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チート・ザ・昔話  作者: こおり ほのお
チート・ザ・昔話
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チート・ザ・幸せの王子

 むかしむかしある所に、美しい『幸せの王子』と呼ばれる像がある街がありました。


 幸せの王子の両目は青いサファイアで出来ていて、腰の剣の装飾には真っ赤なルビーが付いていて、体は光輝く金箔に包まれており、心臓は鉛で作られています。

 街の人達はこのとても美しい王子が自慢でした。


 冬が近づいてきたある寒い日の事です。

 街に、一羽のツバメがやって来ました。


「エジプトまで渡るのに仲間に随分遅れをとってしまった。今日はここで休んで、明日旅に出よう」


 ツバメは幸せの王子の足元にとまり、そこで眠ろうとしました。

 するとポツポツと、しずくが落ちてきました。


「おや、雨かな? 雲もないのに、変だな」


 ツバメは空を見上げます。

 するとなんという事でしょう、像である王子の目から涙が流れていたのです。


「……あっ、王子さまが泣いている。もしもし王子さま、一体何があって泣いているのですか?」


 ツバメが尋ねると、王子は答えました。


「町でもっとも高い所であるこの場にいると、世の中の悲しい出来事が目に入ってきよる。しかし余にはどうする事も出来んのじゃッ! それが……堪らなく悲しいッ!!」


「悲しい出来事?」


「それ、あそこに小さな家があるじゃろう。小さな子の身体が病魔に蝕まれ、『オレンジを食いたい』と泣いていおる。あの子は将来歴代最強の騎士になるポテンシャルを秘めているのにこのままではそれも叶わぬ……子の母は全知全霊を込めて働いているのに、力が足りずオレンジの1つ買う事もままならん」


「それは、お気の毒に」


「旅のツバメよ! そこで頼みがある! 余の剣のルビーをあそこへ運んでくれぬか?」


「うん、わかったよ」


 ツバメは王子の腰の剣のルビーを外して、熱で苦しんでいる男の子の枕元に置きました。


「辛いだろうけど、がんばってね」


 王子のところへ帰ってきたツバメは、ある事に気づきました。


「不思議だな、こんなに寒いのになんだか体がポカポカ暖かいや」


「旅のツバメよ、それはお主が己の正義に従ったからに他ならん」






 次の日、王子はまたツバメに頼みました。


「余の左目のサファイアを、才能のある貧しい若者に運んでやってくれぬか?」


「でも僕、そろそろ出発しなくちゃ」


「後生だ。今日一日だけどうか頼み申したい、旅のツバメよ」


「……うん」


 ツバメがサファイアを運んでやると、若者はとてもとても喜びました。


「これでパンが買える! これでこの作品を書きあげて、最大手小説サイトに投稿する事で書籍化、漫画化、アニメ化、グッズ化、映画化して残りの人生印税だけで面白可笑しく暮らしていけるぞ!」






 次の日、ツバメは今日こそ旅に出る決心をしました。

 そして王子にその事を伝えます。


「王子さま、これからぼくは仲間のいるエジプトに行きます。エジプトはとても暖かくて良い所なのです」


 けれど王子は、また頼みました。


「旅のツバメよ、どうかもう一晩だけいて余が元に滞在してほしい。あそこでマッチ売りの女の子が泣いておる。あの娘はマッチの煙から生み出される幻惑を現実の事象に変えてしまうとんでもないチート能力の才能があると言うのに、お金を稼がないと父にぶたれてしまう。だから才能に開花を促進させる右目のサファイアを娘に届けて欲しいのだ」


「それでは、王子さまの目が見えなくなってしまいますよ」


「構わぬ。あの娘が幸せになれるのなら、余は目など惜しくない」


「王子さま……」


 ツバメは言われた通り右目のサファイアを女の子の元に届けます。

 これがきっかけで今年の冬、女の子が真の力に目覚め、巨悪を打ち倒し街を救うのはまた別のお話。


 人の幸せのために自らの両目を無くした王子を見て、ツバメは決心しました。


「王子さま、僕はもう旅に出ません。ずっと貴方のおそばにいます。そして貴方の目となり手足となりましょう」


「……すまぬ」





 それからツバメは町中を飛び回り、貧しい人たちの暮らしを見ては王子に話して聞かせました。

 王子は目に写った人々は助けていたけれど、それでも街はまだまだ貧しさで溢れています。


「それでは余の身体についている金を全て剥がし、貧しい人たちに分けて来てくれぬか」


「ははッ! 仰せのままに!」


 ツバメは言いつけ通り王子の体から金箔を剥がすと、貧しい人たちに届けてやりました。






 やがてこの街にも冬が訪れました。

 寒さに弱いツバメは、こごえて動けなくなってしまいます。


「王子さま、僕はここまでのようです……このちっぽけな命、貴方様にお仕えする事が出来て、幸せでありました……」


 ツバメは最後の力を振り絞り、王子にキスをすると、


「ぐふっ」


 そのまま力尽きて死んでしまいました。


「礼を言うぞ旅のツバメよ。そして、余の自己犠牲にお主まで付き合わせてしまってすまなかった。……出来る事ならばお主にも幸せになって欲しかった……せめて余もお主の元へ行こうぞ……」


