チート・ザ・狼と7匹の子山羊
むかしむかしある所に、お母さん山羊と7匹の子山羊が暮らしていました。
ある日、お母さん山羊は街へ出かけることになり、子山羊たちにこう言います。
「お母さんはお買い物に行ってくるね。お家に誰かが来ても決してドアを開けてはいけませんよ」
その様子を見ていた狼が、お母さん山羊が出ていったのを見計らって子山羊たちがお留守番しているお家にノックをします。
「お母さんですよ、さぁ子供たち、ドアを開けて頂戴」
「ウソだウソだ、お母さんはそんなガラガラ声じゃないぞ、お母さんじゃないならドアは開けません」
「チィ! 知恵の回るガキ共め! ならばこれならどうだ!? 【白墨声明】!!」
正体を見破られた狼は、持っていたチョークを頬張って再びノックをしながら声をかけます。
「狼はどこかに行きました。さぁ今度こそお母さんですよ、ドアを開けて頂戴」
「本当にお母さんなの? じゃあドアの隙間から足だけお家に入れてみてよ」
狼は言われた通りドアの隙間から足だけを入れます。
その家の中で一匹の子山羊が目を光らせて言いました。
「俺の能力、【完全真理眼】が告げている! お前のその黒い足は狼のソレだッ!」
「一度ならず二度までも我を見破るとはな! 面白い! ならばこれならどうだ?! 【粉塵迷彩】!!」
そう言って狼は足を引っ込めると、今度は小麦粉を足にまぶせてノックをしました。
「狼はどこかに行きました。さぁ今度こそ本当の本当にお母さんですよ、ドアを開けて頂戴」
「本当の本当にお母さんなの? じゃあドアの隙間から足だけお家に入れてみてよ」
狼は小麦粉にまみれた白い足をドアの隙間に入れます。
先程の子山羊が再び目を光らせてその足をジッと見つめました。
「ふむ……俺の【完全真理眼】でも異常は見つけられん。つまり……」
「やったー! お母さんだ!」
「お母さんが帰ってきたぞ!」
「お帰りなさいお母さん!」
子山羊たちは大喜びでドアを開けます。
────しかし、その喜びは最悪の形で裏切られる事となった。
愛する母だと信じ開けた先にいたのは、山羊を捕食する、つまりは生態系として自分達の上に位置する絶対的な存在。
漆黒の体毛に全身を包み、筋肉により大きく膨れ上がった両手足の先で禍々しく光る鉤爪。
もはや完全に獲物を見る眼をした狼がそこに立っていた。
狼は瞬く間に不用意に接近した一匹の子山羊の頭を食いちぎった。
グチャリという聞きなれない音。残された身体。飛び散る流血。
その光景を目の当たりにしても、残りの子山羊たちは目の前で起こっている事が理解できず、動く事が出来なかった。
肉を咀嚼する音だけが非日常の中で響く。
そして、頭のない兄弟の身体が音を立てて倒れた時、狭い家の中で一斉に悲鳴が響きわたった。
そこからはまさしく地獄絵図であった。
逃げ惑うも瞬時に蹂躙され、事切れてゆく子山羊たち。
兄弟が喰われ死んでゆく隙に、机の下や押し入れの中などに身を隠す子山羊たちもいた。
しかし狼はその子山羊の努力を楽しむようにゆっくりと隠れた子山羊を引っ張り出し、絶望で喉がはち切れる程に泣き叫ぶ子山羊を一匹一匹喰らっていった。
「ククク……フハハハハハハハハハッ!! 家畜共がッ! 無駄知恵等使わず、大人しく初めから喰われていれば良かったのだッ!!」
六匹の子山羊を飲み込んだ狼は、高らかに笑いその場を後にした。
そう、狼が喰らった子山羊は六匹。
この惨劇の中、ただ一匹、末っ子山羊だけが柱時計の中に身を隠し、狼に見つかることなく生き延びていた。
────それからどれだけの刻が経過したのだろう、放心したまま動かない末っ子山羊が入った柱時計がゆっくりと開かれた。
