チート・ザ・さるかに合戦
むかしむかしある所に、柿の種を拾った猿がおりました。
その猿の近くを美味しそうなおにぎりを持ったカニの親子が歩いています。
猿はそのおにぎりが欲しくなり、お父さんカニに話しかけます。
「カニさんカニさん、この柿の種とそのおにぎりを交換しないかい? 柿の実がなれば毎年美味しい柿が食べられるよ」
「うん、いいね! 交換しよう!」
カニは大喜びで家に帰り、さっそく柿の種をまきました。
そして、せっせと水をやりながら、唄います。
「──早く芽を出せ、柿の種! 出さねばハサミでほじくるぞ! 【世界樹創造】!」
すると、どうでしょう。
さっき蒔いた柿の種から芽が出てきて、ぐんぐん大きくなりました。
お父さんカニは更に詠唱を続けます。
「──疾く実がなれ、柿の木よ! ならねばハサミでちょん切るぞ! 【世界樹進化】!」
今度は柿の木にたくさんの柿の実がなりました。
そこでお父さんカニは柿の実を取りに行こうとしましたが、お父さんカニは木登りが出来ません。
困っているとさっきの猿がやって来て言いました。
「よしよし、おいらが代わりに取ってきてやるよ」
猿はスルスルと木に登ると、その場で赤い柿の実を食べ始めます。
「おお……これは旨い! 力がみなぎるぞッ!!」
木の上で美味しそうに柿の実を食べる猿に、お父さんカニは声をかけます。
「そんなに美味しいのかい? 早くわたし達にもカキを下さいな」
そこで猿の動きがピタリと止まる。そしてゆっくりと立ち上がり、カニの親子を見下ろす。
猿のその邪悪に満ちた眼を見たとき、お父さんカニは後ずさりをした。
そんなお父さんカニに向かって猿は言い放つ。
「おおそうだったな、おいらの計画通りに動いてくれたお前達にも褒美をやらねばなるまい……」
猿は左手でまだ青くて固い柿をもぎ取り、その柿に多量の魔力を込めた。
するとその渋柿に邪悪で莫大なエネルギーが集まっていく。
「き、貴様ッ! 今まで私を利用していたというのかッ!!」
「今更気がついてももう遅い! そうら欲しがっていた柿だ! くれてやろう! 【渋柿】ッ!!」
掛け声と共に猿は、暗黒球体と化した渋柿をお父さんカニに向かって放った。
この世の全てを黒く塗りつぶすかのような漆黒の氣。お父さんカニはそれを見て、決して受けきる事は出来ないであろう事を悟る。
────自分一人であればこの場を逃れる事は出来る。
────しかし、自分の後ろには状況がまるでわかっていない幼い我が子がいる。
────暗黒球体が自分に直撃するまであとおよそ一秒。
お父さんカニは素早く後ろを振りかえると、フッとほほ笑み、我が子を見た。
全てを話している時間はもはやない。お父さんカニはそっと我が子にハサミを添え、胸中で、祈るように、しかししっかりと唱えた。
────”ゆっくりでいい、しっかりと実を結びその蟹生を謳歌してくれ未来の種よ。でなければ私がアチラで母さんにハサミでちょんぎられてしまうからな……”【世界樹神秘的転移】!!”────
その一瞬後、【渋柿】は爆散し、後方1Km以上、猿が木の上から見渡す限りの全てを消し飛ばした。
しかし猿は知らない、その中で、お父さんカニの後ろにいた子カニだけが転移によりこの惨劇から逃れていた事を────
【世界樹神秘的転移】により生き残った子ガニ。
一人、ただ家で呆然としている日々が続いたある日、家のドアが開きます。
そこから姿を現したのは近所に住む、栗、蜂、臼の三人でした。
様子がおかしい子ガニに、みんなそれぞれ美味しい物を持ってきて子ガニに食べさせ、優しく身の回りの世話をします。
そしてゆっくり起こった事を聞きだしました。
話を聞いたみんなはカンカンに怒ります。
「皆……ありがとう……僕、父さんの仇を討ちたい!」
子ガニの誓いに栗、蜂、臼はそれぞれ力強く賛同しました。
「ああ、あの畜生猿に目にモノ見せてやろうぜ! 俺も協力するぜ!」
「私も出来る事があれば力になろう、この針でヤツを貫けと命じるのならばそうしよう」
「勿論ワシもじゃ! ワシのパワーでにっくき猿など粉砕してくれるわ!」
ある冬の寒い日、自分の家に帰ってきた猿は囲炉裏にあたります。
「おお、寒い寒い」
────その瞬間、囲炉裏の火が爆ぜた。
中から勢いよく飛び出したのは、栗。
その全身を炎に包み。音速の弾丸と化して油断しきった猿を襲う!
