チート・ザ・わらしべ長者
むかしむかしある所に、一人の貧しい若者がいました。
ある日若者はお寺で観音様にとあるお願いをします。
「観音様、魔王と邪神と死神が睨みを利かせ合い、人間を支配するこの地ではどれだけ働いても暮らしが楽になりません。どうか私に力をお貸しください」
すると、観音様が言いました。
「ん~、じゃあ今日最初に掴んだもの持っとってみ? そしたら多分いけるわ」
喜んだ若者は観音様にお礼をいい、お寺を出ます。
するとすぐに石につまずいて転んでしまいました。
そしてその拍子に、一本のわらしべをつかみました。
「観音様がおっしゃった、最初に掴んだものってこれの事かな?」
若者は掴んだわらしべを嬉しそうに振り回しながら歩いていると、プーンと一匹の虫が飛んできました。
全長2メートルはあろう巨大な蝿、巨体が縦横無尽に空を飛び膨大な魔力と圧倒的兵力でこの地を支配する、最大権力者の一角にして人間をオモチャのように虐殺する暴虐の化身『蝿魔王ベルゼバブ』が若者の眼前に飛来したのだ。
若者はその蝿を指で捕まえると、持っていたわらしべに結びつけ遊んでいました。
すると向こうから立派な牛車がやって来て、中に乗っている子どもがベルゼバブを指さして従者に言います。
「あの蝿のオモチャが欲しい!」
「はっ! かしこまりました!」
若者が子どもに蝿を結んだわらしべをあげると、従者がお礼に果実を3つくれました。
蝿を受け取った子供は前世の記憶を持ってこの世界に転生してきた勇者であり、転生の際に女神から与えられたチート能力と精神年齢45歳という経験値、そして今しがた支配下に置いた『蝿魔王ベルゼバブ』の力を組み合わせ、見事邪神を滅ぼし人々の安息の時代を取り戻した。
「わらしべが果実になったな」
若者はそのまま歩いていると、道ばたでうずくまって苦しんでいる美しい女性を発見します。
「お嬢さん、どうなさったのですか」
「ああ、御見苦しい所をお見せしてしまい申し訳ございません、ちょっと召喚魔法や次元魔法を使い過ぎてしまい、その反動で喉が渇いてしまったのです」
「そういう事でしたら水代わりにこの果実をお食べ下さい」
転生勇者が持っていたこの果実は天界にのみ身を結ぶ最高級の癒しの果実。
それを食べた女性はすぐに元気になり美しい声と共に純白の翼のオーラを迸らせます。
「助かりました。お礼と言っては何ですが、どうかこの織物をお受け取り下さいまし」
この女性は出身は不明だが、近年ここ一帯で聖女として崇められている非常に力を持った女性で、貰った果実で回復すると魔王や邪神によって荒れ果てていたこの地をあっという間に自然あふれる素晴らしい地へと変えました。
「今度は果実が織物になったな」
若者がその布を持って歩いていると、馬が倒れて困っている男の人がいました。
「どうしました?」
「ウマが病気で倒れてしまったのです。町に行って織物と交換する予定だったのですが……」
「では、この織物とウマを交換してあげましょうか?」
若者が提案すると、男の人は大喜びで織物を持って帰りました。
聖女から貰った織物は、この世の素材で作った物とは思えないほど美しく丈夫で様々な付加魔法効果もついている立派な物。
そしてそれを受け取ったのは、商人の才に秀でており、更にこの地の全ての人々を愛する心を持つ立派な青年。
青年が受け取った織物を元手に一帯の経済事情を完全にコントロールすると、見る見るうちに経済が回っていき、この地の文明レベルは一気に上昇して自動車とかスマホとかも出来た。
「更には織物が馬になったか」
若者が馬に残っていた神々の果実を与えると、馬はたちまち元気になりました。
弱弱しく震えていた足は真っすぐに立ち、消え入りそうなほど小さかった身体は将軍が乗っている馬よりも大きくなります。更にその額からは鋭い角が生え、背中には左右に6枚、合計12枚の美しい翼が姿を現す。
「お前の正体は神聖一角天馬だったのか」
神聖一角天馬を連れてまた若者が歩いていると、今度は豪邸の前で慌てている中年の男に会いました。
「おお……なんと立派な神聖一角天馬か……! 君、実はワシ、神からのお告げがあってな、すぐに死神が住む暗黒の大地まで行かねばならん。たのむ! その神聖一角天馬を譲ってくれ! ワシが帰るまではこの家を自由に使っていい! ワシにもしもの事があったならこの家は君に任せよう!」
若者は豪邸をお借りし、主人の子であるこの地で一番美しい娘と共に暮らす事になりました。
その後、風の噂で神聖一角天馬を渡したこの家の主人は『死神との激闘の末、相打ちになった』と聞きます。
悲しみに暮れる主人の娘を優しくスムーズに口説き落とした若者は、一本のわらしべから大金持ちになったので、みんなはこの若者を『わらしべ長者』と呼びましたとさ。
めでたしめでたし