チート・ザ・21話
グレーテルを包んだ光はそのままドンドン大きくなっていき、見る者が直視出来なくなるほどの眩しさとなった。更にその中心からは凄まじい突風も吹き荒れ出す。
「なんだ? 何が起こっている?! 織姫! これはお前の仕業か!?」
「冗談言ってんじゃないわよ! こんな強烈なエネルギー、私どころかお父様にだって出せやしない! 貴方の牛がへんな化学反応で光ってんじゃないの?!」
「暇つぶしにキャトルミーティレーションに巻き込ませた時もこんなに光ってねえよ!」
この出来事に、流石の織姫と彦星も戦いを中断せざるを得ない。
風と光がある一定の強さに達した時、ソレらは突如掻き消えた。
中から姿を現したのは当然グレーテル。しかし、その様子は先ほどまでとはまるで違っていた。
視線は下を向いておりその表情はわからない。みすぼらしい布の普段着はどこかに消え失せ、代わりに纏われているのはフリル等の装飾が多い、それでいて露出も多い黒色を基調としたレオタードのような派手な衣装。
手には棒状の物が握られており、その先端には球体に蝙蝠の羽が付けられたような独特な形をしている。
「おいおい随分色っぽいじゃねーか、子供が着ていいような服じゃねーぞ」
「お父様の机の引き出しを覗いた時にあんな格好見た事あるわ。『魔法少女』ってヤツね、多分」
その時、グレーテルは俯いていた顔を真っすぐ上げた。織姫と彦星はこの時初めてグレーテルと眼を合わせ、驚愕する。
その瞳は真紅に染まっており、そこから流れて出て頬を伝っている液体もやはり紅色。完全な憎悪の感情を迸らせてこちらを睨みつけていた。
百戦錬磨の実力を誇る二人の身体に悪寒が走る。
二人は反射的に後ろに跳び、更に防御技をそれぞれ展開した。
「【雄牛肉壁発生】ッ!」
「【大盾機巧化学】!!」
突如、彦星の前に多量の猛牛が召喚され、所せましと彦星の周囲に並ぶ。
織姫の前にはまたしても謎の巨大機械が現れ、巨大な盾のようなソレが織姫とグレーテルと遮断するように二人の間に立ちはだかった。
そしてその一瞬後、グレーテルもまた呪文を唱える。
「【暗黒砂糖菓子】ッ!!」
言葉と共に、グレーテルが持つステッキから闇が溢れた。
その闇は、グレーテル及び織姫と彦星を包囲するように広範囲に広がっていき、結果、織姫たちから見て背景全てが漆黒に染まる。
(なんなのコレは? どう来る!? 何が来る?!)
(この攻撃は防げる類の物か? それともそれ以外のなにかか!?)
自分達の最大の防御技を展開して尚、歴戦の二人の心の中では異常な警鈴が鳴りやまない。
そしてその予感は的中する事となる。
漆黒に覆いつくされた空から、無数の何かが飛来した。それは一本一本が太い縄のような形をしており、それでいてその先端は歪に五つに分かれている。つまり、不気味な漆黒の手が雨となって二人に降り注いだのだ。
「【大盾機巧化学】!!」
迫りくる脅威に対し、織姫は頭上にも盾となる巨大機械を出現させる。
ソレを見て、彦星は血相を変えながら叫んだ。
「【雄牛大射出】ッ!!」
言葉と共に彦星の真横5メートル程の位置に突如巨大な牛が出現。
しかしその牛の四本の脚は関節から下が無く、代わりにその先端から火を後ろに吹かせる事で空を飛び、そのまま使用者の彦星の方へ高速接近をかました。
彦星はその強烈な突進が当たる瞬間に、なんと右手で【雄牛大射出】の頭の角も掴む。結果、牛の巨体と共に彦星の身体も宙を飛んだ。
その動作の意味を理解した織姫もまた手をかざす。【雄牛大射出】に乗った彦星が空いた左手で織姫の手を取る事で二人共その場を離れる事に成功。
【雄牛大射出】はそのまま高度をあげ、織姫と彦星は暗黒の空を高く飛んだ。
その一瞬後にグレーテルが展開した無数の手が地上に着弾。
彦星が展開した【雄牛肉壁発生】、それにより生み出された無数の牛達の身体をいともたやすく貫き、そのまま全てを黒く塗りつぶす。
織姫が展開した【大盾機巧化学】もまたあっという間に黒く覆われ、更に溶かすようにそのシルエットはあっという間に形を崩していく。
「馬鹿野郎……アレのヤバさぐらい感づきやがれ……! 見ろ、俺の牛達もお前の織機も一瞬でチョコレートフォンデュになっちまった!」
ゾッとしながら地上を見下ろす彦星。
しかし、その目を離した隙に【雄牛大射出】から見て正面から無数の魔手が迫っている事に気が付いていなかった。
「馬鹿はアンタよ! 【旋風機巧化学】!!」
その攻撃にいち早く気が付いた織姫は、得意の機械召喚を行う。その機械から今度は猛烈な風の壁を生み出した。
風の壁にぶつかった魔手群は、受け流されるように左右に散ってゆき織姫はその直撃を避けることに成功する。
慌てて警戒を周囲に戻す彦星。
目を凝らすと漆黒の背景の四方八方から魔手群がこちらに向かってきている。
「この変わった世界でお前と楽しくイチャラブれるかと思っていたのによ! 全くめんどくせーパパラッチに見つかっちまったな!!」
言いながら彦星は、自分の腕にぶら下がっている織姫を腕力だけで更に持ち上げ【雄牛大射出】の背中に乗せる。
そして自身もその手前まで移動すると、天翔ける牛の背中にまたがり先ほどまでぶら下がっていた角をハンドルのように両手で握り直した。
「たまには夜空のドライブデートも悪くないでしょう! アンタの手綱、しっかり握っててあげるわ!」
織姫は彦星の腰に両手を回し、自身の身体を固定させる。
続いて迫る全方位からの魔手群を、彦星が巧みに角を操作する事でギリギリで全て回避。
それでも避けきれないものは、織姫が召喚する機械の効力により防ぐか軌道をそらすかを繰り返した。
高速にして広範囲、高威力の【暗黒砂糖菓子】であったが、彦星の機動力と織姫の防御力が合わさった今、そう簡単には捉えられない。
無数の魔手を紙一重で躱し続けながら、織姫と彦星は驚異の元であるグレーテルの方へ目を向けた。
グレーテルは最初いた場所から一歩も動いていない。
しかしそれでいて空を飛び回る織姫と彦星を、首をぐるぐる回しながら紅い眼で追い続けていた。
彦星たちの驚異的な視力を持ってすれば、上空からでもグレーテルの小さな唇が一定のリズムで動いているのがわかる。
そしてそのまま読唇術でその動きが意味する事も読み取った。
「『許さない許さない許さない』……ってか」