私はトイレの水を3回流す
「あぁ、腹が痛い」
俺は、そう呟きながら外回りの営業中にいつも立ち寄るコンビニに来ていた。今年になってから急な腹痛に悩まされていた。この時間になると決まって腹痛を起こすのでこのコンビニのよく立ち寄るようになってしまったのだ。
「いらっしゃいませ」
そんな店員の言葉を後頭部に受けながら急ぎトイレへと向かう。このコンビニを使うようになったのは、まずトイレに先客がいたことが無いからだ。更に清潔でウォシュレット完備なのがうれしい。案の定トイレに先客は居なかった。
トイレに入り消毒剤をトイレットペーパーに吹きかけ便座を2周、そしてようやく便座に腰を下ろした。途端に流れる川のせせらぎの音。これで排泄音等が消えるのであろうが、私にはこれが『今入っています』と主張しているようでそれはそれでありがたかった。
用を足しながら何故こんなに腹痛が起こるのか考えてしまう。この1年間急な転勤が3回もあった。いくら動かしやすく何処でもそこそこ成果を上げられると評価をされても全く嬉しくない。そもそも2回目の転勤は社長の社命と言うこともあり気合が入っていた。どれくらいかと言うと一人旅で伊勢参りし願掛けしたくらいだ。しかし半年でまた転勤になってしまった。ご利益云々は置いておいて、とりあえず上司からは「仕事をやりすぎて他の上司の目に留まってしまった」らしい。そして再び社命と言うことで転勤になったのだが、社命ってなんだろうかとぼんやり思ってしまう。勿論逆らうなんてとんでもないと思いつつもどうにも納得しかねる。勿論人事部からのアンケートには恨み辛みをたっぷり書いて提出してしまった。まあそんな求められて嬉しくない訳でもなく、しかし納得しかねるそんな自分の身の上が、未だに自分自身で消化できなく、腹の中でぐるぐるしているのがこの腹痛の原因ではないかと思うことにした。
等と考えていたら控えめにトントンとノックがあった。
「しまった。少し居過ぎたか?」
コンビニのトイレは、2つしかない。そこが埋まると待つ人が出てしまうわけだ。それにしても入っていますと音も扉も赤い目印が「使用中」の自己主張をしていると思うのにどうしてノックしてくるのか。私はこれでどうにも焦ってしまう。しかし腹痛はまだ収まらずノックにノックを返すと、諦めて立ち去ったのかノックしなくなった。
その後落ち着いて用を足すとウォシュレットを作動させた。そしてトイレットペーパーで尻を拭くべく腰を少し浮かした。
するとセンサーが反応したのだろう。自動的にトイレの水が流れていった。私は、この機能が嫌いだ。私はもう一度ウォシュレットを使うのだから、まだ流す必要は無いのだ。そもそもその尻を拭いたペーパーがまだあるのだからもう一度流す羽目になり結局水の無駄になるのではと思ってしまうのだ。それでもコンビニのトイレであり水の心配などしてもどうしようもないと思いながらもう一度ウォシュレットを使おうとした。
しかし胸ポケットに入れておいた会社のスマートフォンがブルブルと震え出した。見てみるとメールが届いていた。俺は舌打ちしながらメールを開く。そのメールの内容に更に舌打ちするのだった。『このエクセルファイルに**についての報告を行うこと』既に**に関しては会社のPCのソフト、スマートフォンのアプリにての報告が義務づけられている。つまり同じ報告をPCソフト、アプリ、エクセルと3つも行うのだ。会社は効率化などと頻繁に言うが、どういうつもりなのか。しかしそんな事を言えるわけもなく、言うにはそれら全てをきっちり報告を提出した上で成果を上げなくてはならない。俺はため息とともにウォシュレットを作動させた。
そしてもう一度尻を拭くために腰を浮かせるとまた水が流れた。どうにかこのセンサーが作動するかしないかの位置で腰を浮かせられないものか等と考えているとドンドンと強めのノックがされた。もう出るから待ってろ等とやさぐれながら使った後もきれいにと消毒薬をしみこませたトイレットペーパーでまた便座を拭く。そして手を洗ってから最後のトイレの水を流すのだ。
この強くノックしてくるやつはどんなやつだ。睨みつけてやるか等と思いながら扉を開ける。そこに立っていたのは、作業着姿のガタイの良い真っ黒に日焼けした男だった。俺は、そいつを見ないよう遠くを見るような眼をしながらそそくさと脇を抜ける。若干舌打ちされたような気もしないでもないが、それら全てを気のせいにして無視した。
「さぁコーヒーでも買うか」




