チート・ザ・20話
物語の主人公。
一口にそうは言っても詳細は千波万別。その中でも強き力を持つ者達が集められたこの島であったが、中にはそうでない者達もいる。
「アイツらヤバすぎる……! グレーテル! こっちだ!」
「ま、待ってよお兄ちゃん~!」
森の中をかける二人の少年少女。名札の文字は『ヘンゼル』と『グレーテル』。
ヘンゼルは石等を発光させるというほんの些細な能力を持つという事以外は一般人と何ら変わりのない身体能力。グレーテルに関してはその特別な異能すら身に付けていない。
そう、この二人は持たざる者であった。
「! マズイ! 伏せろグレーテルッ!」
ヘンゼルの悲痛な叫び。反射的に身を屈めるグレーテル。そしてその一瞬後にグレーテルの頭上を通り過ぎる巨大な黒い影。
「チィ……相変わらずすばしっこいヤツめ」
ヘンゼルたちの背後から姿を現すは、青を基調とした和服を着た一人の男。と、先ほどグレーテルをひき殺さんとした影と同じシルエットの動物群。巨大な身体を黒い毛皮で覆い、頭には鬼のような二本の角を生やした最強クラスの草食動物───そう、猛牛の群れであった。
男の胸にある名札の文字は『彦星』。ヘンゼルたちと同じくこのサバイバルゲームの参加者の一人である。
彦星が見つめているのは今ギリギリで回避を成功させたグレーテル……ではない。その更に前方に目を向け、忌々しく、しかしどこか嬉しそうに呟いている。
その視線の先にいるのは、彦星とは対照的に赤を基調とした着物を纏った和風美人。やはり胸には例の名札が付けられており、こちらの文字は『織姫』。
「あぁらこんな亀のようにゆっくりな攻撃が私を捉えた事なんて、今までたった一度でもあって?」
彦星の呟きに、鼻で笑うかのように返す織姫。
そう、彦星が狙って牛をけしかけていた相手はヘンゼルやグレーテルではない。相対するこの相手、織姫であったのだ。
織姫からの挑発に対し、彦星もまた笑った。ただし額には血管を浮かび上がらせながら。
「今日という今日はその余裕面、消してくれるぞ! 【雄牛弾丸乱射砲】ッ!!」
彦星が叫びながら手をかざすことで、周囲の猛牛達が一斉に織姫に襲い掛かる!
そしてその戦いの間にいるヘンゼルとグレーテルは、巻き添えを回避しようと必死に逃げていたのだ。
「わ、わ! お兄ちゃん! また来る!!」
「グレーテル! こっちだ!」
雄牛行列の道から外れるようにグレーテルを誘導しようとするヘンゼル。
グレーテルもそれに従いヘンゼルの方へ駆ける。が、その時、木の根に躓きグレーテルは転んでしまった。
「あん!」
「グレーテル!」
彦星の攻撃の直線上にいるままのグレーテル。顔を上げれば牛の群れはもうすぐそこに迫っている。
特別な力を持たない小さな身体では、この攻撃をしのぐ術はもはや無い。
「その攻撃はとっくに見切っているわ! 【機巧化学処刑場】ッ!!」
牛たちがグレーテルをひき殺す寸前で、突如牛たちとグレーテルの間に巨大で複雑な機械が出現する。
興奮した牛達の突進は止まらない。牛達がその機械に辿り着いた瞬間、機械から発射された禍々しい刃が、牛の首を跳ね飛ばした。
赤黒い血を撒き散らしながら宙を舞う牛の首。頭を失いそのまま機械に激突する残りの胴体。
それらにも更に刃は次々と発射され、瞬く間に牛をミンチに変えてゆく。
当然その対象は牛一頭に留まらず、彦星がけしかけた牛全てが赤い血の海へと姿を変えた。
「あ……あ……」
「しっかりしろグレーテル! 立って逃げるんだ!」
巨大な機械の後ろにいながらも返り血で真っ赤に染まったグレーテル。
同じく返り血を喰らったヘンゼルが呆然とするグレーテルのそばまで駆け寄り手を引っぱって無理やり起こす。
