ハルシュを待つ ―― ヘクト⑲
街は既に火の手が上がって居た。
街道に骸骨やら、悪魔の様な姿をしたモンスターやらの姿も見える。
そして……城の近くに巨大な竜の様な奴が居る。
「大混乱だな」
「あれ、任せて良い?」
荒れ狂う巨体を指差しながらクレイグに言う。
「矢でどうにか出来るもんかね」
「私は……アレを」
まるで私達を待ち構えて居たかの様に街道に佇む一人の男に向き直り、武器を構える。
「一応聞くけど、あんた、どちらさん?」
「アンドラス。
その力、貰い受ける」
そう言って男が剣を振りかぶりクレイグに飛び掛かる。
私はその間に割って入り、その剣を受け止める。
「生憎と男に何かを恵んでやる程、人間出来て無いんでね」
そう吐き捨てクレイグは城へ向け走り出す。
舌打ち一つして、アンドラスが一歩下がって間合いを取る。
すかさず、それを追ってその首元へ剣を伸ばす。
半身になり避けるアンドラス。
「換装」
体が変わるそのタイミングでメイスを左手に持ち替え脇腹を捉える。
鎧の上から叩きつけたメイスがアンドラスの身体をくの字に折る。
そのまま吹き飛ぶはず。
しかし、その思惑は外れ振り抜いメイスの先に僅かに身を浮かせたアンドラス。
その背に黒い翼。
飛んで勢いを殺されたか。
振り下ろされた剣が左肩からスッパリと私の腕を落とす。
「換装」
再び剣を手にしながら下がって間合いを取る。
余裕の笑みを浮かべ、追撃をしないアンドラス。
どいつもこいつもフワフワと飛びやがって。
腹立たしい。
誘われて居るのは承知の上で突っ込みながら跳躍。
上に逃せば追いきれない。
身体を浮かせ、剣を振り下ろす。
相手の剣が頭上で難なくそれを受け止める。
そのまま剣を引きながら身体を前方へ投げ出す。
守る物が無い頭へ、思いっきり頭突きを食らわす。
苦し紛れの剣が、私の腹を薙ごうと動く。
紙一重で剣先を躱わしつつ、着地。
そのまま伸びきった脇の下から剣を掬い上げ、相手の腕を落とす。
返す剣を振り下ろし、袈裟斬りに。
しかし、それは、相手の目元を覆うマスクに引っかかり素顔を露わにするだけに終わる。
引いたか。
間合いの外まで下がられ、一度息を入れる。
「口だけだな」
挑発を投げつける。
しかし、流石にそれは露骨過ぎたか。
怒りを顔滲ませ、そこで動きを止めるアンドラス。
そのまま突っ込んで来れば楽だったのに。
逃げの構えを見せたアンドラスに咄嗟に剣を投擲。
投げつけた剣は、空へと飛翔するアンドラスを捉える事は出来ず。
勝ち誇った様にこちらを見下ろすアンドラス。
だが、その更に上を抑える人影。
こちらに気を取られ、がら空きのアンドラスの後頭部に、全身のバネを使い上空から一気に金属塊を振り下ろしたのはアリアシアだった。
完全に不意を突いた一撃。
落下するアンドラス。
地に転がるアンドラスの腕から奴の剣を拾い上げその落下地点へ。
漆黒のその剣を一息に振るう。
落下の勢いも相まって額から、真っ二つにその身体を引き裂く。
程よい良い切れ味。
何より、軽い。
でも、こいつ、ミカと同じだな。
私の力を吸ってる。
まあ、良い。
私は空を見上げる。
肩で息をしながらゆっくりとアリアシアが下りて来る。
あの子、私よりメイス姿が様になって無いかな。
「飛べたの」
「はい。ハルシュに教えて貰いました」
何でそんなドヤ顔?
喧嘩売ってる?
