チート・ザ・10話
【渋柿】の一撃により荒野となった大地に、再び己の足で立ちあがる【子山羊七魔将】達。
自分たちが一度死んだ事すら気に留めていないかのように、大木の上の猿とかにを再び見上げた。
「く、くそ! やはりお母さんやぎをどうにかせねばどうにもならんか!」
猿が毒づく。
既に疲労は困憊。それに対し相手の戦力は全く衰えていない。
「今度は僕がアイツらを塞き止める! 猿! もう一度アレをお見舞いしてやってくれ!」
それでも戦うしか道はない。
かには今度は自分が時間を稼ごうと大木の少しだけ低い位置に降りる。
再び【渋柿】を放った所で同じように通用しない可能性は高い。
それどころか、かにが囮になるというのであれば【渋柿】の威力は、お母さんやぎ以外の全てを、今度はかにごと吹き飛ばす事になるだろう。
子やぎ達が大木を登り始めた。
考えている時間はない。
やるべきことは、この瞬間毎に最善を尽くす事。
「くそ……!」
どうしようもない消耗戦を覚悟し、猿はまたもや近くの柿をもぎ取った。
────その時、猿の背後に一つの影が現れた。
「な……!」
振り返る間もなく、猿はその相手の手刀を首筋に喰らい意識が揺れる。
その相手はお母さんやぎ。
遥か下方、大木の下から一瞬のうちに猿の後ろまで音もなく転移してきたのだ。
お母さんやぎはその状態で更に唱えた。
「【瞬間底無沼】」
呪文と共に、猿達の視界が大きく揺れる。足場にしている大木が、突如急速に沈み始めたのだ。
「うわああああああぁぁぁぁぁ……!!」
崩れていく足場、暗転する視界。
状況を把握した時には、猿とカニは地面の上で【子山羊七魔将】達に手足を押さえつけられていた。
眼球だけを何とか動かし、上を見上げる猿とかに。
そこには、相変わらず無表情なお母さんやぎが立っている。
猿とかにの意識が回復したのを確認したお母さんやぎは静かに口を開いた。
「中々見事な戦いぶりだった」
その感情のない目を見ながら、猿とかには己の無力さを噛みしめる。
そんな心境を知ってか知らずか、お母さんやぎは話を続けた。
「私の軍門にくだれ。我が子らと共に私の手足となり、他のゲーム参加者達を抹殺するのだ。ゲームのルールは『一つの世界の者達のみが生き残るまで』ではあるが、戦いを続けていく中でお前達も生きて帰れる事の出来る道も見つかるやも知れん」
生殺与奪の権利を握りながら、お母さんやぎは猿とカニに隷属を促す。
その言葉に、まずかにが口を開いた。
「『生きて帰れる道』、ね。そんなモノ、生き残りが僕らだけになっても無かったら?」
「死んでもらう」
かにの問いかけに対し、お母さんやぎの返答はひどくあっさりとしていた。
その感情のない言葉に、もはや怒りも呆れも感じない猿が口を開いた。
「殺せ。お前の下に付こうものなら、おいらは必ずお前の寝首を掻くだろう」
「それは問題ない。お前たちがこの場で隷属を誓うのならば、行動制限魔法を掛けさせてもらう」
猿のいさぎ良い諦めの言葉に対しても、お母さんやぎは淡々とした言葉を貫いた。
その反応に、猿は苦笑を漏らす。
「はっ、どうしようもないって事か。だったらもう、それでいいぜ。おいらは誓おう、お前の下に付くことを」
「猿……」
猿の言葉に、かには多少驚いたような眼を向ける。
お母さんやぎは隷属を認めた猿の方へ、子やぎに押さえつけられ地面に這いつくばる猿の方へ歩み寄った。
そして行動制限の魔法を掛けるべく、猿の頭に手をかざす。
────その時、猿はお母さんやぎの顔面に向けて口から何かを飛ばした!
