怒りの矛先 ―― ヘクト⑳
ノゾミ達から、デカブツの退治が終わったと連絡を受けてから暫し。
未だ、アイツは戻らない。
街から避難する住人と共に、私達も飛空艇へ。
甲板の上で、相変わらず心配そうに島を見つめるアリアシア。
<ポーン>
唐突に鳴り響く、システム音。
……終わったか。
それと同時に、轟音を上げながらアルデバランの上空に浮いた島が崩壊を始める。
巨大な岩塊が落下し、街から土煙が上がる。
そして、周りの人々から悲鳴や泣き声が漏れる。
「……ハルシュ」
どうしたのだろう。
隣でアリアシアが両手で胸を押さえながらその場へしゃがみ込む。
「……ハルシュ……ここです……戻って来なさい。私の元へ……」
床に座り込んだ彼女の周りを薄っすらと黒い靄が包み込む。
その異変に、周囲の人々が距離を置き彼女の周りにポッカリと輪が出来る。
それは……とても禍々しく……。
「ハルシュ」
再び呼びかけた彼女の声に答える様に座り込んだ彼女の足の上に黒い人影が現れ始める。
徐々に輪郭を露わにする、その人影の顔を包み込む様に彼女が手を添える。
やがて、それは……ハルシュに成った。
「……おかえりなさい」
ハルシュを膝枕し、アリアシアはそう声を掛けた。
いつの間にか彼女の首筋に、黒く禍々しい文様が浮かび上がっていた。
「不死者だ」
取り囲む人々の中からそんな呟きが聞こえた。
まずい。
事実はどうであれ、彼らは今、怒りと絶望の中に居る。
その怒りの矛先は、確実に彼女らに向く……。
「彼は、英雄です」
そう叫んだアリアシアの声は、私にしか届かなかったのだろう。
急いで私は剣を取り出し彼女らの側へ立つ。
しかし、それより早く周りから、遠慮のない言葉と物が投げつけられた。
飛来する刃物を弾きながら、アリアシアに声を掛ける。
「ひとまずここから離れたほうが良い」
転移で。
それが駄目なら飛んで。
再び飛来したナイフと弾き返し……彼らを睨み返す。
「ハルシュ、転移出来ますか?」
「ああ」
「ではミモザへ。先に行って下さい」
「ああ。転移、ミモザ」
行ったか。
「どうあっても……どうしても、私達の敵に回りますか?」
背後から聞こえた怒りを滲ませた声にぎょっとして振り返る。
アリアシアが立ち上がり周囲を睨みつける。
「何人、そうやって身代わりを……。
姉様を! ハルシュ様を! 返せ!」
一気にアリアシアの怒りが膨れ上がる。
マズイ。
咄嗟に彼女に抱きつき、かざした右手を掴んで下ろす。
「貴方はハルシュの元へ行きなさい」
そう、耳元で声を掛ける。
「いや! 許さない……」
「ハルシュが待ってる!」
だから行け。
彼女の顔を両手で押さえつけ、目の前で怒鳴りつける。
「……転移、ミモザ」
やるべきことを思い出したアリアシアは……涙の滲む目で最後に私を睨み付け消えて行った。
「転移、カストル」
直ぐに、私もその場から消えた。
◆
【同時多発襲撃イベント開催】
コンステレーションクエストオンラインをお楽しみの皆様にお知らせです。
この度、新規イベントとして強力なモンスターを世界に配置することと致しました。
バエル・パイモン・ベレト・プルソン・アスモデウス・
ヴィネ・バラムの七体の強力なボスに率いられた不死者の軍勢。
立ち向かう、NPCと連携し、見事討ち果たし世界に平和をもたらそう。
また、これに伴いワールドマップの拡張を行います。
計三十五の島が世界の何処かに出現します。
新たなる島で、待ち受ける困難と謎を仲間と共に乗り越え隠された力を手に入れよう。
星々の導きのあらんことを。
運営チーム
◆
【降臨ボスゲリラ復刻イベント開催】
コンステレーションクエストオンラインをお楽しみの皆様にお知らせです。
『同時多発襲撃イベント』の開催に伴い、過去の降臨イベントの復刻を行います。
アンドロマリウス、キマリスと言った
プレイヤーたちを苦しめた難敵。
生まれ変わり再び現れた彼らを打ち倒し、アイテムを手に入れよう。
星々の導きのあらんことを。
運営チーム
◆
ハルシュとアリアシアが消え、運営からのイベント告知に呼応するように世界の各地で挙兵の話が持ち上がった。
それの対応するように、モンスターの襲来が頻繁に起きるようになる。
冒険者ギルドの依頼は、討伐イベントで溢れかえった。
そんな状況下でノゾミはアラタを伴い、忙しなく動きはじめた。
この世界の行く末など、大して興味のない私はクレイグよろしく水月でダラダラとしていたが。
気がかりは一つだけ。
ミモザへと消えたハルシュとアリアシア。
しかし、いくら私が気にかけようが、私は空を飛べないので彼らに会いに行くことも無理だ。
そんな時だ。
獅凰から会おうと連絡が有ったのは。
私は呼ばれるままに、乙女座へと飛んだ。
◆
指定されたカフェに居たのは、獅凰とジルヴァラ、そして、金髪の美人さん。よくハルシュと一緒にいる人。
軽く手を上げ、彼女らに挨拶しながら席に着く。
「ウミです。こうしてお話するのは初めてですね」
「ヘクトです」
恐らくはハルシュの事だろう。
しかし、揃って何だろう。
「ハルシュとアリアは今どうしているのかしら?」
ジルヴァラが私に問う。
「知らない。呼び掛けても応答無いし」
「やっぱり……」
あ、私だけじゃないのか。
「無事なんだと思う。生きて私の前に現れたから」
「何があったか聞かせて欲しいの」
ウミに問われ、私は自分の見たことを話す。
上で何が起きていたのかはマーカスに既に聞いている。
「そう……何処に転移したかは……?」
「それは、わからない」
そこだけ、嘘を吐いた。
あの二人には、特に、アリアシアにはもう少し時間が必要なんだと思うから。
そして、ハルシュはその横に居ないといけない。
なんとなく、彼女に自分を重ねてしまった私は二人を刺激したくないのだ。
でもね、それは一時の事。
「ごめんね。力になれなくて。でも、そのうち気取った台詞を言いながら現れる筈」
「どうしてそう言い切れるのかしら?」
「……勘、かなあ」
そもそも、こんな美人のために自分の命を投げ打ったのだ。
その貸しを取り立てに来ないわけは無い。
来たらぶん殴るけど。
その時に、アリアシアにハルシュを返してもらえば良い。
それだけなのだ。
「ほらね。貴女がしっかりして、二人の戻る場所を守る。少しはしゃっきりしなさい」
ジルヴァラの言葉に、ウミは小さく頷いた。
◆
『必ず戻る。もう一度、恋人として』
これが、私が余裕でいられる証拠。
アイツが、私達の前から消え、ザガンを倒しに上に飛んで行った直後に送ってきたメッセージ。
カッコつけ過ぎだろう。
そう思いながらも、私はこのメッセージを信じている。
アイツ、嘘は吐かないから。