 その時、王子の鉛の心臓がひび割れてしまいました。





 次の朝、町の人たちはしあわせの王子の像が、すっかり汚くなっているのに気づきました。


「美しくない王子なんか溶かしてしまおう」


 ところが不思議な事に、王子の心臓だけはどんなにしても溶けません。

 そこで王子の心臓はそばで死んでいたツバメといっしょに捨てられました。


 そのころ、神さまと天使がこの町へやってきました。


「天使よ、この町で一番美しい物を持っておいで」


 天使はそこで街中をみて回ります。

 街には武力の才能がある少年、物書きの才能がある若者、チートの才能がある少女、その他にも金を多量に持った人々等、美しい物が沢山見つかります。

 天使がどれを持っていこうか決めかねていた時、地の底から響くような執念の声が聞こえました。


「美しい物、天使よ! それはここにあるぞ……ッ!!」


 ソレは幸せの王子の霊体。

 強き無念を覚えたままこの世を去った王子は、死して尚その精神だけでこの地に残っており、それが血の涙を流しながら天使に訴えかけたのだ。


 その王子の様子をみて、天使は一瞬怯む。

 しかしすぐに冷静になると冷たい瞳で王子に問いかけた。


「なんだ亡者よ、命をかけてまで救った人々に裏切られ、彼らを認めたくないが故に、金も宝石も失ったそのみすぼらしい己が美しいとでも言うつもりか?」


「そんなつもりなどは毛頭ない! 人は果てしないの時の流れの中で流動的に感情を変えながら成長するもの! 余の街の人々は今も昔も変わらず美しい! 理に反した余などと比べるまでもなくな!」


「……ならば亡者よ、何を持ってして天使である私に美しさを語る?」


「この町で最も美しい物! それは他と比べるまでもなくこのツバメの骸よッ!! さあ受け取れ天使よ! そしてこの亡骸に死後の幸福を与えてやってくれッ!」


 亡者が怨みの1つも言わずに、死者を天界に導く懇願をする。通常では考えられない事であった。

 それ故に天使は言葉を詰まらせた。

 自身がもっとも醜いと思っていた相手からの、愛故にの進言。

 天使にはそれが不可思議で仕方がなかったのだ。


「……それを聞き入れてやっても良いけれど、その代わり貴方は永遠に最も辛い地獄に落ちてもらう事になるわ」


 聖なる者(天使)邪なる者(亡者)の交流。それは許される事ない霊界の理。

 禁忌を犯せば理は乱れ、必ず災いが降りかかる。

 それは天使は勿論、亡者と化した王子もわかりきっている事であった。


「構わぬ、この願いを聞き入れて貰えるのであれば、如何なる咎もこの身に受けよう」


 わかっていながらも、王子は即答した。

 しかし、それでも天使は表情を変えない。


「口でならば何とでも言える、その誓いが本物ならば、己の心臓を差し出して貰おうか?」


 ドゴォッ!

 その言葉を聞き、王子はすぐさま自身の胸を拳で貫いた。

 そして障気が漏れるその胸から、ヒビ割れた鉛の心臓を取りだし天使の方へ向ける。


「むおおぉ……! 持ってゆけ天使よ……ッ! そしてコイツを地獄にでもどこにでも落とすがいい……ッ!!」


 そんな王子をみて、天使はニヤリと笑みをこぼした。


「相反する存在を信用するなど、全く馬鹿な男だ」






「どうじゃ、美しいものは見つかったか?」


 戻ってきた天使に向かって神様が聞きます。

 それに対し、天使は手にあるものを差し出しました。


「ええ、しかし『一番美しいもの』がなんと2つも見つかりました。どちらかに優劣をつける事が出来なかったもので、両方お持ちしましたがいかがでしょうか?」


 天使の手の中にあるもの────鉛の心臓とツバメの亡骸を見て神さまはニッコリ微笑みます。


「よくやった、これらこそがこの町で一番美しい物だ。王子とツバメは大変良い事をした。この二人は天国に連れて帰ってやろう」


 こうして人々を助けるために死んだ王子とツバメは、天国で幸せに暮したのです。



 めでたしめでたし

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