「う……!」
それは先ほどまで大木に実っていた甘柿の種。『含み針』ならぬ『含み種』。
猿はいくつか賭けをしていた。
➀、お母さんやぎがわざわざ『隷属の誓いをさせる』という事は、制限行動魔法にはある程度の制約がある。
それであれば『魔法をかける相手に触れる』等、お母さんやぎが接近してくる可能性は高い。
(思った通りだ。周りの【子山羊七魔将】達は動かない!)
➁、【子山羊七魔将】達が『お母さんやぎ直接の命令に対してのみ、機械のように忠実に動く』可能性。
この通りならばお母さんやぎが怯んだこの瞬間でもただ『猿とかにを押さえつける』命令に忠実に従い、お母さんやぎ自体を助ける様な真似はしない。
先ほど【子山羊七魔将】達と直接拳を交えた猿。
高い戦闘センスで小やぎ達の力の込め具合の癖を見抜き、高い身体能力で押さえつけられる手足を瞬時に振りほどいた。
そして小やぎ達が脱出した猿に反応するより疾く、怯んだお母さんやぎのほうへ距離を詰める。
「おのれ……!」
猿に対し、攻撃魔法を打ち込もうと手をかざし口を開くお母さん山羊。
「【石礫モガァッ!!」
お母さん山羊が空けた大口に、猿は己の手を突っ込んだ。
そして滑る口の中で膨大な魔力を展開する。
「もう一個もいでおいてよかった! 待っていたぞマヌケに近づいて来るこの瞬間を!」
➂、お母さんやぎが先ほど【渋柿】を喰らって尚無事だったのは、己の魔法で障壁等を創り直撃を避けていた可能性。
この仮説が正しいとするならばこの攻撃は防げない。
「【渋柿直喰わせ】ッ!!」
お母さんやぎはそれに対しても、口の中で抑え込むように防御魔法を展開していた。
が、もう遅かった。
お母さんやぎの口の中で凄まじい魔力が暴れ狂う。
周囲数キロを吹き飛ばすほどのエネルギーは口の中で何度も乱反射し、お母さんやぎの頭を粉々に吹き飛ばした。
「や、やった!」
小やぎ達に押さえつけられたままのかにが声を上げる。
猿も勝利を確信し、ニヤリと嗤った。
────がしっ。
しかしその時、無い首から煙を昇らせているお母さんやぎの腕が、猿の首を掴んだ。
その事実に猿は戦慄する。
「く、くそ!」
まだ終わっていない。
猿がもう一つの手を振るおうと拳に力を込める。
しかし、その時には既に母さん山羊の腕に、つまりは猿の首元に邪悪な魔力が込められていた。
相手が自分の必殺の間合いに入っているのであれば、その逆もまた同じこと。猿は死を覚悟した。
────その時、お母さん山羊の身体が真横に飛んだ。
吹き飛ばしたのは渾身の体当たりをかましたかに。
「猿! 大丈夫か!」
猿は声を掛けてくるかにの方をみた。
かにには猿ほどの戦闘センスはない。故に猿は、かにでは【小山羊七魔将】の拘束を解くことは出来ないと考えていた。
────かには、押さえつけられていた己の八本ある足の内、半分を切り離しこの場まで駆けつけていた。
「お前……」
かにの無くなった足を見て猿は呆然とする。
その猿の心境をくみ取ったのだろう。かには笑いながら話しかけた。
「ああ、安いもんさ。これでもまだお前の倍の数の足が残っている。何の支障もない。それより助かったよ、お前が観念したフリをして相手を油断させなければきっと負けていた」
かにがそう言い終わった時、大きく吹き飛んだお母さんやぎの身体が音を立てて地についた。
それと同時に【小山羊七魔将】達の身体が瞬時に灰となって消える。
その様子を横目で見やり、猿とかにはもう一度静かに笑った。
そして互いの手と手を軽くぶつけ合い、それぞれ口を開く。
「これが」
「おいら達の」
「「さるかに合戦だな」」
『お母さんやぎ』────死亡
残り────27名