チート・ザ・雪女
むかしむかしある所に、茂作とおの吉という木こりの親子が住んでいました。
冬のある日、二人は猟をしようと雪山へ入って行きました。
しかし運が悪いことに、山奥まで行った所で空は黒雲に覆われ、天気は吹雪となってしまいました。
二人は何とか必死に歩いていると、木で出来た一つの小屋を見つけます。
「仕方ねぇ、今夜はここで泊まるぞおの吉」
「うんだなあ」
小屋の中は簡素なもので、小さな囲炉裏と薄い藁の敷物があるのみでした。
「【爆熱業火球】!」
茂吉がその囲炉裏に火をつけると、二人は藁の敷物を布団代わりに寝ることにしました。
二人が寝てから数時間、風の勢いで戸がガタンと開き雪が舞い込んできました。
そして囲炉裏の火も消えてしまいます。
「う~、寒い寒い」
火が消えたことにより、その寒さ故におの吉が目を覚ました。
そして空いている戸の方を見ると、なんとそこには人影がたっています。
「そこにおるのは誰だ?」
おの吉の声に答えるように、人影はゆっくりと姿を現します。
ぼやけていた輪郭がはっきりしていき、完全に姿を見せたのは、白い着物を纏った美しい女性でした。
「雪女!」
雪女は声をあげるおの吉の横を通りすぎ、眠っている茂作のそばに立つと、口から白い息を吐きました。
「【氷結息吹】」
茂作の顔に白い息がかかると、茂作の体はだんだんと白く変わっていきます。
そして眠ったまま、茂作の身体は完全に凍りついてしまいました。
雪女は今度はおの吉のほうへ向き直ります。
しかし、そんな雪女の背後から突然炎が燃え上がりました。
「この程度の冷気でこの茂作を凍てつかせる事が出来るとでもおもったか? 笑止な!」
燃え上がる炎が弾け、中から飛び出すは狩人の目をした茂作!
空中で猟銃を構え、更に叫ぶ!
「仕留めたと思い油断したな雪女! どちらが狩られる側なのか、身をもって知るがいいッ!! 【煉獄魔炎砲】!!」
茂作の持つ猟銃から、自らの先端を吹き飛ばす程の膨大な熱衝撃波が発射される。
あまりのエネルギーに猟銃はそのまま砕け、熔けながら消えていく。
それに対し雪女は、振り向く事もなく静かに呟いた。
「【冷凍障壁】」
その瞬間、雪女の背後に氷の結界が展開され、茂作が放つ炎を完全に遮る。
ゆっくりと茂作のほうへ振り返りながら、雪女は氷壁越しに言葉を投げ掛けた。
「油断などしておらん。全ては貴様の最大の技を誘う為の演技に過ぎぬ」
もはや猟銃を持たない茂作の手を冷たく見つめる雪女の視線を追いながら、茂作はそのまま氷壁の前に着地する。
「それが油断だと言っているのだ」
確かにこの瞬間、猟銃を持たない茂作を相手に雪女は油断していた。
しかし、茂作の本職は『猟師』ではなくあくまで『木こり』。
次の瞬間、茂作は何も持たぬ手に力を込め、叫んだ!
「【神木伐採剛斧】ッ!!」
呪文と共に茂作の手には闇色に輝く戦斧が現れる。
茂作はそれをしっかりと握りしめると腕の筋肉を肥大化させ、全力で氷壁に叩きつけた!
その渾身の一撃により【煉獄魔炎砲】を防ぎきった【冷凍障壁】は粉々砕ける。そして更にその勢いのまま雪女の胴に斬りかかった!
────が、
「こ、これは……!」
剛斧の一撃は、雪女の華奢な胴でピタリと止まる事になる。
いや、それだけではない。胴に触れた先から斧がドンドン凍りついていく。
「【魅惑的雪女】……私に触ると凍傷するわよ? 色男」
その凍結効果は斧のみに止まらず、すぐに茂作の腕へ、そして身体のほうへ浸透していく。
「うおおおおおおおッ!!」
その凍結から逃れようと茂作は全身にありったけの力を込めて抗った。
炎を操り剛斧を振り回すその力は、僅かずつではあるが確実に凍っていく身体に再び熱を帯びさせる。
「ほう、【魅惑的雪女】を受けて尚それほど動けるのか。だがもう遅い、お前の強さに敬意を評して私の最大奥義で葬ってくれる!」
雪女は目を見開き手を拡げ、叫ぶ!