────ぱしっ
猿はその焼き栗を、何でもないかのように左手で捕えた。
猿は焼き栗の奇襲を決して予想していたわけではない。だがそれを見てから行動に移す事が間に合うくらいに二人の実力が違い過ぎたのだ。
「な、なにぃ!? 俺の【捨身焼夷弾】を止めただと!?」
「……」
猿は無言のまま栗を握り締めた手に力を込める。
「ぐ……おおああああああああああぁぁぁッ!!」
栗の断末魔が狭い家に木霊する。
そしてその声が聞こえなくなった頃、猿は握りしめた残骸をぱらぱらと手から落とし、静かに呟いた。
「……多少火傷したか、冷やすとするかな」
猿はそう言ってお茶の間を後にし、水瓶のある部屋へ歩いて行った。
猿は水瓶のある部屋までたどり着いたが、水瓶まであと数歩という所で歩みを止めた。
「ほう、気がついたか、私の存在に」
すると水瓶の中に潜んでいた蜂が姿を現す。
猿が歩みを止めたその数歩の距離は、蜂の間合いギリギリの距離だったのだ。
「先ほど奇襲をかけられたばかりなのでな、いやでも警戒するさ」
「いいや、その程度では警戒が足りてないんじゃあないか?」
猿の返答に対し、不適に笑う蜂。
次の瞬間、猿を囲うように部屋中から複数の針が展開される。
「これが私の奥義【毒針包囲殲滅陣】!! もはや逃げられんぞ! 死ねッ!!」
宙に浮かぶ幾千の針が猿に向かって発射された!
「フンッ!」
しかし猿はそれを小ばかにするように鼻息を鳴らすと、全身から凄まじい氣を噴出し、そのエネルギーだけで自身を襲う針群をことごとく吹き飛ばす。
────だが、それすらも蜂の予想通りであった。
【毒針包囲殲滅陣】と猿自身の迸る氣により、当然猿の視界は悪くなる。
蜂はその隙に猿の後ろに回り込み、自らの尻に付く最大の針で猿の脳天目がけて飛来した!
────ぱしっ
猿はその背後から迫る蜂に目を向けること無く右手を後ろに回すと、たった二本の指で蜂の針を挟むように受け止める。
更に猿はその手を自分の目の前に持ってくることで小さな蜂と無理矢理目を合わせる。
「あ……」
蜂の口からやや間の抜けた声が漏れる。
猿はその蜂に対し、それ以上感情を向けることなく、ただ潰した。
そして静かに呟いた。
「生命反応がまだ近くにあるな」
猿は玄関先まで移動した。残る生命反応の方向がそちらからしたからである。
しかし周囲を見渡せど誰も見当たらない。そして玄関から一歩前に踏み出す。
次の瞬間、屋根の上に潜んでいた臼が猿目がけて落下した!
だが、それも猿の想定内だった。猿は真っ直ぐに頭上の臼に目を向け受け止めるように手をかざす。
しかし、臼の身体が猿の手をすり抜けるかのように姿を消した。
「残像だ」
臼は持ち前の超スピードで瞬時に猿の背後に回りこんだのだ。
そしてその状態から猿の背中へ猛突進をかます!
「むうぅ……!」
背後からの一撃に猿は吹き飛び倒れた。
栗、蜂と順に仕掛けて通じなかった奇襲であったが、先の二人とは年季の違う臼の一撃は流石に防げきれなかったのだ。
臼はニヤリと笑い、更に追撃しようと身を乗り出そうとした。
────ピシっ
しかしそこで臼の身体に異変が起きる。
猿に体当たりをかました箇所に亀裂が入ったのだ。
「な……?」
亀裂は更に大きくなっていく。そこで猿は埃を払いながら起き上がると、割れてゆく臼に冷たい視線を送りながら口を開く。
「その程度で勝ったと思われたとはな。貴様がおいらに一撃を入れた時、おいらもまた貴様に一撃を入れておいたのだ」
「く、くそ……!」
すぐに亀裂は臼の全身に走り、臼は間もなく音を立てて崩れ落ちた。
猿は崩れ落ちる臼から目をはなし、家に入ろうと踵を返す。
────その時、臼の残骸から勢いよく何かが飛び出した。
「なに!?」
猿は慌てて背後を振り向く。しかし飛び出てきた何かは一瞬で猿まで距離を詰め、猿の腹部に刃物のような物を突き刺した。
「ぐおお……!」
苦痛の声を漏らす猿に、その相手は口を開く。
「僕を覚えているか猿よ……僕は一日たりとも忘れた事はないぞ」
「き、貴様は……!」
猿は自身の腹部周辺を見下ろす。
そこにはいつかのちっぽけな子ガニが、成長したハサミを腹部に差し込んでいた。
「こんな……ガキごときに……!」
「僕一人の力じゃあない。栗がお前の左手に火傷を、蜂がお前の右手に僅かな毒を入れてなければ、僕はお前の剛腕に殺られていただろう」
子ガニはそこで猿の方を見上げる。
その瞳はいつかのなにも知らない鼻水を垂らした青いガキの目付きではない。復讐に燃え、相手を殺す事に全てを費やした執念の眼がそこにはあった。
「臼がお前の背中にダメージを与え、更に一瞬お前を油断させていなければこの一撃は避けられただろう。そして、そしてコレを覚えているか猿よッ!!」
腹を突き刺しているハサミの中から黒い光が放たれる。
それはハサミ自体から出ているものではない。ハサミの更に中にあるモノ、それは────
「これは、これは! お前が父さんを倒した渋柿の種だ!! ──今こそ育て柿の種よッ! そして容赦なく周囲をちょん切れッ!! 【世界樹創造】ッ!!」
ハサミの中の柿の種は、猿の血肉を養分として吸収すると一瞬で爆発的に成長し、猿の身体を八つ裂きにしながら大木と化す。
その大木からハサミを引っこ抜き、子ガニは小さく呟いた。
「栗、蜂、臼……みんなゴメンね。でもありがとう……父さん、ぼくはやっと歩き出せるよ。血塗られた道になってしまったけれど、みんなの分まで背負ってこれから歩いてゆくよ」
めでたしめでたし。