チート・ザ・シンデレラ
むかしむかしある所に、とても可愛らしい女の子が優しい両親と幸せに暮らしていました。
しかしある日お母さんが病気で亡くなってしまいます。
やがてお父さんは新しいお母さんを迎えましたが、お母さんとお母さんが連れて来た二人の娘はとても意地悪でした。
三人は女の子をまるで召使いのようにこき使い、食事の用意にお洗濯、お家のお掃除までつらい仕事は全て女の子に押しつけました。
服もツギハギだらけのボロボロの物を着せ、寝床も蜘蛛の巣のかかった天井裏に藁の中で丸くなって寝るように言いつけます。
それに女の子はお風呂に入る事も許してもらえず、頭にはいつもカマドの灰がついていました。
「お前はまったく汚らしいねぇ灰をかぶる者」
可哀想そうなシンデレラでしたが、それでも元が可愛らしいシンデレラの美しさは、心まで醜いお姉さんたちの何倍も何倍も上でした。
ある日の事、お城の王子さまがお嫁さん選びの舞踏会を開く事になり、シンデレラのお姉さんたちにも招待状が届きます。
「まあ、もしかすると王子さまのお嫁さんになれるかもしれないわ」
「シンデレラ、私たちは舞踏会に行ってくるからお前は留守番をしておきなさい。帰った時に家事が残っていたら承知しないよ」
シンデレラはニッコリと笑顔を作って舞踏会に行くお姉さんたちを見送りました。
しかし三人が行った後、本当は自分も舞踏会に行きたかったシンデレラはとても悲しくなってシクシクと泣き出してしまいました。
そしてその時、どこからか声がしました。
『────力が欲しいか?』
シンデレラは後ろを振り返った。
そこに立っていたのは漆黒の法衣を身に纏い、尖端が歪に曲がった杖を持つ人物。
顔までも完全に覆い隠したその人物は、声も怪しく反響し男か女かもわからない。
「……だぁれ?」
『シンデレラ、お前はつらい事があってもいつも笑顔でがんばるとても良い子だ。そんなお前の心の声を聞いた。────お前が望むのならば、舞踏会へ行かせてやってもいい』
「本当に?」
『ああ本当だ。しかしそれには供物が必要……まずは出来るだけ大きなカボチャを用意せよ』
シンデレラは一瞬で姿を消し、再び現れたかと思うと先ほどまで畑で蔓が繋がっていたはずの10kgはあろう巨大なカボチャを手にしていた。
『む? で、では我が力、見るがいい……』
黒い人物は歪な杖でカボチャを叩く。
すると、そのカボチャが一瞬で巨大化し黄金の馬車へと姿を変えた。
『次にハツカネズミを二匹捉えここに差し出せ』
シンデレラはそう言われた瞬間、テーブルに置かれていたナイフとフォークを掴みあげると、振り向きもせずに真後ろに投擲した。
風を切る音と共にナイフとフォークは壁に突き刺さったかと思うと、その矛先はそれぞれ見事に二匹のハツカネズミの息の根を止めていた。
『お、おう……では我が力、もう一度見るがいい……』
黒い人物が息絶えたハツカネズミに杖をかざすと、今度はそのハツカネズミが立派な馬へと姿を変える。
「へぇ、中々の使い手のようね気に入ったわ。それで死神よ、お前は私に何を望むの?」
『我が正体までも見切っていたか。察しの通りだ、我はお前の心からの望みを叶えることと引き換えにその命を頂く』
「笑わせてくれるのね」
シンデレラはそう言うと、先ほど巨大なカボチャを持ってきた圧倒的スピードで瞬く間に死神との距離を詰める。
予期せぬ事態に死神は魔法の杖をシンデレラに向け即死の魔法を放とうとするが、もう遅かった。
魔法が発動する前にシンデレラの手刀が杖をマッチ棒か何かのようにあっさりと切断する。
表情も見えない死神であったがその一瞬の出来事には驚愕しただろう。
────いや、正確には驚愕する暇もなかったかも知れない。次の瞬間にはシンデレラの拳の乱打が死神全身を襲う。
『が、がはあっ!!』
死神は壁に激突すると力なく崩れ落ちる。
シンデレラはそんな黒いボロ雑巾にゆっくりと近づくと、首を掴み持ちあげた。
死神は理解した。
もはや自分に選択の余地はない、完全に契約を持ちかける相手を間違えたのだと。
『ゆ、許してくれ……』
シンデレラはその命乞いに対し、無言で相手の左腕をへし折った。
『ぎゃあああああああああぁぁぁッ!!!!』
死神の絶叫が誰もいない夜の辺境に響く。
