互いに重ねる過去 ―― ヘクト①
現実の、ベッドの上で目が覚める。
……夢?
いやいやいや。
ちょっと待って。
うん。
落ち着いて考えよう。
えっと。
えっと?
取り敢えず、ミネラルウォーターを取り出し、喉を潤す。
そして、改めて、状況を整理する。
アイツは、あのゲームの中に居て、そして女の子になっている。
……え?
意味わかんない。
しかも、その身体、私のだし。
冷静になって考えると……気持ち悪い事、この上無いよ?
どうしよう。
待ってるって言われても……。
その言葉!
五年前に欲しかった!
いや、行くけど。
ええ、行きますよ?
行きますとも。
取り敢えず、もう一回会って考えよう。
◆
『ようこそ。コンステレーション クエスト オンラインの世界へ。
プルム様は、残念ながらゲーム内でのLPを全て失ってしまいました。
再度ゲームをお楽しみいただくためには、新たにゲームデータを作成いただき、再びハマルよりプレイしていただくこととなります』
宇宙空間の中にオペレータの声が響く。
「ハハハ。死んじゃった」
発光しながら浮遊するオペレータにそう返す。
『その割には嬉しそうですが?』
「そう?」
『私にはそのように感じられます。さて、まずはプレイヤー名ですが、引き続きプルム様でよろしいですか?』
「うーん。どうしようかな」
その名前は重罪人で死刑になったし。
あんまり縁起が良くないかな?
そしたら、シルエラ?
そうね。
「シルエラ、で」
『シルエラ様ですね。続いてアバターの設定に移ります。こちらも引き続き同じデータを使用できますがいかがいたしますか?』
「ちょっと、アバターを見せてもらえる?」
『はい』
私の前に、さっきまで私だった黒髪の女の子が現れる。
この姿も重罪人で、死刑になった。
うーん。
しかも、あろうことか貧乳などと罵られ。
思い切って巨乳にするか!
……それは、あまりにも惨めすぎやしないだろうか。
そうか。
女であるから貧乳など、謂われのない中傷を浴びねばならぬのだ。
男であればそんな事は関係ない。
しかも、アイツは女の子になってるし!
丁度良くない?
ナイスアイディアじゃ無い?
「男にしよう!」
『性別を変更なさいますか?』
「うん!」
『途中で変更することは困難ですが宜しいですか?』
「不可能、ではないの?」
『その点に関してはご案内を出来ません』
ふーん。
ま、良いや。
もう、あの女に蔑まれるのはコリゴリだ。
「良し。男になっちゃおう! この姿をベースにして、男っぽくって可能?」
『可能です』
私の前でアバターの手足が伸び、そして、顔も凛々しくなる。
黒い長髪はそのままに。
「髪型って簡単に変えられるの?」
『はい。見た目は比較的簡単に変更できます』
じゃ、取り敢えずこのままで良いや。
そのうちミツルにでも相談しようかな。
でも、これでシルエラは無いかな。
「やっぱり、名前を変えたいけど」
『大丈夫です。何になさいますか?』
「うーん」
男の名前か……。
「百、ハク……ヘクト! そうだ! ヘクトにして」
『はい。ヘクト様』
私の名前をもじり、そして、アイツの前の名前にちょっと似てるかも。そんな名前。
『続きましてスキルをお選び下さい』
「はーい」
さて、何にしようかな。
ランクアップは止めろって言われたけども。
取り敢えず、剣かな。後は前と同じで剛力。あと魔法も使ってみたくなったな。火魔法っと。
そしてこれは外せないのです。
御守代わり。幸運。
その微笑み、絶大な威力でした!
よし。
「これで!」
スキルを選び、そして、初期装備も選択。
二回目の出発の準備は整った。
『それでは、空を駆ける冒険の世界。コンステレーション クエスト オンラインをごゆっくりお楽しみ下さい。
どうか、星々の導きのあらん事を』
◆
景色が切り替わる。
白亜の街並み。
そして、赤い髪の女の子が、階段に腰を掛けている。
「お待たせ。本当に待ってたのか」
その背中に声を掛ける。
振り返る……女の子。
やっぱ、違和感あるなぁ……。
「人違いじゃ無いですか?」
怪訝そうな顔でそういう事を言う。
殺してやろうか。
再会早々に私に殺意を抱かせたそいつは再び、前を見て、そして慌ててもう一度振り返り私を仰ぎ見る。
「え? 白刃?」
「そう」
「え? 何で?」
はあ?
「待ってるって言ったよね!?」
お前が!