「さぁて今度はこちらから行こうかしらね……!」
織姫が手を前にかざすと、先ほど牛を潰し血の海を作り上げた謎の機械がバチバチと電気を目の前に生み出し始めた。織姫は更にその手を真上に上げる。
「消し炭になりなさい!」
叫びと共に電気の固まりは凄まじい速度で10メートル程真上に昇った。
「【機巧化学超発電】ッ!!」
織姫が真上に広げた手の平を、グーにしながら素早く引く。
同時にその場で電気の塊は上空で弾けた。しかしそれは無駄に辺りに散らかすのではなく、その殆どは彦星の方へ向かって光の矢となり急降下してゆく。
「フンッ! いつまでも変わらぬ俺だと思うなよ! 見るがいい! 【雄牛大悪魔】ッ!!」
彦星の叫びと共に、足元の地面が破裂した。
そしてその中から出てくる二足歩行の巨大な生物。身長3メートル程もあり、全身が筋肉粒々の人のようなシルエットをしているが、その頭は牛のソレであり明らかに人間ではない。
「ミノタウロスですって!?」
織姫が驚愕の声を上げる。
ミノタウロスは出現と同時に手に持っている巨大な戦斧を振るい、襲い掛かる【機巧化学超発電】を弾き飛ばした!
しかし相手は何百の数にもなろう光の流星群。斧の一撃だけでは対抗しきれず、残りはその身体で受け、そしてその場で音を立てて倒れた。
「……ふむ、まあ壁にはなったか」
一方、織姫が展開した【機巧化学超発電】による光の流星群。
これが彦星に向かっていったのは、あくまで『殆どは』である。
織姫のコントロールが完全には及ばないのか、はたまた敢えてある程度は拡散させる事で相手を逃がしにくくするためなのか、残りの凶弾はやはり周囲に降り注ぐ。
「ぐわぁ!!」
「きゃっ!」
その内の一つがヘンゼル達の足元に落下。ヘンゼルは思わずグレーテルの手を離し、更に衝撃で二人は地面に転がった。
「くっ……そぉ……! アイツら仲間じゃないのかよ? なんで殺し合ってんだよ……?」
顔を土だらけにしながら毒づくヘンゼル。
しかしすぐに身を起こし、まだ倒れているグレーテルの方へ視線を向けた。
────その時、先ほどミノタウロスが弾き飛ばした光の矢が、丁度グレーテルの頭上に来ているのを視界に捉える。
ヘンゼルは動いた。
グレーテルを助けるのであらば、今から手を引っ張ってももう間に合わない。
自分の異能は物質を光らせるだけの物。今この瞬間、何の役にも立たない。
それは、半ば反射的な行動だったであろう。
力を持たない彼にとって、愛する妹を守るにはもはやそれしかなかったであろう。
────ヘンゼルは光の矢とグレーテルの間に躍り出て、その一撃を全身で受けた。
一瞬で黒焦げになった凡人ヘンゼル。
見る影もなくなった小さな勇者。
ようやく起き上がる事に成功し、変わり果てた兄を視界に捉えた悲劇のヒロイン、グレーテル。
「ぁ……」
幼き頭にはその事実を理解するのには時間がかかる。
近くでは、まだ織姫と彦星が激しい戦いを繰り広げているようだった。
「ぁあ……」
その戦いの余波が再びグレーテルの方へ飛び火する。
気を利かしグレーテルを窮地から救ってくれる者は、もはやいない。
「あああ……」
さて、覚えているだろうか。
この島にいるのは、例外なく数十年数百年の歴史の世界から集められた主人公達である事を。
「あああああ……」
グレーテルは確かに特別な力など持っていなかった。そう、今この瞬間までは!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
グレーテルの身体が激しい光に包まれた。
それは、今までヘンゼル達を眼中に入れていなかった織姫と彦星の意識をそちらに向けるには、十分すぎるものだった。