末っ子山羊が顔をあげると、そこには良く知るお母さん山羊の姿があった。
「あ……ぁ……」
お母さん山羊の姿を確認した末っ子山羊はゆっくりと声を絞り出し、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
力の限り泣き叫んだ。
お母さん山羊は末っ子が落ち着くまでずっと優しく抱き締めていた。
そして落ち着いた末っ子山羊から事の顛末を、やはり優しく聞き出す。
狼が家に来たこと。
狼の知恵が自分達を上回り、お母さん山羊の言いつけをまもれなかったこと。
突如起こった惨劇のこと。
兄弟の悲鳴が、断末魔が鳴り響く中、自分はただここで震えているしか出来なかったこと。
そして、自分だけが生き残ってしまったこと。
全てを聞くとお母さん山羊は立ち上がり真っ直ぐな眼をして口を開いた。
「狼の元へ行きましょう」
子山羊を六匹も喰らい腹一杯になった狼は、あろうことか山羊たちのお家のベッドでイビキをかいて眠っていた。
その眠りこけている狼に、お母さん山羊は慌てずに近づき手をかざし唱えた。
「──古の契約に従い今こそ開け、【魔界の扉】!」
お母さん山羊の呪文と共に眠りこけている狼の腹が、文字通り開いた。
そして中から、五体バラバラの子山羊達の残骸が個別に、順番にお母さん山羊の目の前に並んでいく。
お母さん山羊は綺麗に並んだ六つの残骸を一瞥すると、一度だけ指をパチンとならしながら呟く。
「【死者蘇生】」
すると原型を保ってすらいなかった六つの塊は一瞬で光に覆われる。
そしてその数瞬後には、傷ひとつ付いていない六匹の子山羊たちが、一糸乱れぬ姿で片膝をつき頭を垂れていた。
その中の一匹が顔を下ろしたまま口を開く。
「母上、申し訳ございませぬ。貴女からの命を守れずお手を煩わせてしまいました」
「良い、お前たちには手の余る相手だ、後は私が始末をつける。下がれ」
「ははっ!」
お母さん山羊の一言に、子山羊たちは一礼すると一匹ずつその部屋を退室していく。
残ったお母さん山羊は再び腹が開いたまま眠りこけている狼に手をかざし口を開いた。
「【石礫演舞】」
お母さん山羊の言葉と共に召喚された大小様々な石が、順番に狼の腹の中に綺麗に入ってゆく。
開いた腹に直接重量のある石が詰め込まれていくというのに、それを眠っている本人に全く気づかせない辺り、お母さん山羊の【石礫演舞】の繊細さがうかがわれた。
全ての石が詰め込まれていき、丁度それが子山羊六匹分と同じ質量になると、お母さん山羊は更に唱える。
「──古の契約も今日の分はおしまい、定時だからもう閉じていいよ、【魔界の扉】!」
するとあっという間に狼の腹は、縫い目一つ残さず元通りに閉じた。
狼が目を覚ました。
しかしやけに腹が重くなり、上手く歩けなくなっていた事に気がつく。
「ぬう……食いすぎたか……?」
狼はおぼつかないながらもで家の近くの井戸まで足を運ぶ。
井戸の水を飲もうとするが、腹の重みのせいでこのまま飲もうとしても自分が井戸に落ちかねない。
井戸に溜まる水を見下ろしながら狼は呟いた。
「これは……やはり何かがおかしい……」
「気が付いたか、だがもう遅い。貴様はやり過ぎた、死んでもらう」
突如、誰もいなかったはずの背後から声が聞こえる。
狼は反射的に振り向こうとした。
しかし、それよりも早くその声の主が狼を強い力で井戸の方へ押し出した。
落ち行く狼が最期に視界に捉えたものは、酷く冷たい目をしたお母さん山羊だった。
「【隠密接近術】 ……水が飲みたかったのだろう? 存分に飲むがいい。ただし、あの世でな」
めでたしめでたし。