水白春人
<ポーン>
<LPをロストしました>
……終わったか。
最後は呆気なかったな。
いや、十分か。
接続を切って、シャワーを浴びる。
そうしながら、一体誰が迎えに来るだろうかと少しドキドキしていた。
ま、ヘクトは来るだろう。うん。
しかし、再びあの世界へと行くには二時間インターバルが必要だ。
てか、その前に寝よう。
そして、食事、走る。
生活のリズムは狂わせては成らないのだ。
◆
『ようこそコンステレーションクエストオンラインの世界へ』
遠くに星の煌きが見える無重力空間。
「お久しぶり」
『お久しぶりです』
「死んじゃったよ。
まあ、あっさり殺される様な事にはならなかったけど」
『そうですね。同じ条件でアバターを再作成しますか?』
「いや! 男で! これ重要! で、残ってるかな。昔のデータ」
『男性のアバターデータですか? おそらくこれかと』
「おお!」
俺の目の前に現れるファイナルランサーさん。
噴飯モノの二つ名だけど。
「これでお願い!」
『承知しました。続きましてスキルをお選び下さい』
「飛行って有る?」
『残念ながらございません』
「だよね。じゃ、槍と回復、観察眼と……風魔法」
いずれ空を飛べるらしいからな。
その為には風神をボコりに行かねば。
装備は前回と同じくアイアンスピアと革鎧。
英雄の槍は誰か回収してくれたかな。
あと、じゃじゃ馬のシルバリー・ビューグルも。
『星々の導きのあらんことを』
◆
昼下がりの白亜の街並み。ハマル。
俺を出迎える、ウミ、リーザ、ジルヴァラ。
ついでに獅凰、ピエラ、更にはヘクトとノゾミまで。
……なんて事は無く。
ひとまず、階段に腰を下ろし誰か来るのを待とうと決める。
……誰か、来るよね!?
◆
しかし、三日経っても誰も現れなかった。
……日頃の行い……?
いやマジかよ……。
俺は再び失意のドン底へと至る。
諦めてなけなしの金で宿へと。
クソ。金策から始めないといけないのかよ。ゼロから。
まあ良い。
取り敢えず風呂だ。
こんな時こそ自分の胸に癒されるのだ!
……マジ……かよ。
胸、無いじゃん……。
そう……だよ……。無いん……だ……。
終わった……何もかも……。
◆
桜の散る中を走る。
今年は早かったな。
去年は桜を見る余裕なんか無かったけど……。
結局また一人か。
こっちでも、あっちでも。仲間だと思っていたのは俺だけで。
クソ。
耳元でアラームが鳴る。
いつもよりペースが早い。
知るか。
もう良い。
前を歩くカップルを大げさに避けて追い抜く。
死ね。
そう言えば去年の夏も居たな。俺がリハビリがてら走り始めた頃。
杖を突いたカップル。
夕立の後の歩道で抱き合ってた奴ら。また、こいつらか。
死ね。爆発しろ。
はあ……溜息を吐きながらペースを落とす。
明らかに、オーバーペースだ。
チッ。
舌打ちを一つ。
更に不快な事に俺の進行方向に見知った顔が待ち構えて居る。
所属する組織の上役。
偶然だな。
道を変えよう。
こっちを見てムカつく笑みを浮かべて居るが偶然だ。
丁度その上司から通信が入った事をアイウェア型のデバイスが伝えて来たが偶然だ。
人差し指で手招きしてるが……はいはい。
観念します。
「何すか?」
上司の前で足を止める。
「元気そうだな」
「ええ。月次の報告は送ってると思いますけど?」
「少し付き合いなさい」
……俺、休暇中なんだけどな。
その言葉は、聞こえる訳が無いので飲み込む事にする。
どうせ、予定も無いし。
巡回タクシーに押し込められ、そのままおよそ一年前まで通って居た研究所へと拉致られる。
道中一言も無し。
ま、良いけどさ。
宇宙資源研究開発機構。
そんな看板の掛かった門の前。
無言で先を行く上司に着いて行く。
そして……案内された、重役会議室……。
あ、クビか。
わざわざ連れて来たって事は、嫌味をBGMにして機密保持の書類にサインでもするのか。
一切無言を貫く上司に促され、黴の匂いのしそうな一人がけのソファに身を沈める。
お茶の出る気配が無いので持参したドリンクに口を付ける。
背後でガチャンと音がして勝手に鍵が閉まる。
向かいで上司がその重い口を開きながら、タブレット型のデバイスを取り出す。
「アメノトリフネ。知ってるか?」
「神様。え、知らないんすか?」
この世界で知らないなんてモグリじゃね?
「その神様からお前宛に送られて来たデータだ」
そう言いながら端末を目で示す。
「見る人間の居ないアドレスに送って来たんすか」
「他にも同僚から何通も来てるぞ。後で見て泣くんだな」
「へいへい」
休職中の職員宛のメールだろうが具にチェックしてるとは無駄に律儀だな。
そりゃそうか。
俺はその差出人不明のメール形式のデータに目を通す。
◆
件名:ご所望の技術について
本文:
水白春人様
先日、ご希望いただきました、現世界で作成可能な推進機構の設計図面になります。
星々の導きのあらん事を
◆
タチの悪い悪戯の様な文面。
眉を顰めながら添付書類を開く。
…………。
「なんすか……これ」
穴のあくほど眺めた後に……そんな言葉しか出なかった。
「こっちが聞きたい」
「夢の超技術……いやいや。イタズラでしょう」
「検討の余地はある。そういう判断だ。
出所はどこだ?」
「いや、本当に知らないすよ」
そこにあったのは……ダークエネルギー……宇宙を押し拡げる力……それの取り出し方……。
SF染みた話。
我々が無と認識していた、そこからエネルギーを……そんな……動力炉。
万が一、事実であるならば……。
「これを元に、十年で月に行く計画を立てる」
「は?」
「そして、その十年後に火星だ」
「はあ?」
当初……俺が居た時より十年も前倒す、だと?
「それで、お前、どうする?
休暇が明ける一ヶ月後までに答えを出せ」
「いや、今更俺が戻ってもチームは崩壊してますよ」
「全員の意思は確認してある」
「NGでしょう」
「お前が戻る事、それが条件だそうだ。それならば皆戻ると言っている」
「……それは……」
嘘だろ? 随分と恨まれたもんだ……。
「ところで彼女は出来たか?」
「セクハラですよ」
どうしてそう言う方向に話が飛ぶのだ。
「そんなのでも居ないと、お前また倒れるからな。
一ヶ月以内に探せ。プライベートの面倒見てくれる奇特な存在を」
そう言って下品な笑みを浮かべる上司。
◆
キツネにつままれた様な気持ちでタクシーを降りた。
家の近くで。
そのまま家に戻りシャワーを浴びて、再び出かけた。
ランニングの途中だった事を思い出したからだ。
しかし、最早走る気など起きず。
であるならば何時も走るその道を歩いて辿ろう。
そうやって唐突に崩されたここ暫くの習慣を取り戻そう。
考える事は……山程あった。
謎の技術。
再び動き出したらしい計画。
崩壊したチーム。しかし、彼らからの呼び掛け。
そして、誰一人として会いに来ない女の子達。
何もかもが信じられなかった。
「腹減ったな……」
歩き出して10キロ弱。二時間程。
そういや、昼飯食ってなかった。
でも、もう晩飯の時間が近い。
「じゃ、ご飯とかどうですか!? 一緒に」
嬉しそうに坊主頭の男が話しかけて来た。
うっざ。