チート・ザ・18話
花咲かじいさんが花々を咲かせ、更に犬が焼き切った死の荒野から数キロ先、荒野と同じく緑の殆ど無い大きな鉱山。
その荒れた道を、直径何十メートルもあるだろう巨大なツルの塊のようなものがワサワサと動いている。
そしてその植物の上に一人の小さな少女が上品に座っていた。
少女はその緑の無い大地に植物を生み出し、大人でも歩くことが困難な荒地をソレに乗って優々と進む。
少女が乗っている植物は、太さ一メートルは有りそうな巨大な茨。茨は余りの大きさと複雑に絡み合う様に、どこから生えているのかもわからない。ただ一つ、乗せている少女の意のままに動く事だけは少女の態度から見て取れた。
その可愛らしい少女の胸にあるのはやはり他の参加者と同じ名札。その文字は『いばら姫』。
「どこに行けばいいのでしょう」
労力を使わず茨を自在に操るその能力。そしてその力への絶対的な信頼と精神年齢15歳という幼さから、いばら姫はこのデスゲームを楽観視していた。
あまり深くは考えず、屈強な茨と共に訳もなく道を進む。
────そしてある瞬間で、突如前方の茨が数メートル分ほど消滅した。
「あら?」
突然の事に目を丸くするいばら姫。
そんな姫の意識とは別に茨の塊は大きくうねりだし、消えた茨の辺りを大蛇の群れのように一斉に飛び掛かった。
「【茨式自動迎撃】が作動したわね、敵さんかしら」
荒れ狂う茨の波は、数秒でその一帯を原型を留めない程に破壊する。
しかし、それを嘲笑うかのように破壊箇所とは全く関係のない場所、いばら姫から見て右手の方向の茨が最初と同じように消滅する。
「【茨式分析】」
そこでいばら姫は唱えた。
消滅した茨に面している茨もまた敵の攻撃を多少は受けている。
その茨に触れた攻撃の種類、衝撃、熱量、音、匂い等々から見えざる敵のデータを読み取る。
「【茨式画面】」
続けて唱える呪文により、一ミリ以下の物から数センチの物までの様々な大きさの茨がいばら姫の前で複雑に結びついていき、それは何やら形を成していく。
数秒後に完成したのは茨で作られた一つの物体。十センチほどの身体に小さな手足を生やした小動物。
しかしその生物の胸には小さいながらもいばら姫と同様の名札が付けられている。糸のように細い茨が紡ぎだした名札の文字は『チュー子』。
「可愛らしいお客さんね」
茨によってイメージ再現された相手の姿をみて、いばら姫はクスリと微笑む。
しかし、その時にはすでにチュー子はいばら姫の頭上にまで迫っていた。
あらゆるものを感知する茨の防御網を潜り抜け、音もなく現れるチュー子の俊敏性と隠密性。
そのチュー子の存在を知ってか知らずか、いばら姫は静かに唱える。
「【茨式魔障壁】」
刹那、周囲の茨から薄緑色の結界が張り巡らされ、それがいばら姫の周囲を囲った。
その一瞬後に頭上のチューコが窓ガラスに付いたヤモリのように結界にべちゃりと張り付く。
「そこにいたのね、【茨式光線】」
今度は幾つもの茨の先っぽから、熱線がチュー子に向かって発射される。
────はずだった、が、その一瞬前に無数の茨が切り取られ地に落ちた。
「え?」
更に相手は落ちた茨に隠れるように姿を消した。
予測出来なかった事体に困惑するが、それでも自分は【茨式魔障壁】の内部にいる。冷静に状況を確認する事に務めた。
地に落ちた茨は鋭利な刃で切り取られたモノではない。その切り口はギザギザに汚い跡になっている。
「これは、齧り取られている……」
包囲する無数の茨を一瞬にして齧り取り身を隠すチュー子の俊敏性及び攻撃力。そこから導き出される戦闘力は、考えるまでもなく高い。
茨に関するものであれば四桁近い能力を保有するいばら姫であっても、その中でこの相手に通じる物が一体どれだけあろうか。
「【茨式千里眼】」
いばら姫はすぐに消えた相手を捕捉すべく、周囲の茨に無数の眼を生み出させた。
どこまでも続くかのような巨大な蔓の固まり。そこから生えている禍々しいトゲとギョロつく生物の瞳はまさに異形の化け物。
しかし、その力をもってしても消えた相手を見つける事が出来ない。
「いない……と、いう事は」
いばら姫がある仮説を立てた一瞬後、茨姫の足元の地面が爆発した。
その中から勢いよく飛び出すのは小さき黒い影、チュー子!