「【奥義・超有名絶対零度】!!」
その瞬間、茂作は周囲の大気ごと完全に凍りつき、そしてその瞳は静かに光を失った。
「相 手 は 死 ぬ」
ヒラリと舞い落ちる雪の結晶を背景に、雪女は茂作から目を離すと今度はおの吉のほうへ振り向いた。
「たっ、助け……」
尻餅をついてしまい、更に闘いの余波で下半身を凍りつかせてしまったおの吉は、必死に声を絞り上げる。
そんなおの吉の訴えにはまるで耳を貸さず、雪女はおの吉の眼前まで迫ると、顔を覗きこむようにジッと見つめた。
────そして次の瞬間、雪女は顔から蒸気を吹き出し後ろにのけぞった。
訳がわからず茫然とするおの吉に、雪女はすぐに袖で顔を隠し、慌てて口を開く。
「そ、そなたはまだ若々しく命が輝いています。望み通り、見逃してあげましょう! べ、別にあんたが美しくて助けてあげるわけじゃないんだからねっ!」
更に聞いてもいないのに捲し立てるように早口で言葉を続ける。
「そ、そうよ! さっきの闘いで炎を浴びたからその熱でやられちゃって疲れただけだから! 勘違いしないでよっ! でも今夜の事をもしも誰かに話したら、その時は殺しちゃうからねっ!」
そう言うと雪女は、降りしきる雪の中に吸い込まれる様に消えてしまいました。
しかし、消えたかと思うと、すぐに戸の影からひょこっと顔を半分だけ覗かせてきます。
「あ、あと見逃してあげる代わりに雨の日に困ってる女の子を見たら優しくしてあげなさい! それもしなかったら殺しちゃうからねっ!」
そこまで言うと雪女は、今度こそ降りしきる雪の中に吸い込まれる様に消えてしまいました。
おの吉は、そのまま気を失ってしまいます。
やがて朝になり目が覚めたおの吉は、父の茂作が凍え死んでいるのを見つけたのです。
それから、一年がたちました。
ある大雨の日、おの吉の家の前に、傘も持たないの女の人がびしょ濡れになりながら立っていました。
「雨で困っておいでじゃろう」
気立てのいいおの吉は、女の人を家に入れてやりました。
「ありがとうございます、私、お雪と申します」
おの吉とお雪は夫婦になり、沢山の可愛い子宝にも恵まれそれはそれは幸せでした。
けれどちょっと心配なのは、気温が高い日、暑い日差しを受けるとお雪はフラフラと倒れてしまうのです。
しかし、やさしいおの吉はそんなお雪をしっかりと助けて、仲良く暮らしていました。
そんなある日、庭に造ったスキー場で七回転ジャンプを華麗に決めているお雪の横顔を見て、おの吉はふっと遠い日の事を思い出したのです。
「のぅお雪、そういえばわしは以前、お前の様に美しいおなごを見た事がある。山で吹雪にあっての……あれは確か、雪女」
すると突然、お雪が悲しそうに言いました。
「あなた、とうとう話してしまったのね。あれほど約束したのに」
「どうしたんだ、お雪!」
瞬間、お雪が纏うスキーウェアが真っ白な着物に姿を変えた。
雪女であるお雪は、あの夜の事を話されてしまった事でもう人間の姿でいる事が出来ないのです。
「言ったはずです、その事を話した時、貴方の命を頂くと」
お雪は泣きながらおの吉を睨み付けた。
怒りの中に悲しみを含む複雑な表情。
瞳から流れる雫はすぐに凍りつき、光輝く結晶となって舞い落ちる。
「やはりそうか……お雪、お前が父の仇……」
「あなたの事はいつまでも忘れません、とても、とても幸せでした……【刺殺氷柱】」
お雪はうつむき、手中に氷の細剣を生み出す。
お雪はゆっくりと、しかし確実におの吉の前まで距離をつめる。
おの吉は、いつかのように慌てふためき命乞いをするわけでもなく、ただ、お雪のほうを真っ直ぐ見つめていた。
遂におの吉の眼前まで来たお雪は、手にした細剣を振り上げる!
「どうして、何も抵抗されないのですか? 貴方はあれから強くなった。父を越え、この私をも上回る程に……」
お雪の問いに、おの吉はようやく沈黙を破る。
「お前に殺されるというのであれば、わしはそれで構わない」
眉一つ動かさずそう言いきるおの吉に、お雪が持つ細剣は震える手からこぼれ落ち、地面に着くと音を立てて粉々に砕けた。
「私の負けね……いや、遂にはあなたに勝つ事が出来なかった……子ども達を、お願いしますよ……さようなら、あなた……」
その時、急に冷たい風が吹き込み、その風に吸い込まれるように、お雪の姿は消えたのです。
めでたしめでたし。