チート・ザ・9話
2VS8。
その圧倒的戦力差に猿とカニの表情に戦慄が走る。
一方お母さんは、今度は倒れた身体を起こし立ち上がるためだけに転移の魔法を使い身体の向きを変えた。
立ち上がったお母さんやぎは軽く身体をはたいて埃を落とすと、感情をほぼみせない鉄面皮な口元を静かに動かした。
「汝らに問う。この度の異界より集いし勇者英雄達との戦い、その眼にどう映る?」
「え?」
「あん?」
今この時まで攻撃呪文以外の言葉を発さなかったお母さんやぎからのまさかの問いかけに、猿とカニはつい間の抜けたような声で聞き返した。
「答えよ、返答によっては争う以外の道も開かれよう」
元より自分達から望んだ戦いではない。多少癪には触るが、相手から対話や停戦を持ちかけるのであれば、それを無視するわけにもいかなかった。
「どうって……ここに集められた人たちは、きっとみんな強い。出来れば戦いたくはないのだけど……」
「おいら達が殺しあわねばならん理由も不明だ。だが、生きるために殺す事が必要であり、相手もそれを望むのであれば戦いは避けられんだろうな」
返答しながら猿は周囲に目を配った。
召喚された【小山羊七魔将】達は、何をするわけでもなくただ立っている。
彼らがお母さんやぎと同等の力を持つのであれば、もはやこちらには勝の目はない。
しかし相手の様子から、子やぎ達はお母さんやぎの忠実な駒である可能性が高い事が予想できる。
(つまり、お母さんやぎさえどうにか出来ればまだチャンスはある……)
猿がそこまで思考した時、お母さんやぎの口が再び開かれた。
「打開策がないが故に駒としてその生を真っ当するか? 思考を放棄した家畜のように」
こちらの至極真っ当な言い分に、お母さんやぎは挑発で返す。いや、相手からすれば考えをそのまま口にしただけかもしれないが、猿にとって決して無視できない口撃だった。
「……高説ぶってんじゃねえよ化け物が。頭数を揃えただけでもう勝ったつもりか? おいら達もわけもわからずあの女に乗ってやるわけじゃあない、しかしテメェは気に喰わねえな山羊」
猿に続いてカニも口を開く。
「貴女にはこの事態が何かわかるのですか? 解決策が無いのであればこの会話自体が無意味ではないですか?」
カニもまた不意打ちのように仕掛けてきたお母さんやぎに心を許すつもりは毛頭ない。
そこでカニはチラリと横の猿を見た。
猿も怒ってはいるものの、思考の奥は冷静である事は見て取れる。そして何より『おいら達』の言葉が嬉しかったのだ。
元の世界で憎みあう事しか出来なかった2人が、強敵を前にして一丸となろうとしている。
そして猿の強さを認めているからこそ、本心から手を組めば強敵を相手にしてもきっと戦っていけるはず。
そこまで考えた時、お母さんやぎは再び口を開いた。
「考えがないわけではない、しかし決裂を望むのであればそれもまた一興」
お母さんやぎは静かに右手を上に上げる。
「その生き様、力を持って私に示せ」
そしてその右手を降り降ろすと同時に、やはり静かに呟いた。
「やれ」
その言葉を合図に、周囲の子やぎ達が吠えた。
共鳴するその咆哮に周囲の空気が振動し、その振動と子やぎ達から放たれる殺意が猿とカニの肌にビリビリと伝わる。
「来るぞ!」
猿の言葉と同時に、7体の子やぎが一斉に駆ける。その多勢に対し、猿が即座に前に出た。
子やぎ達はその猿に照準を向け、一斉に躍りかかる。
「うおおおおおぉッ!!」
次々に放たれる強烈な鉄拳、手刀、あるいは蹄。
猿は全神経を集中させ、その一撃一撃を最適最善全力全開で捌きにかかった。
極限まで意識を圧縮させた猿の思考と戦闘経験、そして戦闘センスにより、猿の目にはあらゆる事象がスローモーションのように映る。
「ぉぉおおおおおおおおお……ッ!!」
しかし、それでも多勢に無勢。決して長く持ちこたえる事は出来ないだろう。
カニはわかっていた。これは時間稼ぎであると。
カニは手を地中に突き刺し、素早く確実に詠唱を開始した。
「──早く芽を出せ、柿の種! 出さねばハサミでほじくるぞ! 【世界樹創造】!」
地中に埋めた手──更にその中に持っていた柿の種が光を放ち、それは瞬く間に大木と化し、その成長の勢いによりカニの身体も大木のてっぺんまで追い上げる。
いや、カニだけではない。背後で大木が育ち始める瞬間の気配を感じた猿は、最適のタイミングを見切り後ろに大きく跳んでいた。
それにより猿もまた大木の上まで身体を移動させる。
そんな猿を横目でチラリとだけ見ると、カニは更に詠唱を続けた。
「──疾く実がなれ、柿の木よ! ならねばハサミでちょん切るぞ! 【世界樹進化】!」
更に大木には、急速に柿の実が次々と実りだす。
その下ではお母さんやぎはがやや険しい顔で見上げており、【子山羊七魔将】達は上に逃げた猿を追うために跳び上がろうと自らの足を深く曲げ力を溜め始めた。
そんな八匹の山羊達を見下ろしながら、猿は近くの渋柿をもぎ取り手に膨大な魔力を込める。
「一網打尽にしてくれる……!」
魔力が込められた渋柿が瞬く間に漆黒のオーラに覆われる。
そしてそれを地上に向け、猿は叫んだ。
「くたばりやがれ化け物共ッ! 【渋柿】ッ!!」
猿の手から発射された暗黒球体は一匹の子やぎに命中する。
────それと同時に【渋柿】は光を放ち、直径1km以上、大木以外の全てのモノが爆発と轟音に呑みこまれた。
これを喰らっては、如何にお母さんやぎと言えど無事では済まないだろう。
圧倒的な強者を即席のチームプレーで倒した事に、カニの心の奥底から強い感情が湧き出る。
カニは手をお母さんやぎがいた位置に向け、口を開いた。
「これが!」
先ほどまでいがみ合っていたはずの猿もまた、カニと同じ気持ちなのだろう。
やや息切れを起こしながらもかにと同じように人差し指を下に向けた。
「おいら達の!!」
そして二人はまだ消えない爆発の余波に向かって、声を揃えて同時に叫んだ。
「「さるかに合戦だッ!!!」」
その言葉の数秒後に、二人は大木の上でへたり込んだ。
そして互いを見つめる。
「……フッ!」
猿が笑った。
「……ははっ!」
カニも笑った。
「「はははははははははははッ!!」」
圧倒的達成感に、二人は笑いあった。
共通の目的が出来る事で、ここまで息ピッタリに協力し合えるものだと初めて知った。
この世界で勝ち抜くためには、コレが最善なのだと改めて思った。
────しかしその時、【渋柿】の爆発が掻き消えた。
中から姿を現したのは、少々毛並が乱れた程度のお母さんやぎ。
怒りでも悲しみでも喜びでもない、憐みに少しだけ似ている無表情に近い瞳で、頭上の猿カニを真っ直ぐ見上げている。
「【死者蘇生】」
お母さんやぎの呟きと共に、爆散した子やぎ達の肉片がまた元の形に戻りだした。