得なかった。
「ならば私から」
その中でも聖剣を持ちお釈迦様と直接対面した男、石作皇子が真っ先に名乗りを上げ、聖剣を手に立ち上がった。
「ご老体と言えどようしゃは致しませんぞ」
「誰に言っておる若造」
石作皇子は聖剣を構えると、おじいさんに近づく事無くその場で振るう。
すると刀身から眩い光が放たれ、それはそのまま刃と化しおじいさんを襲った。
「フンッ!」
おじいさんはその衝撃波を、何をせずにただ受けた。
聖剣の一撃によりおじいさんの周囲は空間がそのまま裂けたかと思う程、大きくそして鋭利に切り裂かれた。
が、おじいさんにはかすり傷一つ付いていない。
「な!?」
続いておじいさんは猛スピードで石作皇子の方へ突進を開始した。
常人ならばなすすべもなく吹き飛ばされるであろうその動きにギリギリで対応した石作皇子は、今度は直接おじいさんに聖剣を振り下ろす。
しかしおじいさんは真正面から聖剣に拳を撃ちつけると、聖剣は粉々に砕かれた。
更にその破壊は周囲を巻き込むように連鎖し石作皇子の拳をも砕く!
「ぐあああああぁッ!!」
石作皇子は砕かれた拳を抱え、その場に座り込む。
おじいさんはソレを見下ろし口を開いた。
「フンッ! 他愛もない」
そして他の四人に向け更に言い放つ。
「お前たち! 四人がかりでいい、さっさとかかって来い!」
────こうして五人の王子たちは、誰一人かぐや姫をお嫁にする事は出来ませんでした。
さて、かぐや姫の話がついに帝の耳にも届きます。
そしてかぐや姫の美しさに心を奪われた帝が、かぐや姫を宮廷に迎えると言ったのです。
帝と言えば、この日本で一番偉いお方です。
おじいさんとおばあさんは大喜びですが、かぐや姫は宮廷に行くのを断りました。
帝の力を持ってすれば無理矢理にでもかぐや姫を宮廷に迎える事は可能と思っていましたが(本当に可能かどうかは各自ご判断下さい)、帝はとても心優しいお方だったので、無理にかぐや姫を迎えようとはせず、かぐや姫と和歌を交わす関係になりました。
かぐや姫が帝と和歌を交わす関係になってから三年の月日がたった頃、かぐや姫は月を見ては涙を流すようになりました。
心配したおじいさんとおばあさんが、かぐや姫にたずねます。
「かぐや、何がそんなに悲しいのだね」
「心配事でもあるなら、わたしたちに話してごらん」
優しく問い掛けるおじいさんとおばあさんに、かぐや姫は泣いているわけを話しました。
「お父さま、お母さま。実はわたくしは人間の世界の者ではありません。わたくしはあそこで光り輝く月の都の者です。今度の十五夜に月の都から迎えが来るので、わたくしは月の都に帰らなければなりません。それが悲しくて泣いているのです」
かぐや姫が語る真実に、おじいさんとおばあさんは大層驚きました。
そこでおじいさんとおばあさんは帝にお願いをして、月の都から来る迎えを追い返す事にしたのです。
十五夜の夜、帝はかぐや姫を守るために二千人の軍勢を送りました。
二千人の軍勢は地上に千人、かぐや姫の屋敷の屋根に千人が並び、弓や槍をかまえて月の都から来る迎えを待ちました。
やがて月が明るさを増し、空が真昼の様に明るくなりました。
すると雲を掻き分けるよう現れた複数の飛行物体。
その巨大な飛行物体の先頭から大きな声が響き渡る。
『姫よ、お迎えにあがりました。あーあー、地球の諸君、貴殿方の文明レベルではこの《巨大戦艦軍ルナテリア》にはどうあっても敵いません、早々に諦めて姫をお渡しなさい』
その言葉と共にルナテリアの一艦は明後日の方向にある大きな山に砲撃を撃ち込む。
砲台が火を吹いたかと思うと標的の山は轟音と共に消し飛んだ。
それをみた槍や弓で武装した二千の兵士達はしばし呆然とし、
「ひいぃぃぃッ!!」
「に、逃げろおぉぉぉ!!」
「もうお仕舞いだぁぁあ!!」
一瞬で大混乱に陥った。
そんな誰もが我先にと逃げ惑う中、一つの影がルナテリアに飛びかかる。
勿論それはおじいさんである。
おじいさんが全長何百メートルもあろう宙を浮く巨大戦艦に拳をぶつけると、戦艦は大爆発を起こし砕け散った。
その破片が地上に降り注ぐ事により地上には更なる悲鳴が響き渡るが、それらが地上にたどり着く前におばあさんが屋敷全体を覆うように結界を貼る。
それは全盛期のおじいさんがどれだけ暴れまわっても決して割れることがなかった最強の防護壁。当然戦艦の残骸ごときでは破れない。
おじいさんは地上のかぐや姫に被害が及ばないことを安心すると艦から艦へと次々と跳びうつり、その全てを破壊していく。
しかし相手も地球科学の数千年、あるいは数万年先を行く月の大戦艦軍ルナテリア。
どれだけ破壊しても無限であるかの如く襲いかかる戦艦軍に、体力に限りがある生身のおじいさんは少しずつ、ほんの少しずつだが押され始める。
────ついにはその戦いが始まり七日目の朝、炎に包まれたおじいさんが屋敷に落下した。
「おじいさん!」
おばあさんはすぐ結界を解除し、おじいさんを屋敷の中に入れる。
全身黒く焦げているおじいさんであったが、にっこりと笑いながらおばあさんに話しかけた。
「ははは、歳は取りたくないのぉ。さぁおばあさん、反撃だ、回復を頼む」
おばあさんが一瞬だけおじいさんから目を反らし、歯を食い縛った。
しかしすぐにおじいさんに向きなおると、回復させようとその手を取る。
その瞬間、かぐや姫が二人に向かって話しかけた。
「お父さま、お母さま、もうおやめ下さい。わたくしはお父さまが傷つく姿もお母さまが悲しむ姿も見たくありません」
かぐや姫ははらはらと涙を流しながら、しかしそれでも続けた。
「わたくしのために本当にありがとうございます。しかし、お父さまお母さまが私を守って下さったように、今度はわたくしがお二人をお守りします」
かぐや姫のその言葉は、『抵抗をやめ、月に帰る』事を意味していた。
おじいさんはそれを止めようとかぐや姫に手を伸ばすが、かぐや姫はその手を優しく包み眠りの魔法をかけます。
それはとても初歩的な魔法ではありましたが、今のおじいさんを眠らせるには充分でした。
おじいさんの気持ち、かぐや姫の気持ち、双方の相手を想うが故の行動がとてもわかるおばあさんは、泣きながらかぐや姫に手を振りました。
「わたくし、お母さまの子どもになれて、とても幸せでした。お父さまにもそうお伝え下さい」
その時、戦艦が一艦かぐや姫の頭上を通る。
そして戦艦から発せられる光に包まれた。
────その光に吸い込まれるようにかぐや姫は姿を消し、空を覆い尽くすように飛んでいた戦艦は次々と月へ引き上げていった。
圧倒的文明の戦力差をたった一人の力でギリギリまで埋めた事に畏怖と敬意を評し、この世紀の大戦争を後の人々はこう名付ける。
────『猛殺物語』、と。
めでたしめでたし。