激痛に耐えながら折れた左手を抑え、再びシンデレラのほうへ無い目を向けた。
するとシンデレラは眉をやや潜めてやや困った顔をし、可愛らしい手つきで頬に手を添える。
「魔法使いさんありがとう。でも私、こんな恰好じゃ舞踏会にはいけないわ」
死神は理解した。
これは弱者の悩みでも、生贄からの懇願でもない。
────絶対的強者からの命令なのだと。
死神は力を振り絞り、シンデレラの服に魔法をかける。
するとみすぼらしいシンデレラの服が、たちまち光輝く純白の美しいドレスに変わりました。
同時に現れたガラスの靴はキラキラと光り、シンデレラの足にぴったりです。
シンデレラはニッコリとほほ笑むと、死神が用意したカボチャの馬車に乗りこみます。
「魔法使いさんありがとう。これからも、仲良くしてね?」
舞踏会の広間に現れたシンデレラの美しさに誰もがみな眼を奪われました。
意地悪なお母さんとお姉さんも、あれがシンデレラだなどと気づきもしません。
王子様もシンデレラの美しさに気づき、シンデレラを踊りに誘いました。
「僕と踊っていただけませんか?」
優しい王子様の眼差しに、シンデレラは夢のように幸せな時を過ごします。
そうして気が付くと時間は12時前。
その時、シンデレラの頭に直接鳴り響く様な不思議な声が聞こえます。
『し、シンデレラさん……い、いやシンデレラ様! 私です、死神です! 今テレパシーで貴女様にだけ聞こえるように声を発しておりますが、大変な事をお伝えし忘れました!』
(……なぁに?)
『はっ! ワタクシめが貴女様にお掛けした魔法、それらは本日の12時が期限となっております!』
シンデレラはそこでお城の時計をチラリと見ました。
なんという事でしょう、もう12時まで30秒もありません。
(……ふ~ん、今それを言うんだ?)
『ひ、ひいぃ! も、申し訳ございません! 完全にワタクシめのミスで御座います! どうかお許しを!!』
ちなみに本当の事を言うならば死神は決して魔法の効果期限を伝えることを『忘れていた』訳ではない。
昨日満身創痍でシンデレラに魔法をかけたため、その後直ぐに気を失ってしまいその状態から回復する今現在まで『伝えることが出来なかった』のだ。
しかしそれは言い訳と捉えられる可能性があること、時間が時間のため言っている暇もない事から死神はあえて口にせず、謝罪と服従の態度のみを口にしたのだ。
シンデレラはそこで脳に流れる通信を無理矢理切った。
そこで表情は笑顔のまま、目の前の王子様に告げる。
「ごめんなさい王子様、私は帰らなければなりません」
「え?」
次の瞬間、シンデレラの姿が消えた。
────少なくとも常人にはそう見えただろう。先日死神と相対した時に見せた、一瞬で離れた場所にあるカボチャを持ってその場に戻ってくる移動術。
だが、王子さまの目はその程度では誤魔化せない。
「待ってくれ!」
刹那の時間で広間からお城の屋根の上まで移動したシンデレラであったがそれに劣らないスピードで王子さまも距離を詰める。
地上と違い風が強く吹き荒れる屋根の上、パーティハットのような斜面の上で若い二人の視線が交差する。
相手も一国の未来を担う者。シンデレラはその力量を見誤っていた事を胸中で恥じた。
(魔法の時間はあと17秒、それまでに撒かなくてはいけない!)
自身と同等の速度を持つのであれば同じように逃げても追いつかれる。
ましてやこの場は相手のお城、地の利も完全に相手にある。
そこでシンデレラは多重分身をおこなった。
身体能力にモノをいわせた単純な残像ではなく、幻術も交え生み出された複数のシンデレラ。それらは一斉に散らばり王子さまを錯乱する。
分身が逃げた先には王子さま以外の人々も大勢いたが、その多くは超高速で動くシンデレラを眼に捉える事すら出来ない。
────が、やはり問題は王子さまであった。
多重分身にほんの一瞬だけ怯んだ王子さまではあったが、すぐにその幻術を見破り本物のシンデレラの方へと駆ける。
王子さまが怯んだ一瞬の時間はシンデレラにとっては遥か彼方まで距離をとるには十分な時間ではあったが、王子さまもまた持ち前の身体能力と地の利を活かした無駄のない動きで再び距離を詰める。
力が拮抗する相手を尻目に、シンデレラは胸中舌打ちをした。
(12時まであと8秒! 仕方がない!)
