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失意の夜 ―― マーカス

 彼は己の立場に疑問を抱いていた。

 盾役として、戦場では仲間を守り、騎士団に於いては団長として懸命に仲間たちの間を取り持ってきたつもりであった。

 彼なりに必死にプレイして来た。

 しかし、今、彼が置かれている境遇はどうであろう。

 続けざまにLPをロストするのは避けるべきだ、と、体のいい言葉で強敵と戦う降臨イベントのメンバーから外された。

 身内が起こしたいざこざを帳消しにしようと奔走しているうちに、何故か一般の女性プレイヤー達から敬遠されるようになっていた。


「何でだよ!?」


 一人エルナト郊外のフィールドで叫び声を上げる。


「俺だって、もっと暴れたいんだよ!

 もっと、もっと、もてたいんだよ!!」


 周囲の目も気にせず、夜空に向かって叫ぶ。

 最も、周囲に彼の声を聞く者はいなかったが。


「もう止めだ。引退だ!

 止められたって辞めてやる!!」


 言った後、本当に止めるものが居ないのではと思い彼は悲しくなる。


「……乙女座で遊んで来ようかな」


 涙で滲む夜空を見上げながら、そう呟く。


 『乙女座』、男性プレイヤー達の間で交わされる、ヴァルゴ島、アウバの風俗街、その隠語である。

 現在、ゲーム内世界では男性プレイヤー達が、こぞって『乙女座』に金を落とすことで、ヴァルゴの島がかつてない好景気を迎えている。

 プレイヤーの使う金の実に四分の一が、日々、乙女座で消費され、結果、突然税収が跳ね上がり、病に臥せっていた女王が、寝てなどいられないと血気を取り戻すほどに。

 それが顕在化し、問題となるのは今しばらく先の話であるが。


 ◆


 ステーキ美味しい。

 ヤバイなぁ。

 最近のゲームの味覚フィードバックって、ホントヤバイ。

 これで食べて太らないのだから、そりゃ食べるよね。


「すいませーん。もう200g追加ー。ミディアムでー。あとビール!」

「はーい」


 愛想の良い店員の子に追加注文。

 可愛い笑顔だけど巨乳なのが玉に瑕。

 作り物感、半端無い。何であんなに揺れるの?

 中に何入ってるの?


 そんな事を思いながら追加のステーキが焼きあがるのを首を長くして待っている所に通信が入る。


 ……うわ。


 落ち着け、私。

 ビールを流し込みはやる気持ちを抑える。


「はい」


 アイツだ!


 まさか向こうから連絡有るとは。


『……あ……っと、その、無事か?』

「え?」


 何事?


「どうしたの? 急に」

『いや……』


 うん?

 何?

 第一声が無事ってどういう事?


『んーと……今どこ?』

「エルナトって町」

『今から……会えるか?』

「良い……けど?」


 おおおう。急展開だ。何だ何だ?


『じゃ、すぐ行く』

「はい。えっと……『ずっとステーキ』って店。どれくらいかかるかな?」

『三十分はかからないと思う』

「わかった。えーっと、焼き方は?」

『は?』

「ステーキの」

『……ミディアム。あとコーヒー』

「わかった。頼んでおく」


 そこで通信が切れる。

 どうだ。

 ミツルと培った流れるような店での待ち合わせ。

 ……。

 アイツ、飲まないのか?


 ◆


 店に入って来たアイツに手を上げて合図。


「どうしたの?」


 向かいに座る彼、いや、彼女か?

 ……面倒くさいな。コイツ。

 ハルシュにすかさずお絞りを差し出す店員。

 若干、頬が緩む。

 明らかに胸に視線が行ってる。

 刺してやろうか。

 お絞りを置いて私に向き直る。


「お前さ、刀、どうした?」


 それか!

 よくわかったな。

 何でわかったんだろう。

 なんて誤魔化そう……。


「まさか……」


 誤魔化しようがないよね。

 丁度頼んでいたステーキが運ばれてきた。


「売った!」


 店員に気を取られている隙に明るく言ってのける。


「え?」


 あ、やっぱり聞こえてたか。

 鳩が豆鉄砲食らったような顔になる。

 あるいは、私に死角から斬られた時の顔。


「え、何で?」


 何でって……。


「言ったろ。白刃は廃業」

「え」

「良い金になった」


 五千万だよ?

