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チート・ザ・昔話  作者: こおり ほのお
チート・ザ・バトルロワイヤル
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チート・ザ・16話

 島の最南に位置する浜辺に、白い着物を着こんだ長く美しい黒髪の和風美人が岩に座っている。

 着物の胸に付けられた名札の文字は『鶴』。

 呆けるように長い時間海を眺めていたのだが、ふと美しい音楽が耳に入った。


「歌声……? 近いわね」


 岩から腰を上げ、引き寄せられるように歌声の方へと足を運ばせる。

 ある程度歩いた所で声の主が視界に入った。

 浜辺に面する岩に腰を掛けていた自分とは対照的に、完全に水に覆われた岩に座っている一人の女性。

 

 ややウェーブのかかった美しい金髪に健康的なみずみずしい肌。上半身は貝殻で作られたビキニを胸に当てており、そのスタイルの良さが見て取れる。しかし、目を引くのは何といってもその下半身。

 人間の足はどこにも見当たらず、腰からは緑色の魚の尻尾が生えている。

 胸の貝殻には更に名札が縫い付けられており、その文字は『人魚姫』。


 相手もこちらに気が付いたのだろう。歌うのをやめ、視線をこちらに向けた。


「こんにちは鶴さん、ようこそ私のステージへ。ゆっくりしていってね」


 優しい声と笑顔で人魚姫はそう言うと、そのまま歌を再開した。


 自分も相手もこのサバイバルゲームの参加者。今この時殺意がなくとも、最終的に生き残る事が出来るのが一人だけであるのであらばやはり相手は敵。

 そこまでわかって理解していながら、その美しい歌声についつい聞き惚れ立ち尽くしてしまう。


 数十秒程それが続いた後、人魚姫は再び歌を止めた。


「それにしても鶴さん、最初に来るのが貴女だなんて、私は運がいいわ」


 優し気な笑みを浮かべる人魚姫のその言葉に、反射的に聞き返す。


「私だと運がいい? どういう事?」


 こちらの問いに人魚姫はやはり笑顔のまま返した。


「貴女が森の中で、凄まじい戦いをした後だという事は私の探知魔法で知っています。その後は見失ってしまったけど、貴女、あの戦いで随分力を使ったでしょう?」


「……」


 優しい声で話し続けているのにも関わらず、その不穏な言葉に半歩だけ身を引く。

 ────瞬間、人魚姫の周囲の波が急に大きくなり覆いかぶさるように襲い掛かってきた!

 その攻撃を回避しようと大きく横に跳ぼうとする、が、いつもよりも調子が出ず、行動が一瞬遅れてしまう。

 それでも波の攻撃には間一髪で間に合い、しぶきが顔にかかるのみで回避に成功した。

 ────が、その時には前方にいたはずの人魚姫の姿は消えていた。

 消えた人魚姫の声が波の中から聞こえる。


「私の【小悪魔美声(セイレーンソング)】は、本人でも気づかないうちに相手の五感や精神を少しずつ麻痺させる効果があるのだけど」


 声と同時に躱した波の中から飛来する水弾丸。その追撃にも身をよじる事で何とか回避成功。

 弾丸は背後に真っすぐ飛んでいき、その方角にある大岩を貫通して彼方へと消えた。


「流石にあんな凄い戦いをする人たちにはきっと効果は薄いわ。でも、手負いの貴女位ならば」


 回避した方向の波から、巨大な魚の尾びれが出現する。

 それはどう見ても人魚姫自身の大きさ(サイズ)速度(パワー)

 強烈なその薙ぎ払いを受け容赦なく吹き飛ばされ浜辺に叩きつけられる。

 が、それで終わりではない。人魚姫は更に波の中から全身飛び出し、宙を舞いながら倒れた標的に追撃をかけた。


「歌と身体能力で何とか倒す事も出来そうだと思ってね、こんな風に」


 飛び出した勢いのまま飛来した人魚姫は白い着物を着こんだ右胸に容赦ない手刀を振り下ろした!

 ────が、人魚姫はそこで異変に気が付く。


「固ッ?! 鶴、貴女一体……!?」


 相手の柔らかい身体を貫くはずのその一撃は、鉄かなにかに当たったようにくじかれる。

 人魚姫はすぐに立て直そうと手刀を引こうとする、が、手は相手の胸にくっ付いてしまったかのように引くことが出来なかった。

 その動かせない手を、今度は倒れている相手に掴まれる。

 人魚姫に悪寒が走った────いや、違う。悪寒どころではない。掴まれた手が、明らかに冷たいのだ。更には手だけではなく周囲の空気が! 自分の身体全体が!


 人魚姫は改めて追いつめていたはずの相手をよく見た。

 美しい黒色だったはずのその髪はみるみる内に青白く変わってゆき、可愛らしくも凛とした瞳は美しくも恐ろしい目付きにかわる。

 手が動かせない原因もすぐにわかった。相手を貫こうと手刀を突き立てた右胸からは冷気が漏れ、それにより自身の手が凍りついていたのだ。

 更には相手の左胸に付けられている『鶴』の字が書かれた名札。その文字がピキピキと音を立てて割れだした。

 そう、初めから『鶴』の文字は相手が操る冷気の力で上書きされたカモフラージュだったのだ。

 剥がれた偽りの文字から現れた真の文字、それは────


「『雪女』……!」


 人魚姫の絞り出す声に、雪女はニヤリと笑みを浮かべる。


「【魅惑的雪女(クールレディバディ)】、私に触れた者は例外なく凍てつき、やがては指一本動かせなくなる。私を誘い込んだつもりだったか? いいや違う、私がお前を釣ったのだよお魚さん」


 雪女は『中央世界』にて周りの全員を見渡していた。

 そして自分と背丈や格好がよく似た人物『鶴』を発見し、この島に送られると同時に雪や氷を操る事で鶴に化けていたのだ。

 雪女自身、鶴がどのような性格や能力を持っているかも知らなかったが、それでも人物が違えば対策も変わる。少なくとも自分が冷気を操る能力を極力隠す事が出来るだろう。そう思っての事前準備は見事に的中した。


 しかし、そこでまた人魚姫も余裕の表情を取り戻す。


「『誘い込まれたフリをして私を釣った』、ですって? かき氷のように甘いのね貴女は……ここまで接近したならばもはや私の手中よ!」


 今現在人魚姫と雪女が立っている場所は砂浜である。いや、砂浜であったはずだった。

 しかし、人魚姫の言葉とともに砂の奥から水が溢れだし、二人は一瞬にして波の檻に囲まれる。


「【海神激震ネプチューンフィールド】!!」


 更に人魚姫の叫びと共に、その水はそのまま二人に覆いかぶろうと襲い掛かった!

 ────が、その荒ぶる波々は、二人に届く前に動きを止める。


「【蒼氷密室(ダイヤモンドホテル)】。この程度の水遊び、凍らせる事など造作もない。理解したか? 『誘い込まれたフリをしてお前を釣った』という事を」


 雪女は更に口内に輝く冷気を集中させ、動かない人魚姫の心臓へ照準を定める。


「そうら喜べ、いつでも食ってやれるように冷凍保存しておいてやろう! 【氷結息吹(アイシクルキッス)】ッ!」


 直後、雪女の口から吐き出された膨大な冷気により、人魚姫の身体は完全に凍り付いた。


「ふむ、中々の美術品だ」


 氷像と化した人魚姫から離れ、踵を返す雪女。

 しかしその時、完全に凍り付いたはずの人魚姫から、普段なら聞こえるはずのない心臓の鼓動が、確かにドクンと音を立てた。


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