「捕まえた!」
シンデレラに追いついた王子さまはシンデレラの肩を掴んだ。
確かに、掴んだはずだった。しかし王子さまの手に握られていたのは────
「これはガラスの靴……?」
信じられない現実に王子さまは困惑を極める。
数秒思考した時、事実に気付き声を張り上げた。
「やられた! 空蝉の術かッ!」
気付いた時にはもう遅かった。その時にはシンデレラは既に家までたどり着いていたのだ。
そして魔法が解け、元の恰好に戻ったシンデレラをその場で見つける手段は、王子さまには残されていなかった。
「僕は、このガラスの靴の持ち主と結婚します」
翌日、王子さまからとんでもない事が発表されました。
お城の使いが王子さまと共に国中を駆け回り、手がかりのガラスの靴が足にぴったり合う娘を探しました。
でもそのガラスの靴は死神がシンデレラの為だけに作った物なので、他の人がはいても大きすぎたり小さすぎたりと、ぴったり合う人は一人もいませんでした。
やがて王子さまがお城の使いを連れて、シンデレラの家にもやって来ました。
シンデレラのお母さんがお姉さんたちにこう言います。
「さあ、娘たち。この靴が足に入れば、あなたたちは王子さまのお嫁さんよ」
「はい、お母さま」
二人のお姉さんたちはガラスの靴に足をギュウギュウと押し込みましたが、二人の足は大きかったのでどう頑張っても小さなガラスの靴には入りません。
「残念ながら、この家には昨日の娘はいないようだな」
そう言って、王子さまが踵を返そうとした時、家の奥にいたシンデレラと目が合います。
「……君、この靴を履いてみてくれないか?」
それを聞いた二人のお姉さんたちは、呆気にとられてこう言います。
「何をおっしゃっておられるのですか王子さま」
「そうですよ、あたしたちにも入らないのに、この子なんかが……」
シンデレラがはいてみると、ガラスの靴はピッタリです。
二人のお姉さんたちもお母さんも、驚きのあまり口をパクパクさせました。
するとそこへ片膝を地面につけた死神が音もなく姿を現しました。
『このガラスの靴はまごう事無くこちらのシンデレラ様の物、僭越ながらワタクシめが証明いたします』
死神はそう言いながら魔法の杖を一振りすると、シンデレラのみすぼらしい服が、たちまち昨日の光輝く純白のドレスに変わります。
「あのシンデレラが、昨日の!?」
昨日の黄金の馬車でやって来た美しい娘がシンデレラだった事を知って、お母さんと二人のお姉さんたちはヘナヘナと腰を抜かしてしまいました。
「おおっ、やはり貴女でしたか」
王子さまの言葉に、二人のお姉さんとお母さんの顔が真っ青になりました。
シンデレラが王子さまと結婚すれば、シンデレラはこの国のお姫さまになります。
二人のお姉さんとお母さんは、今までシンデレラにひどい事ばかりしてきたので、このままではお姫さまになったシンデレラに仕返しをされて、死刑になってしまうかもしれません。
────しかし、三人の頭にまた別の事も過ぎります。
────優しいシンデレラならば今までの事を許してくれるのではないか?
────甘いシンデレラならば言いくるめればどうとでもなるのではないか?
────馬鹿なシンデレラならば今までの事を忘れて私たちの待遇をよくしてくれるのではないか?
三人はそれぞれ目配せすると、笑顔をつくりながらシンデレラに近づきます。
そしてその三人の心理を完全に読み取ったシンデレラはこう言いました。
「お母さまお姉さま、貴女方のお考えは概ね正しいです。私は貴女方には危害は加えません。でもおよし下さい」
シンデレラの忠告に、三人は聞く耳を持ちません。それどこか前半の部分だけを都合よく解釈し、シンデレラを抱きしめようと手を広げます。
────その瞬間、三人の目玉がくり貫かれた。
いつの間にかシンデレラとの間に割って入っていた死神が、絶叫しのた打ち回る三人を見下しながら口を開く。
『偉大なるシンデレラ様に汚い手で触れるな下郎共が』
シンデレラはその様子を横目で見やり、ため息交じりに呟いた。
「だから言ったのに。死神、失敗を取り戻そうと必死なの」
こうしてシンデレラは王子さまと結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。