「助かったけど、まだ終わりじゃ無いよ」
二つに分かれたアンドラスの身体がボコボコと波打って居る。
やがてそれは、全身から体毛を生やし……二匹の黒い狼へと変貌を遂げる。
アリアシアを下がらせ、唸り声を上げるアンドラスに奴の剣を向ける。
同時に地を蹴る狼共。
しかし、それは跳躍と同時に鎖に全身を絡め取られ身動きを止める。
「イレーズ」
上から響いた凛とした声と共に狼の片割れが漆黒の炎に包まれる。
それと共に背後から複数の足音。
私の横を擦り抜け、狼に向かって行く。
増援、か。
それは、闘技大会へ出場していた面々だろう。
「ありがとう。アラタ」
振り返りながらそこに居る筈の仲間へ声を掛ける。
しかし、つまらなそうに目を逸らす彼。
若者よ。お姉さんは悲しいぞ?
「アリア、無事ね」
上空から大きな白い犬が下りて来る。
その上に乗ってアリアシアに声を掛けたのはジルヴァラと言う娘。
「はい。大丈夫です」
「上は終わり? 早かったわね」
ジルヴァラに問う。
「まだよ。脇役は強制退場。アイツに追い出されたわ」
何したんだ? アイツ。
「リカバー」
ジルヴァラの後ろに乗っていたピンクの女の子が私の腕を再生してくれる。
私は治った腕でそっと、彼女達が跨るワンちゃんに手を伸ばす。
……もふもふ。
「リヒトよ」
「そう。リヒト」
可愛い。
大人しくて良いワンちゃんだ。
いやいやいや、和んでる場合じゃ無い。
「クソ、逃げられた」
アラタの声に状況を思い出し振り返る。
プレイヤーの集団の頭上を黒い狼が城の方へと飛び去るのが見えた。
「追うわ。アリアはどうする?」
ジルヴァラがワンちゃんを撫でながら言う。
「私は……この方とハルシュを待ちます」
そう、私を見ながら言う。
……良いけど。
「そう。じゃ、二人共ハルシュをお願いね。さ、ピエラ飛ばすわ。落ちないでね」
「でぇす!」
「リヒト、ゴー!」
飼い主の声に応え、弾けるようにワンちゃんが空へと駆け出して行った。
「僕もあちらに。ノゾミさんと合流します」
そうってアラタは私の返事を待たずに駆け出した。
「ノゾミ」
『ヘクト! 無事ね。私達は城の方に居るわ』
「そう。取り逃がした大物がそっちへ向かったわ。
アラタと、他のプレイヤーも追っていった」
『貴方は?』
「護衛対象が居るからそっちを優先する」
『では、港へ。今住民の避難が進んでる。それを手伝いながら向かって』
「了解」
通信を切ってアリアシアに声を掛ける。
「港へ向かいましょう。道々、人を助けながら。
戦えるわよね?」
「ええ」
私のメイスを掲げる彼女。
暫く預けよう。
「飛ぶのは目立つから禁止」
「はい」
「じゃ、行くわよ」
私は警戒しながら足早に歩き出す。
アリアシアを伴って。
◆
モンスターに襲われる住人をすぐさま助けに動くアリアシア。
優雅にメイスを振るう姿に……何だろう……誰かに対する怒りを感じるのは気の所為じゃ無いよね。
「それ、あげるわ」
「え」
「私には剣があるから」
「……ありがとうございます」
心から嬉しそうに言うアリアシア。
そして、手のメイスを掲げる。
「姉様。私に力を。共に……戦って下さい」
そんな祈りを込めながらモンスターに向かっていく少女。
あれ?
あのメイスの前の持ち主って彼女のお姉さん?
乙女の怒りと嫉妬ってあの娘のお姉さんの?
◆
そうやって、道々住人を助けながら港に着いた頃には、城から火の手が上がっており。
さらに港は我先にと飛空艇に乗り込もうとする人々で溢れかえって居た。
声を張り上げ、整列と沈静を促す騎士団らしき人々。
街へは相当数のプレイヤーが繰り出している。
湧き出したモンスターはほぼ駆除されるだろう。
避難も、多少の混乱はあれど順調だ。
城の方で暴れているデカブツもノゾミ達が抑えている。
問題は……。
私とアリアシアは上を見上げる。
ハルシュが消えて行った、上空に浮かぶ島。
万が一、あれが落下すれば街は壊滅だろう。
早く終わらせて戻って来い。
この後、更新タイミングが変則的になります。
上手く本編と分量が合わせられず。
明日は22時、23時、24時の三回。
明後日は20時。
明々後日は21時。