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赤須百々

 ミツルから緊急招集が来た。


 目当ての男を食事に誘い込んだから、酔い潰すまでに側に居ろって……それ、駄目じゃ無いの?


 その犯罪ギリギリの行為に加担すべきかそれとも止めるべきか。


 何はともあれ……行くことにした。

 まあ、ミツルが口説くところに興味はあったし。


 いらっしゃいと店員さんの声に待ち合わせですと返して、頭一つ分大きなミツルの坊主頭を探す。

 あった。

 目当ての金髪の後頭部を見つける。

 と言う事は向かいが…………。


 ……。


 いやいやいやいやいや。

 待て待て待て待て。


 え。


 は?


 あ、そう言う事?


 男に、いや、女に目覚めた……?


 いやいやいやいやいや。


 帰ろう。


 うん。


 私は、何も見てない。


 しかし、そこでフリーズした私と目が合う……直後、こっちを見たまま立ち上がる、水白みずしろ春人はるひとさん……。

 五年ぶり二回目の再会。

 忘れもしないその顔。

 何度も忘れようと思ったその、顔。

 ハルト。

 最近はハルシュ。


 なんで、よりにもよって……ゲイに口説かれてるの……?


 ミツルも振り返る。


「あー、こっちよ。モモ」


 手を上げ私を呼び込む。


 もう……逃げる訳にも行かなくなった。




 さて、問題です。


 四人がけのテーブルに、左奥、壁際にミツルが座って居ます。

 右手前、通路側にハルト。

 私は何処に座れば良いでしょう。


 何でお前ら正面に向かい合って座らないんだよ!

 バカか!

 微妙な選択肢を残すな!


 ハルトの正面?

 ……いや、横?


「あの、ちょっと、トイレ……」


 座りあぐねる私に軽く会釈してハルトが席を立つ。


「ちょっと! どう言う事なの?」

「どうって……? とりあえず座りなさいよ」

「何処に座れば良いのよ!」

「いや、こっちでしょ」

「真っ正面じゃ無い!」

「しょうが無いじゃないの! 警戒して私の正面に座らないんだから!」

「なんて言って連れて来たのよ!」

「ご飯誘っただけよ! 下心はありますけど、女友達も来ます、って!」

「正直か! そりゃ警戒するだろ!」

「隠しても意味ないのよ!」


 小声で喧嘩する私達。


「早く座んなさいよ!」


 そこで私は妙案を思いつく。


 ミツルの向かいに座って、ハルトに反対に座って貰えば良いのだ。


 そうすれば、男に二人が並んで座って、私は正面からちょっとずれれば良い。


 そう思い、右の奥へ行こうとする。


「ちょっと、そこはダメよ!」


 慌てて静止するミツル。


「何でよ!」

「彼、そっち聞こえないのよ。多分」


 ミツルは自分の右耳を軽く指で叩く。


 ……え?


 どう言う事?


 意味がわからず戸惑う隙に……ハルトが戻って来る。

 そして、少し考え、ミツルの横に腰掛け、自分のグラスと取り皿を移動させる。


「女友達って、まさか、赤須さんとは……」


 少し照れ臭そうに言った言葉にミツルの刺すような視線が私を射抜く。


 謎の三角関係の出来上がり。

 いや、仮想あっちも含めると一体幾つになるやら。

 取り敢えず、アリアシアの一角は確定だしな……。


「あら、お知り合い?」


 にこやかにミツルが尋ねる。


「ずっと話してた人よ」


 それに最上級の笑顔で答える。

 取り敢えず、あんたに今日、持ち帰らせる訳には行かなくなった!


「あー、あの!」


 私の事情を知っても尚、譲る気は無い。

 そう、ミツルの目が語っている。


「……?」


 彼の顔に戸惑いが浮かぶ中、にこやかに睨み合う私達。


 どうしてこうなったのだ?


 飲んで酔うべきか。


 否。


 私はミツルの毒牙からハルト守らねばならぬのだ。

 せめて今日だけは!


 その後、やっぱり男に走るなら、それはそれで、もう良いや。

 なんか。

 うん。

 良くは無いけど、仕方ない。


 その場合、私のスタイリストは外れてもらうがな。

 金輪際、桃川ちゃんを指名する。


 そう、心に決めうっすいレモンハイをチビチビと飲む。

 極薄にしてくれと言ったものの、うっすいなぁ……。


「毎日走ってますよね。何か目指してるんですか?」


 ミツルがハルトの近況に切り込む。

 よし、良いぞ!

 その話題は私も聞きたい!


「いや、何と言うか……体力作りです。

 別に目的は無くて……いや、あったんですけどね」


 そう言って言い淀む。

 何だ。

 その歯切れの悪さ。


「どうかされたんですか?」


 間髪入れずに会話を引き出して行く。

 流石の職業病。

 でも、私達とはほっとんど喋んないんでーすって桃川ちゃんは言ってたけど。


「ちょっと休職中で。

 それで、時間だけはあるんで」


 成る程。

 だから仮想世界あっちに居られる訳か。


「あら。休職。どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと、体を壊しまして」

「まあ。それは大変。

 病気か何か?」

「いや、ただの過労です」

「「……過労?」」


 私のミツルの疑問がハモる。

 過労?