地上及び空中から【茨式魔障壁】の突破を困難だと考えたチュー子は地中をその齧歯で掘り進み、【茨式魔障壁】の内側に侵入していたのだ。
接近を許してしまえば最後、圧倒的戦闘力を誇るこの小さな暗殺者から逃れる事は出来ない────
「【茨式懐刀】!」
しかし、その可能性をギリギリで予測出来たいばら姫の方が刹那早かった。
叫びと共に、いばら姫を纏う綺麗なドレスがビリビリに破れ、サボテンのような無数の針が周囲全体に高速で伸びる。
その正体はやはり茨! いばら姫は茨を召喚し操るのみならず、自らの肉体からも無数の茨を生やし、それを迎撃に使ったのだ。
チュー子もまたいばら姫の迎撃にギリギリで気づく。
空中でジェット噴射するように軌道方向を変え、【茨式懐刀】と同等の速度で後方に跳んだ。
が、跳んだ先にあるモノは【茨式魔障壁】の内壁。
チューコは刃と壁に挟まれその身体を貫かれる事となる。
膨張する【茨式懐刀】の威力は、そのまま【茨式魔障壁】を内側から貫き破り、チュー子を大きく吹き飛ばしながら巨大な全方位剣山へと成長する!
その勢いのまま腹を大きく切り裂かれたチュー子は血を撒き散らしながら地面に転がった。
一方いばら姫の身体にも異変が起きる。
身体から生えた【茨式懐刀】が枯れるように萎びながら抜け落ちてゆき、地面につくと溶けるように消えていった。
針の固まりから出てきたのは破れたドレスを纏っている、いや、もはや巻いている所々肌を露出させた息絶え絶えのいばら姫。その場で片膝をつきうずくまってしまった。
自身の身体を媒体に使うこの【茨式懐刀】。
圧倒的威力を誇るモノではあるが、それ故に身体への負担も大きい。いばら姫の切り札の一つにして使いたくはない諸刃の刃なのであった。
消耗した二人はそれでもまだ決着がついていない事を理解し、相手を睨みつける。
そこで初めて目があった二人。
産まれや育ちどころか種も違う二人であったが、相手のその眼を見た時、なぜだがそこで、互いに場違いな事を考え、確信した。
──”ああ、この相手は自分と同じだ。元の世界で運命の人(鼠)と出会えたばかりで、この訳の分からない世界に連れてこられてしまった。『こんな状況は許さない。絶対に帰る』。そう決めた覚悟の瞳だ”──
出会える形が違えば仲良くなれたかも知れない。
しかしこの場でなければ出会う事もなかっただろう。
今考える事は相手への同情や相手との同調ではない。
────この相手を、倒す事だ。
二人の乙女が力を振り絞り再び立ち上がった時、その二人から少し離れた距離、丁度正三角形になる様な位置に一つの人影が現れた。
中肉中背に平凡的な顔立ちをしたその男。
いばら姫やチュー子と同じく胸についているのはあの名札。
「最初に拾ったのはでっかい茨かー」
名札の文字は『わらしべ長者』。
飄々とした表情でこの死闘の地に立っていた。