「言った。だから待ってる。
そうじゃ無い。
……男?」
幾分、声に戸惑いが感じられる。
「そう」
「え。何で?」
「これならクズに襲われる事も無いでしょ?」
初めて会った時の事を引き合いに出してみる。
ついでにいうと貧乳と罵られることも無い。
「そんなクズがいたら殺してやる」
ここに居ると思うけど。
「クズほど自分を棚に上げるよね」
変わってないな。
思わず笑みが漏れる。
「……がっかりだよ」
彼が溜息を吐きながら言う。
「ハルトが女の子だから丁度良いんじゃ無い?」
「ハルシュ。男は……受け入れて無い。名前は?」
「ヘクト。その言葉、良くも私に言えたものだね」
彼の横に座る。
そして、空を見上げる。
相変わらず星が綺麗。
そして、隣の女の子の方を向く。
「そもそも何でネカマなの?」
「……アクシデント」
「どんなアクシデントが起きたらそうなるの?」
想像も付かない。
アクシデントで、私の身体が出来上がる訳無いのだ。
「そう言う訳だから、もう一回作り直して来いよ」
いやいや。
どういう訳よ。
「いい。このゲームはこれで遊ぶ事にした」
「相変わらず考えがわからん」
「その言葉、そのまま返す。熨斗つけて」
取り敢えず、笑顔を付けて返してあげる。
「楽しい?」
「ん?」
「このゲーム」
「まあ、それなりに」
「そっか」
彼は、彼なりに楽しんでいるわけだ。
「PKはもう止めとけ」
「うん。良くわかった」
あのゲームとは違うってことが。
「これ、渡しとく」
「何これ」
豆粒の様なアイテムを手渡される。
「通信機。フレンドなら連絡可能」
それと同時に、ハルシュからフレンド申請。
「ありがと」
申請を受理して、アイテムを受け取る。
一度、全部消した連絡先が、また手元に。
「後、これも」
何か、色々くれるな。
要らないもの押し付けられてる?
今度は、大小揃いの白鞘に入った刀。
「刀?」
「買って見たもののやっぱり勝手が違って使いこなせなそうなんだ。白刃が持つならその方が良い」
「……綺麗な刀」
受け取り、刃を引き出して見て、素直な感想を述べる。
真っ白な鞘も、直刃の刀も。
「そう。白刃に良く似合う。男じゃ無い方の」
そういう事ね。
彼の中には過去の私が居る。
「白刃は廃業。別の人も居るみたいだしね」
「あいつがその名を名乗るのを俺は認めて無いんだけどな」
つまらなそうな口調で答える彼。
「なんで? 良いじゃん。正義のPKK。どっかのクズに爪の垢でも飲ませたいよ」
「……ああ言うのが好みだっけ?」
意外そうな顔で私を見る。
「好みは殺しても死なない人」
そう言って刀を抜き彼の首に当てる。
何度殺しても、私の前に現れる。そんな人。
つまり、君。
……いや、過去の君、か。
「そんな奴、居ないと思うけど?」
「どうかな?」
微笑みながらそう返して、刀を鞘に納める。
丁度、階段の下に見知った顔を見つけたから。
「さて、そろそろ行くかな。色々ありがとう」
立ち上がり、礼を言う。
「……また連絡して良いのかな?」
少しだけ勇気を振り絞ったその言葉。
それに予想外の言葉が返ってくる。
「一緒に、行かないか?」
うん!
と二つ返事を返してしまいそうになるほど嬉しい言葉。
「……暫くは、一人で居たい」
でも、そのお誘いは、ちょっと今、受け入れるわけには行かない。
「て言うか、その体のハル……シュに違和感しか無い」
だって、女の子の上に、そもそも、私の身体なんだよ。
不意に冷静になると、やっぱり、気持ち悪いよ?
「それに、お迎えだよ?」
階段の下から、栗色の髪の女の子が上がってくる。
さっきまで、ハルシュと一緒に居た人。
彼女一人なのか、それとも、他に何人居るのか知らないけれど、私の知らない時間を過ごしてきた彼には、当然彼だけのつながりがある。
そして、それを目の当たりにして受け入れるだけの覚悟は、まだちょっと無い。
つまり、いきなり彼の横に恋人が居ても可笑しくないわけで。例えばあの彼女とか。
そうなった場合、多分、私は立ち直れない。
ミツルを三日三晩拘束しても足らないぐらいに酒に逃げるだろう。
ただ……少なくともそれを確認できる距離に来ることは出来た。小さな幸運。
取り敢えず、それだけでも今は嬉しい。
ミツルを三日三晩拘束して延々とこの喜びを語っていられるくらいには。
彼を迎えに来たであろう、栗色の髪の女の子が手を振る。
彼がそれに応える。
私は、それを確認して、階段を下りていく。
すれ違う、その時に軽く会釈する。
可愛い人。
私とぜんぜん違う。
羨ましい。
しかし、こうして歩きながらに思う。
なんか、股間に違和感があるんですよ。
思いつきで……男とか……失敗したかも!
どうしよう!
今からやっぱり作り直してこようかな……。
◆
こうして、二人は再会を果たす。
そして、同じゲームの中で時間を過ごす事となる。
以後、不定期連載になります。