チート・ザ・三枚のお札
むかしむかしある所に、和尚さんと坊主が暮らすお寺がありました。
ある日、坊主は和尚さんに向かってこう言います。
「和尚さん、おら、山に行って山菜を採ってくるだ」
「おぉ、確かに今は美味しい山菜が沢山採れる時期だの。しかし、あの山には恐ろしい山ん婆が住んでおる。暗くなる前に帰ってくるのじゃぞ」
「はーい!」
元気よく返事をして山に出かける坊主でしたが、いざ山菜採りを始めると夢中になってしまい、気がついたら辺りはすっかり暗くなっていました。
「これは困ったぞ」
坊主はしばらく夜道を歩くと、明かりのついた山家を見つけます。
その家の前まで行くと、一人のお婆さんが出てきます。
「こんな夜遅くに坊主とな、大変だったじゃろう、さぁさ中に入れ、飯を食っていくといい」
優しそうなお婆さんは快く坊主を迎え入れ、腹一杯坊主に飯を食わせると寝床も用意してくれました。
その夜、坊主は何やら『シャッシャッ!』と鋭い音を聞いて目を覚まします。
その音が何か気になり音のする方へ向かいます。
するとそこには後ろを向いて座っているお婆さんが何か作業をしていました。
お婆さんはクルリと坊主のほうへ振り返ると、
「見~た~な~ッ!!」
なんと、頭から角を生やしたお婆さんが鬼のような形相で包丁を手に持っています。
実はお婆さんがこの山に住む山ん婆であり、坊主を食べる為に『シャッシャッ!』と包丁を磨いでいたのです。
「べ、便所に行きたい!」
「なにぃ便所だ? うぅむ確かに糞臭い小僧はゴメンだ、早く行ってこい!」
山ん婆はそう言うと坊主が逃げられないように縄で縛り、その先を持って便所へ行かせます。
便所の中で坊主が途方に暮れていると、突然、坊主の前に美しい女性が現れました。
紙のように柔らかい純白の長い帯を幾重にも巻き付けたような美しい衣装を身に纏い、きっちりと固められた美しい茶髪はドリルのように綺麗に巻き上げられている。
「私は便所の神です。坊主、山ん婆に捕まるなんて大変な事になりましたね。コレを貴方に差し上げます、私が時間を稼いで置きますからその隙にお逃げなさい」
女神様の力を借りて坊主は縛られた縄を便所の柱にくくりつけ、窓から外に出て逃げ出しました。
いつまでたっても便所から出てこない坊主に、山ん婆が声をかけてきます。
「坊主、糞はまだか」
「まだですよー」
既にその場にいない坊主の代わりに便所の女神様が返事をします。
「坊主、まだ終わらんのか」
「まだまだで~す☆」
そんなやり取りを何度か繰り返す内に、とうとう山ん婆は我慢の限界が来ました。
「ええいもう待てん! さぁこい坊主! 食ってやる!」
山ん婆は手にした縄を力の限り引っ張って坊主を便所から引きずり出そうとしました。
しかし山ん婆のその怪力により括り付けられていた便所の柱がへし折られ、便所は山ん婆の手によって倒壊する事となりました。
倒壊した便所の中には坊主の姿はなく、代わりに中にいた便所の女神様は「はっ!」と鼻で笑うと便器の中に素早く身を投じ姿を消します。
「おのれ! 逃げおったな~っ!!」
山ん婆は夜道を走る坊主を追いかけていきました。
圧倒的脚力を持つ山ん婆はすぐに坊主の近くまで追いつきます。
坊主はこのままでは逃げられないと思い、便所の女神様からもらった物を準備しました。
それは複数のお札から成る一つの山札。
その山札を素早くショットガンシャッフルで混ぜなおすと山ん婆のほうへ向き直った!
「俺のターン! ドロー!」
坊主は山札から一枚のお札を引くとニヤリと笑い、そのお札を高らかに掲げる。
「魔法お札『砂山』発動! このお札の効果によりプレイヤー同士の間に砂の大山を生み出し、直接攻撃を無効化する!」
坊主の言葉に対し、山ん婆もまた左手に用意した山札からカードを一枚引いた。
「ドロー! 『山越え』のお札! このお札により、お前が生み出した『砂山』は無効化される!」
「ないィ!? おれの『砂山』に対し、ピンポイントで対策魔法お札を引き当てただとぉ?! ぐわあああああああああああああぁぁぁぁッ!!」
坊主はこのやり取りにより後方1km吹っ飛ぶ事となった。更にそれにより坊主のLPが1500削られる!