 ちょっと地道に稼ぐのが馬鹿らしくなるよね。


「え、なんで売っちゃうの?」


 いやいや、そんな泣きそうな顔しなくても良くない?

 ほら、ステーキ食べなよ。


「何ていうの? ちょっと、重い」

「いやいやいや、それだけじゃ無いだろ」


 妙な所で鋭いな。


「あの刀さ、素晴らしい切れ味だったよ」

「だろうな」


 やっとステーキを口に運び、同意する。


「なんかさ、実感が無いんだ」

「実感?」

「壊してるって言う」

「は?」

「だから手放した。お陰で色々スキル買えたよ。ありがとう!」


 一回目にLP削って手に入れた【鉄壁】とか。


「いやいやいや、壊してるって実感って何だ?」

「このゲーム、切っても血が出ないじゃん?」

「ああ」

「それがね、なんか、楽しく無いの」


 なんというか、こう、手応えがないのよ。

 私の感想に、ハルシュは呆れた顔をする。


「お前、変わってないな」


 なんだ、その見下した言い方は。

 君だって、変わってないじゃない。

 飛べるようになって、魔法使っても、槍を手に向かってくる顔は昔のままだったんだから!

 紙一重で避けた時のしたり顔とか、ミエミエのフェイントに混ぜる、見え透いた釣りの顔とか。


「それを思い出させたのがハルシュなんだけど」


 私の、表に出しちゃいけない衝動を駆り立てるコイツの顔。


「それは、良い意味で捉えて良いのかな?」


 何で! そう言う返事になるんだ! バカ!


「悪い意味で!!」


 こっちはもう社会人なんだ。

 そう言えば、コイツ、今、何してるんだろう。

 ま、良いや。

 現実リアルは触れない。

 そう。

 それがあの世界のルール

 殺し合う世界にどっぷり浸かるような連中だ。

 触れられたくない事の一つや二つある。


 私は、今に向き合い、メイスを取り出す。


「なので、暫くコレを獲物にする。

 これならグシャって言う感触が伝わって来て、まあまあ、楽しい」


 肉を切る手を止め、呆れたような顔をするハルシュ。


「大丈夫! 人は襲わないから!」


 しかし、私に言葉に眉間に皺を寄せる。

 信じてないな?


「それにしても、人のプレゼントを売り払うかよ。普通」


 ん?

 なんだ?

 その上からの言い方は。


「そもそも私にプレゼントする資格があるんだっけ?

 それとも贖罪かな?」


 それにしては、色気が無いけど。


「は?」

「ん?」


 見下した笑顔を返してやる。


「良し、買ってやろう。フィールド出ろ!」


 単純。

 変わってないな。やっぱり。


「コーヒー、まだ来てないけど?」

「……食ってから……。

 そっちこそ、ビールは?」


 いつの間にかグラスが空になっていた。


「私もコーヒー頼んであるから」

「あっそ」


 こうやって、先手先手で動かれると途端に弱くなる。

 変わらないなー。

 わかりやすい。


 彼のステーキが空になると同時にコーヒーが運ばれてくる。

 それを一口。


「そういやブラック飲めるようになった?」


 その様子を見ていた彼がニヤリとして一言。


 ……こうやって、一言付け加えて気取った顔で反撃して来る所も全然変わってない!


