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チート・ザ・昔話  作者: こおり ほのお
チート・ザ・バトルロワイヤル
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チート・ザ・17話

 人魚姫の心臓の鼓動を聞いた時、雪女は後ろを振り返った。

 数秒前に完全に蒼白く凍てつかせた美しい氷の像。それは既に赤黒く変色しており、シューシューと音を立てて氷を溶かし始めていた。


「往生際の悪い!」


 雪女は更なる冷気で人魚姫に攻撃しようと大きく息を吸い、口に冷気をため込んだ。


「【氷結息吹(アイシクルキッス)】!!」


 渾身の息吹が氷像にかかる。

 ───その一瞬前に像は弾けた。

 その中から上空に大きく飛び出す真っ赤な人魚姫。

 更に指先から赤い液体を雪女に向かって弾丸のように飛ばした。

 赤い弾丸が命中した着物は、酸のように冷たい着物を溶かし、雪女の表情を歪ませる。


(熱い! なんなんだコイツは! くそっ!)


 そのまま真っ赤な人魚姫は二本の足で地上に降り立った。

 そう、二本の足(・・・・)で。


「お前……人魚じゃないのか……?」


 困惑する雪女に、人魚姫は口を開く。


「……元の世界で、私が声と引き換えに得た足よ。あの人と結ばれるために得た私の足……」


 雪女には知る由もない事だが、一度無念の中で命を落とした人魚姫は、死して強く力を願った。

 その怨念とも呼べる強い想いと共に中央世界にて蘇生させられた時、声も足も下半身の切り替えも、すべてが現実となり肉の身体と共に復活していたのだ。


 その絶大で不気味な力を目の当たりにした雪女は、先ほど喰らった赤い液体がなんなのか直観で悟る。


「これは……燃える様なこの液体は! お前の血液かッ!」


「ご名答! 水を操る人魚族の力、その身に味わいなさい! 【深海灼熱地獄(ブラッドフラッド)】ッ!!」


 先ほど凍らせた波が音を立てて崩れる。その中から姿を現す真っ赤な波。

 周囲全体から襲い掛かるそれが、熱に弱い雪女に覆いかぶさる!


「私は間違っていたわ……あの時も! あの人と結ばれることを第一に考えるなら! こうやって邪魔者を先に始末するべきだった! このゲームで勝つのは私だ! 全てを始末してもう一度やり直す!」


 荒れ狂う波の中、もはや雪女の事など忘れてしまったかのように叫ぶ人魚姫。

 波が少しだけ静まったころ、人魚姫は下半身を再び魚の尾びれに変え海の中に飛び込んだ。


「まずは一人……残さず全て呑みこんでやる! 私の狩場(ステージ)に!」


 慣れた動きで次の場所へ泳いでゆく人魚姫。

 しかしその時に周囲に異変を感じた。自分の高ぶる感情と共に上昇した水温が、明らかに冷たくなっていっているのだ。


「種が違うものと無理やり結ばれて、それで本当の幸せが手に入ると思っているの? 小娘」


 海中に突如響く女の声。それは紛れもなく先ほど始末したはずの雪女の声だった。


「おのれ! 【深海灼熱地獄(ブラッドフラッド)】を喰らってまだ息があるか!」


「如何に高温の血流とて所詮は水。周囲までは難しくとも、直接触れたものを凍らせる事は簡単な事だ」


 冷たい海の中で姿を見せない相手の声が聞こえる。

 しかしここは水の中。この場において人魚たる自分が負けるはずがない。


「死んだふりでもしていれば良かったものを……わざわざ私を追ってここまでくるなんてね。水を操る私の力、つまりは周囲全てが私の手足よ! 海底へ沈んでしまいなさい山育ち! 【海魔渦潮(クラーケントルネード)】ッ!!」


 人魚姫は高らかと叫び、荒れ狂う渦潮をその場に巻き起こす。

 ────はずだった。が、実際起こったのはやや強めの水流のみ。それもすぐに力を無くしたように消えてゆく。


「これは……」


 人魚姫は絶句する。

 そんな自分を見下すかのように、雪女の声が響いた。


「『水を操る自分には周囲全てが自分の手足』? それはこちらのセリフだ。忘れたか? 私があらゆる水を凍てつかせる事を」


 問題なく展開させたはずの【海魔渦潮(クラーケントルネード)】が発揮しない理由を、人魚姫はそこで理解する。周りの水全てが、急速に凍り付いて行っていたのだ。

 間違いなくこれは雪女の仕業。

 上を見上げると、海面はより強固に凍りついているのも目に入る。圧倒的遊泳速度を誇る自分に追い付くことが出来たのも、恐らく完璧に凍らせた海面をスケートのように滑る事で可能にしたのだろう。

 恐ろしいことに、このままでは人魚姫の全身を含むこの海一帯全てが凍り付いてしまいかねない。


「おのれ!」


 そこで人魚姫は再び自分の体内に灼熱の血液を回し始めた。

 如何に相手が水全てを凍てつかせようと、体内に超高温を巡らせる身体までは完全に制止させられない。

 人魚姫の身体が真っ赤に染まる頃、再び雪女の声がどこからか響く。


「その異形の姿、想い人に見せた所で相手は何を思うだろうな」


「うるさい! お前に何がわかる! 邪魔者を全て排除した後であれば、こんな力もう使う必要などない! 私は今度こそ幸せになるんだ!!」


 身体を温めるだけではなく、完全に頭に血が上っている人魚姫。

 冷静さを失った人魚姫には、自身の背後に一つの影が現れたのに気付く事が出来なかった。


「【刺殺氷柱(コールドレイピア)】」


 人影がそっと唱えると、その右手に氷の細剣が一瞬で現れる。

 その出現の過程で細剣は人魚姫の左胸に突き刺さり、人魚姫の全身を駆け巡る赤い血が海に溶けだした。


「あ……」


 人魚姫は力を振り絞って振り返る。その眼に映るのは冷静な瞳の雪女。

 心臓を貫かれた人魚姫の意識はそこで静かに闇に落ちていった。



 雪女は海から這い上がり濡れた衣服の裾を固く絞る。

 そして氷の大地と化した海の景色を見ながら、少し切ない表情を浮かべて静かに呟いた。


「『お前に何がわかる』、か。力を隠して想い人と一度は結ばれた、その先にある絶望を経験してきたのが私だよ」






 人魚姫────死亡

 残り────23名

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― 新着の感想 ―
[良い点] 想いを遂げられなくて無念を抱いた人魚姫と、想いを遂げてしまったが故に深い絶望を抱いた雪女。 皮肉が非常に効いていて、じつに良き対比でありました。
[一言] わかりにくいネタですいません。ただの古田敦也です。好カードから野球の試合を連想しただけのペラペラのボールを投げてすいません。 ついでに追記を。永井陽子さんの短歌なんですが、 泣き疲れた雪女…
[良い点] いやぁーーーー参った!熱い。何この好カード。異種婚を願って破れた者同士のバックボーンを思うと。人魚姫にはもっと粘ってほしかった!ですが恋愛にも粘りの無かった人魚姫が負けるのも致し方ないこと…
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