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坊主
LP4000→2500
山ん婆
LP4000
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吹っ飛んだ坊主は、痛むわき腹を抑えながらも何とか起き上がる。
目を前方に向けると、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた山ん婆がゆっくりとこちらに歩み寄ってきていた。
坊主は歯を食いしばりながらも再びお札を引く。
「く……ドロー! 魔法お札『大川』! このお札の効果により山ん婆に向けて大洪水による直接攻撃を行う!」
「甘い、反射罠お札『底なしの胃袋』オープン! このカードの効果により、お前の『大川』は吸収され無効化される!」
「い、いつの間に伏せお札を……! ぐわあああああああああああああぁぁぁぁッ!!!」
坊主のお札と山ん婆のお札、このターンの勝負も山ん婆の勝利。
坊主は再び後方1km吹っ飛ばされ、同じようにLPを失った。
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坊主
LP2500→1000
山ん婆
LP4000
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二度も吹っ飛ばされた坊主にはもうLPに後がない。
しかし、それでも坊主は立ち上がった。その眼には全てを諦めた絶望の色はなく、起死回生を狙った執念の炎を燃やして!
「これが最後の勝負だ山ん婆ああぁッ!! ドローッ!!」
坊主は引いた自分のお札に目を向ける。そしてそのカードをいつの間にか接近している山ん婆に突きつけながら叫んだ!
「魔法お札『山火事』発動うぅッ!! コイツを飲み干せるモノならやってみろおおおおおおぉぉッ!!」
坊主が引いたのは炎による大ダメージが狙える、先の二枚を上回る超強力なレアお札!
追い詰められて尚、決して諦めない心が坊主に最強のお札を引き当てさせたのだ!
が────
「フハハハ……愚かな! 連携魔法お札『吐き出し』発動! このカードの効果により、先ほど吸収した『大水』を私の場に召喚! これにより貴様の『山火事』と相殺させる!!」
それでも山ん婆のほうが上手であった。
坊主の渾身の一撃さえも山ん婆には通じず、無情にもルールに従い坊主は三度後方1km吹き飛ばされる事となる。
(ああ、終わった……この攻撃は流石に耐えきれない……すみません和尚さん……山菜、お届けする事が出来ませんでした……)
宙を舞う坊主が自身の敗北を悟りながら、お寺で帰りを待つ和尚さんの事を思い、涙を流す。
────その時、坊主の耳に聞きなれた声が、確かに聞こえた。
「魔法お札『藁布団』発動。これを坊主の落下地点に敷く事により、坊主が受けるダメージを半分にする」
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坊主
LP1000→250
山ん婆
LP4000
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「お、和尚さん!」
坊主が身を起こすと、先ほどの声の正体──坊主の師である和尚さんが立っている。
3度も山ん婆に撃ち負ける事となり計3kmも後方に吹き飛ばされた坊主は、それにより山奥からお寺に辿り着いていたのだ。
そんな坊主を尻目にオヤツの焼餅を食っている和尚さんが口を開いた。
「じきに山ん婆がここに来る、お前は身を隠しておれ」
和尚さんが言った通り、山ん婆はさほど時間を置かずにお寺に姿を現した。
その山ん婆に対し、和尚さんは全く怖気づく事無く、焼餅を食いながら真っすぐと視線を向ける。
和尚さんの覚悟を見て取った山ん婆もまた歩みを止め、和尚さんに問いかけた。
「……ここに坊主が来なかったか」
「ああ、確かにきた」
「どこへ行った?」
「それを知りたくば、力づくに吐かせて見せろ」
「フッ、面白い!」
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和尚さん
LP4000
山ん婆
LP4000
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先攻は和尚さん。素早く山札からお札を引きすぐさま叫ぶ。
「魔法お札『知恵比べ』 山ん婆よ! 出来るものなら今すぐ巨大になって見せよッ!」
「容易い御用だ! 魔法お札『巨人化』!」
和尚さんの問いかけに見事答えられた山ん婆。これによりこのターンは山ん婆の勝利。
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和尚さん
LP4000→2500
山ん婆
LP4000
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しかしそれに全く動じる事なく和尚さんは更に叫んだ。
「魔法お札『知恵比べ』再発動! 山ん婆よ! 今度は豆の様に小さくなってみせよ!」
「何度やっても同じこと! 魔法お札『縮小化』! フハハハ! これで満足か!?」
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和尚さん
LP2500→1000
山ん婆
LP4000
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再び和尚さんのLPが消耗する。
さきほどの坊主との戦いと変わらない一方的な試合運び。あっという間に和尚さんに後がなくなる。
「フンッ!!!!」
次の瞬間、和尚さんは山札も手札も全て投げ捨て、山ん婆に拳を振り下ろした。
その一撃によりあらかたの肉片が消し飛び、本当に豆のような大きさになってしまった山ん婆を、和尚さんは焼餅に包んで食べてしまいしたとさ。
めでたしめでたし