 この職不足の時代に……過労?

 そんなの半世紀以上前の死語では無いのか?


「え、今、何してるの?」


 思わず問う。


「何って……宇宙開発……」

「はあ? 宇宙開発って……そんなの国際条約で禁止されてるままじゃ無い」

「その条約を決めた大国が最早有るかどうかわからないんだからそんなの無効だろ?

 むしろ、条約違反だと通達が来たら、あら、生きてらしたんですね、これからもよしなにって、こうなるじゃん」


 ……楽園開拓に居た連中見たいな理屈だ。

 て言うか、実際あそこの連中が集まってるのかも知れない……。


「それの何処に過労の余地があるの……?」


 切羽詰まる仕事には感じない。


「三十年で火星に行く。

 その為には一分一秒も惜しい。

 いや……惜しかった。

 それで、昼夜問わずに動き続けた。

 気付いたら、周りがみんな倒れて居た。

 最後に、俺も」

「気付いたらって、別に走って宇宙目指してた訳じゃ無いでしょ?

 意味がわからない」


 問い詰める私に、ハルトはビールを一口飲んでテーブルに目を落とす。


「人間って……十日間寝ないと倒れるんだぜ?」


 そう、呟いた。


「バカね」


 ミツルがそれを畳み掛ける。


「何でそこまでして?」

「……火星をさ、花一面にしたかったんだよ」


 どれだけ本気なんだろう。こいつ。


 いや、虚仮の一念岩をも通すって言うしな……。


「まあ、結局何にもならず二ヶ月入院して、その後は休業手当貰いながらダラダラとしてた訳」

「良く休業手当なんて出たわね」


 ミツルが呆れた様に言う。


「流石に過労で倒れたなんて、公になったらヤバイし」

「さて、ご飯も食べたし、私は明日もお店だからこの辺で失礼するわ」


 そう言って突然ミツルが立ち上がる。


 ……は?


「え、ちょ」


 そそくさと自分の分だけ会計を済ませるミツルを追いかけ、店の外で捕まえる。


「どう言う事よ!」

「私、バカは興味無いの」


 冷めた目で言い放つミツル。

 それは私を思いやって、とかでは決して無かった。


「あのタイプはね、周りが苦労する。

 落とすなら、覚悟決めな」


 そう言い残し、ミツルは本当に去って行った。


 どうしよう。

 若干口をへの字にしながら店内へ戻る。

 てか、私、全然飲んで無いんだよな。


 すると、ハルトも上着を着て帰り支度を始めて居た。


 何だ?

 お前らは。

 どうして女の子を放ったらかして帰ろうとするんだ?


「帰るの?」

「ん、まあ。帰り長いし」

「何処に住んでるの?」

「えっと……」


 割と近くだった。

 むしろ、そんなに近くに居たのかよ。


「バスあるじゃん」

「いや、歩いて来たし」

「バス、あるよね。まだ」

「……ある」

「座って。アリアシアの所へ行こうなんてそんなの許しません。

 スイマセーン。日本酒ー」


 飲む。

 明日、休みだし。


「行かないよ。何処に居るか知らないし」

「は? ミモザでしょ?」

「そうなのか。でも行けないしな」

「飛んで行けばいいじゃん」

「その力はもう無いんだよ。そんなキャラに誰も興味無いだろ」


 日本酒とお猪口が二つ運ばれて来た。

 注ぐと一気に飲み干すハルト。


「何で無いのよ。てか、ウミさん? 連絡取れないって怒ってたよ」

「そりゃそうだろ。何の準備も無く死んだんだから。

 死んだら誰か迎えに来るかと思ったら三日待っても誰も来ない。

 最悪お前くらい来ると思ったんだけど」

「え、死んだの? いつ? それ、誰も知らないよ?」

「いつって、闘技大会の時だよ」

「ん? あの後死んだの? アリアシアと転移して?」

「は? 何だそれ。ザガンと相打ちだよ」


 話が噛み合って無い……?


