チート・ザ・19話
突如この場に現れたわらしべ長者。手負いであるいばら姫としては歓迎できる状況ではない。
この相手の心境も戦闘力も何もかもが不明。この場は様子を伺わざるを得なかった。
チュー子も似たような気持ちなのだろう。いばら姫への警戒は決して解かず、同じようにわらしべ長者の方へ視線を向けている。
そんな乙女たちの視線を一手に集めながら、わらしべ長者は手にした巨大な茨を適当に素振りをするかのように振り回した。
「へーでっかいなー、コレを何かを括り付けるのは流石に無理かー」
殺意と血が飛び交う戦場で、似つかわしくない陽気な独り言を発するわらしべ長者。
その眼は無邪気に茨を見つめ、小さな男の子のようにいつまでもソレを振り回している。
そんな乱入者に痺れを切らしたのか、チュー子が動いた。
深い傷を負って尚素早い動きを可能とするその体術で、その小さな身体を音も無くわらしべ長者の背後に移動させ、後頭部目掛けて弾丸のごとく襲い掛かる。
「いや、こうすれば括れそうかな」
そのチュー子の方には目は向けず、されど手にした茨を肩から後ろに回すように思いきり振り回した。
チュー子の身体を遥か上回る幅の巨大な茨。ソレはチュー子からすれば壁が襲いかかってくるかのように全身を薙ぎ払わんとする。
その時チュー子を大きく口を開けた。
先ほどいばら姫に茨の猛攻を向けられた際に行った齧歯による齧り取り。茨を扱う相手が不慣れなわらしべ長者であれば余裕を持って受けきれるはず。
────という考えはその一瞬後に覆される事となった。
わらしべ長者の振るう茨が、突如無数に裂けたのだ。
迫りくる壁は回避不能の網となりチュー子の身体に纏わりつく。ソレを予想する事が出来なかったチュー子はあっという間に全身を雁字搦めに封じられた。
チュー子は尚も抗った。全身の力を振り絞り全方向に跳ぶことでその網をわらしべ長者の手から離させる、もしくは振り千切ろうとする。
だが、元々強固な茨にソレを操る高い戦闘力を誇るのわらしべ長者の握力。この二つを打ち破る事は、傷ついたチュー子には出来なかった。
「茨がネズミのおもちゃになったぞ。蝿や虻よりよく跳ねる」
わらしべ長者はチューコ付き茨を、そのまま鉄球付き鎖のごとく、今度はいばら姫の方へ振るった。
チュー子との戦いにより体力が著しく消耗している茨姫であったが、それでもいばら姫の能力【茨式自動防御】及び【茨式自動迎撃】は名の通り自動的に作動する。
結果、チュー子の身体ごとわらしべ長者の身体は完全に更に多数で膨大な茨群に呑みこまれた。
「う……」
そこで今度はいばら姫の身体に異常が起こる。
自動的なモノであるためか、いばら姫の能力は本人にはそれほど負担がかかるモノではない。しかし、それでも発動したのはいばら姫自身の能力。微量とはいえ使用者の体力を使うことには変わりはない。
元の世界を含め今までここまで消耗したことが無かったいばら姫は、今初めてその事実を知る。
────その思考と同時に、わらしべ長者を呑み込んだ茨群が弾けて吹き飛んだ。
「ネズミのおもちゃが勇者の剣になったぞ」
中から姿を現したわらしべ長者が手にしているものは、先ほどと変化していた。
鞭や網のようにしなやかに扱っていた茨の蔓はどこにもなく、代わりに長く細い突剣のようなものを握っている。
色はやや緑色。それは、茨の中では鋭利なトゲの部分を細く削って棒状の物にした新たな武器。
そしてその先端でナニカが白く光り輝いている。
膨大な量の茨群を一瞬で吹き飛ばす破壊力を秘めたナニカ。茨以外に何もないこの空間でそれは一体何なのか? そんなモノ、もう一つしか考えられない。
わらしべ長者の足元でボロ雑巾のように転がる小さな身体。その口は真っ赤に染まっており、もうピクりとも動かない。そう、先ほどまであったはずの口の中のアレがその生物の中に今はもう無い。
「貴方……チュー子の齧歯を……!」
「さあて勇者の剣は一体何に変わるかな?」
勇者の剣を手にしたわらしべ長者は不敵な笑みを浮かべつついばら姫の方へ駆けた。
わらしべ長者自身の力と器用さ、それにチュー子の齧歯力が合わさった攻撃、それをいばら姫は今から迎撃しなければいけない。
自分の体力には限りがある。自動の能力に頼ったのであればきっとこの敵を相手にはジリ貧になり、先にこちらが力尽きてしまうだろう。
(くる……! どうする?? 決めなきゃ!)