 ◆


 フィールドで大の字になる男。

 その視界が一瞬、見覚えのある人物を捉え体を起こす。

 それは、流れ星の様に空を横切りエルナトの街へ消えて行った。


「あれは……」


 空を飛ぶプレイヤーなど一人しか居ないし、そうでなくても彼にとっての憧れ。

 見間違うことなどあるはずは無い。

 涙を拭い、エルナトの町へ重い足を向ける。


 ◆


 ステーキ店から出てフィールドの方へ向かう一組の男女。

 女の子は、今や代名詞と言って良い、赤い槍を手にしている。

 方や長髪の男は槌矛メイス

 そんな二人を見つけ、遠巻きに見つめる男。

 更にその男の事を監視する目があるのだが、それに男は気付いて居ない。


 ハルシュとヘクトはエルナトの町から並んでフィールドに出る。


 直後、ヘクトが前置きすら置かずハルシュにメイスを振るう。

 それを槍で捌くハルシュ。

 その隙にその懐へ潜り込むヘクト。


 短い、激しい戦いの始まりであった。


 その戦いを、プレイヤーネーム、マーカス、巷で盾の人と呼ばれるその男は呆然としながら眺めていた。


 目まぐるしく攻守が入れ替わる殴り合い。

 男は指が落とされるのも厭わず槍の穂先を掴み、間合いを詰める。

 他方、脇腹に食い込んだメイスを気にもせず悠々と飛ぶ女。


 それは、憧れた血みどろの戦い。

 互いに高い戦闘能力を有す者同士にだけ許された遊戯。

 闘技大会で一方的な戦いをされたマーカスだからこそ分かる。

 ハルシュが目の前の戦いを楽しんでいるのだと。


 やがて、彼女の銃が男の肩口で炸裂しメイスを持つ腕を吹き飛ばされ決着が着く。


 ◆


 ボロボロにされた体が、彼の魔法であっという間に元通り。


「この前も言ったけど、一緒に来ないか?」


 寝転がり空を見上げる私の横に彼が座る。


「行かない」

「そうか」

「今、何処に居るの?」

「えっと、デネブ。白鳥座」


 彼が仮想ウインドウに地図を出して、ここからその島までの道順をなぞる。


「何時までいるかわからないけど」

「そっか」


 私も仮想ウインドウを操作。


「ん?」

「ごめん。ちょっとミスって消しちゃったみたいでさ」


 ハルシュにフレンド申請。


「あっそう……」

「……いつか追いついて見せる。そしたら、その時はまた誘ってよ」


 その申請を受理された事に、そして、どうやらそれなりに私を気にかけていてくれるらしい事かわかり嬉しくなる。


 だから、急いで追いかけよう。

 少なくとも、この世界では対等でいたいのだ。

 一時でも背中を預かって戦えるくらいには。


 ◆


 戦いの熱気を夜風が冷ます暫くの間。

 先程まで殴り合いをしていたのが嘘の様な二人を離れ見つめるマーカス。


 やがて、ハルシュが立ち上がり軽く手を振った後、転移で飛んで行った。


 マーカスはふらふらと依然として大地に寝転ぶ男に近寄っていく。


 あいつは、彼女とどういう関係なのだ?

 PK、そんな雰囲気ではなかった。

 では?

 まさか、恋人か?

 いや、あれだけ魅力的な彼女だ。そんなのが居てもおかしくは無い……。


 そんな事を考えながら。


 近寄る男に気付き、ヘクトも体を起こす。

 ヘクトとは知り合いではない。

 ただ、過去に、データを初期化する前に一度PK()している。

 その事にヘクトは気付き、警戒する。


「止まれ」


 間合いに入られる前に静止の声を上げる。

 マーカスは歩みを止めると共に、両手を上げ敵意の無いことを示す。


「少し、話がしたい」


 その言葉に、ヘクトはメイスを握り直す。


「こちらには無い」


 そして、吐き捨てるように言う。


「俺はマーカス。それなりに名のしれた存在だ。

 危害を加える気はない」


 彼は心からそう叫んだ。

 彼にはどうしても、確かめねば成らないことがあった。

 ヘクトは相手に目的を掴みかね、無言のまま、わずかに眉間に皺を寄せる。

 マーカスは続ける。


「あの子と……どういう関係だ?」


 ◆


「……はあ?」


 え。

 あの子って。


「ハルシュの事?」

「そうだ」


 マーカスと名乗った男が頷く。

 恨みがあるのは、私じゃなくアイツにか?

 まあ、色々恨みは買ってそうだけど。

 いや、一番でかい恨みは私だけどな!

 そこは、譲らない。

 ……そんな事張り合いたくも無いよ。


 しかし……どう言う関係かと問われても……。


 待て、そもそも、何だ?

 この質問は。


 え。

 ホモォ?

 違う。

 ハルシュは、見た目女の子だ。


「答える必要は無い」


 戸惑いを隠しながら私は足早にその場を立ち去る。


「ま、待ってくれ!」

「いえ、待ちません」


 すれ違い様に営業スマイルを残して、町へ戻る。

 もう、ログアウトしよう。

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