「君、ハルシュだよね?」

「ああ」

「赤い髪で、私に似たアバターの女の子」

「……ああ」

「生きてる……よね?」

「だから、死んだって。

 で、アバター作り直したんだ。

 それすらハマルで孤独死しそうになってるよ。誰も来なくて」

「私の知ってるハルシュは、ザガンを倒した後にアリアシアが呼び寄せて、蘇って……二人でミモザに居る筈」

「アリアシアが? ……蘇った? 俺が?」


 お互いに状況の認識が食い違って居る。


「確認しよう」


 余りに、奇妙だ。

 ミモザにハルシュが居るのか。

 確かめた方が……良い。


「あ、ダメだ。ミモザって、船で行けないんだ」

「転移は?」

「私、行った事無いもん」

「そうか」

「どんな町なの?」

「でかい鳥居があってさ、和風な町。

 桜は散ったかな。

 八重桜が見頃を迎えるのはもう暫く先かな」

「和風か……鳥居? オオトリイ!」

「そう。でかい鳥居」

「違う。クローズポータル。ヨツバさんの伝言はこの為?」

「クローズポータル?」


 ハルトが怪訝そうな顔をする。


「確かめよう。なんか、怖い」


 お猪口に残って居た日本酒を空にして立ち上がる。


「行くよ。一緒に確かめて」

「え、一緒にって」


 上着を羽織り、急いで会計を済ませる。


 何か、起きて居る。

 ただ、一人でその事実を目の当たりにするのは、背筋が寒くなる。

 でも……彼となら。


「行くって何処に?」

「……私の家」

「え」

「取り敢えず、ゲームの中にハルシュが居るのか。

 それを確かめる」

「いやでも……」

「お願いだからついて来て」

「……はい」


 この時は酒の勢いもあったけれど、ハルトを家に入れる事を深く意識して居なかった。

 それよりも、私とハルト、どちらが正しいのか。

 それを早く確かめたかった。



 ◆



 他人を上げて恥ずかしく無い部屋で良かったと心から思う。


 まさか突然男が押しかけて来ようとは。


 いや、私が引っ張って来たんだけど。


「あんまり見ないで」


 部屋の中を。

 じっくりと。


「お、おう」


 歩いて、少し、冷静になって、恥ずかしくなってきた。

 いや、取り敢えず……確かめよう。


「外部出力、出来てるよね?」


 VRギアとタブレット型の端末を同期させながら確認。


「うん。見れてる。外部音声も繋がるはずだからこっちの声も届く」


 これで、私のダイブ中の映像をハルトも確認出来る訳だ。


 ギアを着けて、ベットに横になり……。


「変な事しないでよ!?」

「大丈夫。紳士だから」


 本当かよ……。


「絶対変なことしないでよ? 触感は残しておくからね?」

「……了解」


 何だ!

 今の間は!


「じゃ、行くね」


 ベットに横になり、仮想世界へ。


 視界が切り替わり、水月の私の部屋。


 さて、行けるだろうか。


「転移、オオトリイ」


 一瞬で景色が切り替わる。


 そこは、大きな赤い鳥居の真下。

 目の前は瓦屋根の和風の街並み。


『ミモザだ。だがその格好だと目立つぞ?』


 成る程。

 仮想ウインドウを開き変装を選択。

 おお。

 選択肢にミモザ風と言うのが増えた。

 直ぐにそれを選択。

 おお。

 着物姿になった。


『今の何?』

「細かいことは後で」

『了解。マップに寺田屋ってあると思うからそこへ向かってくれ』


 仮想ウインドウを開き、ミモザのマップを確認する。

 言われた通りに寺田屋へ。


 街行く人々はみんな和装。

 確かにこの格好で無ければ目立つどころでは無かっただろう。


 そして、寺田屋。


 店先に座って居る、ドレス姿。


『……店で団子が食える。少しアリアシアの側へ行って欲しい』


 言われた通りに寺田屋へ。

 横目にアリアシアと、その横で……お茶を飲むハルシュを確認する。


「こんにちは」

「いらっしゃい」


 店の中から恰幅の良い割烹着の女将さんが出てくる。


「三色団子とみたらしを下さい」

「はいよ」


 団子を頼みハルシュ達の背中を眺める位置に腰を下ろす。


 何か会話をして居るが、流石にそれまでは拾えない。


 でも、アリアシアもハルシュも確かに目の前に居て、談笑をして居る。


『……俺だな……』


 お前だよな。


「はいよ。お待たせ」


 運ばれて来た団子をゆっくりと食べながら二人の様子を眺める。

 幸せそうだな。

 不意に、そう思ってしまった。


 ハルトはどう思って居るのだろう。


 接続不十分の為、味覚の無い団子を二本平らげ、私は寺田屋を後にした。


 帰りしなに横目で二人の笑顔を捉え。


 ◆


「どういう事?」


 現実へ戻り、私はハルトに尋ねる。


「どうも、こうも……これは、受け入れるしか無いよな。俺はあそこに居る」

「そういうシステムなの?」


 私の問いかけに考え込むハルト。


「いや、多分、アリアシアの呪いだと思う」


 何か思い当たる事が有るのか。


「お陰で良く分かった。ありがとう。

 ……また、連絡して良いかな?」


 立ち上がりながらハルトが言う。


「良いけど……帰る……の?」


 今更だけれど、女の子の部屋に入った訳だよ?


「………………心の……準備が……」


 何だ!

 その女の子みたいな返事は!?


 そんなの!


「そんなの……私も出来て、無いよ……」

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