深く考えている時間がない。いばら姫は1000近い茨式能力の中から、わらしべ長者を迎撃するものを選ぶ。
「ろ、【茨式懐刀】!!」
先ほど眼前まで接近を許したチュー子を吹き飛ばしたいばら姫の切り札の一つ【茨式懐刀】。
その効力は絶大ではある、が、それはつまり、一度わらしべ長者にも見られている事を意味する。
戦闘経験に乏しいいばら姫がこの極限の場において適切な判断を下せるとは限らない。それは当然の事である。
高速で伸びる無数の茨ハリセンボンを、わらしべ長者は丁寧に見切り自身に当たる軌道のモノを勇者の剣で側面から斬り飛ばし接近を続けた。
【茨式懐刀】の威力に勇者の剣もまた一振りごとに刃こぼれし、朽ちていく。
しかし、それでも完全に朽ちる前にいばら姫への接近が完了した。
「あ……」
「勇者の剣はお姫様の首に変わるかな?」
眼前の悪鬼に間の抜けた声を漏らすいばら姫。
後一振りで折れるであろう武器を、わらしべ長者は笑顔で振り下ろす。
いばら姫の敗因、己の能力に過信したばかりに、己の能力を深く知らなかった事。
思えば、元の世界でもそうだった。一度自身の能力【茨式自動防御】の性質を深くは知らず、一瞬のスキを突かれ100年間も眠る事となってしまった。
そして今、自分の能力が体力を使う事すら知らず、全てを使い切ってしまい、目の前の相手に敗北しようとしている。
いばら姫は恥じた。己の愚かさに。
元の世界では偶然やり直せた。しかし、奇跡は二度も────
「おや?」
わらしべ長者が腕を振り切る事なく間の抜けた声を漏らす。
いや、正確には腕は振り切っていた。
ただ、振り切った腕がもう無かったのだ。
「え?」
いばら姫も同じように訳が分からないといった声を漏らす。
しかし、考えるまでもない。わらしべ長者の腕を消し飛ばす破壊力と高速移動していたわらしべ長者に後ろから追いつく速度。そんなものは、もう一つしか考えられない。
腕のみならず、わらしべ長者の腹に大穴が空いた。同時に口からも大量の血を噴き出す。
倒れゆくわらしべ長者、そのわずかな時間の間に、この男はやはり笑顔で呟いた。
「そうか、勇者の剣が……死に変わった、か……」
沈んだわらしべ長者の後ろに立っている者。その小さな身体は紛れもなく先ほど死闘を繰り広げていたチュー子。
灰色の身体は自身の血で真っ赤に染まりながら、先ほどわらしべ長者に抜き取られた齧歯の代わりを新たに生え変わらせて佇んでいた。
そして、その穏やかな目で少しだけいばら姫を見つめ、チュー子は静かに目を閉じた。
仁王立ちしながら、もう動くことのない小さな身体。
最後にいばら姫を助けるようにわらしべ長者を倒したのは、たまたまそこが体力の限界だったのか、それとも────
チュー子────死亡
わらしべ長者────死亡
残り────21名