魔王召喚 ―― ミカ③
カンケル。蟹座の島、そのほぼ中央に位置する荒野。
昼であれば赤茶色の岩がそびえ立つ様が一望できるのだが、夜の世界は全てを黒く染める。
そんな荒野に薄ぼんやりとした、ランプの明かりが揺れる。
やがてそれは、地に置かれ乾いた大地を照らし出す。
その側で動く人影が一つ。
四つん這いになり、地に炭で円形の文様を描いていく。
その様子を少し離れた所で静かに見守るもう一つの影。
十分ほど掛けて、直径二メートル程の魔法陣を描き上げその中へアイテムを並べて行く。
静かにその様子を眺めてる居たヘクトはアイテムを集める戦いを思い出し、そっと自らの首に手を当てる。
一体、何度噛み付かれた事か。
新たな力がどんなものか、ヘクトには窺い知れないが出来るならばあの吸血と言うスキルから解放して欲しいものだと儀式の準備を終えたミカの背中を見ながら思う。
「キスイダ……ラヴァルジ……キスイダ……ラヴァルジ……」
ミカが静かに呪文の詠唱を始める。
魔神召喚。
本来その一言で事足りるのであるが、彼女は自身で考えたその言葉を紡いで行く。
「簒奪の王。悪神アンラ・マンユの配下たるアジ・ダハーカの化身たる魔王ザッハークよ。
漆黒の中より私の唄に応えなさい。
今、契約の刻。
冥府の約定に従いその力を示しなさい。
それが、願い。
それこそが、救い。
私と共に破壊と強欲の十字架を背負いなさい。
魔神召喚」
後ろで見ながらよくあんな長台詞を覚えたなと感心するヘクトの視界の中で、両腕を天に向け高々と突き出すミカ。
その手を静かに下ろし、ミカの動きが止まる。
〈ポーン〉
ミカの耳にだけ非道く場違いにシステム音が響く。
〈蛇王・ザッハークを召喚しました〉
次いで無機質な音声。
そしてミカの前に仮想ウインドウが出現する。
〈蛇王の行動を選択して下さい〉
音声と共に仮想ウインドウに文字が現れる。
1.野に放つ
2.従える
3.力を貰う
4.アイテムを貰う
5.命を貰う
制限時間であろう、4桁の数字と共に示された五つの選択肢。
ミカは僅かに振り返り無言でヘクトを手招きする。
怪訝に思いながらミカに近づくヘクト。
ミカは隣に来たヘクトの手を引き、自分の前に立たせ向かい合わせになる。
そしてヘクトの脇の下から手を伸ばし、その先の仮想ウインドウの1に触れる。
直後、ミカの視線の先、ヘクトの背後で赤い光の柱が立ち上る。
そして、荒野に響く高笑い。
「フハハハハハハ! 我が名は……」
「鉄の処女!!」
ミカの放つ呪文が、現れたばかりの蛇王ザッハークを拘束する。
名乗りすらあげる事も許さず……。
それは、一生懸命にアイテムをかき集め、詠唱呪文を考え出し、そうやってこの日を心待ちにして来た、その思いを台無しにした無情なシステム演出への乙女の怒り。
呼び出され現れた蛇王には何ら罪は無いのであるが、ミカの魔法に十分間拘束された後、消滅した。
何も出来ずに。
そして、もう一人の被害者がヘクトである。
ミカの怒りが蛇王を消滅させるまでの十分間、ミカの八重歯が首に食い込むのをじっと耐えねばならなかった。
何時もよりは少しだけ強く甘噛みされたまま。
蛇王が消滅し、ミカがその口を首から離した直後、彼女は腰から崩れ落ちた。
◆
頭が……ぼーっとする。
「……ごめんなさい」
上からミカが静かに声をかけて来る。
顔を上げると、泣きそうな顔をしたミカの顔。
冷静になったか……。
笑い返して立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
「大丈夫?」
ミカがしゃがみ込んで私と視線の高さを合わせる。
頷いて、笑みを返す。
喉がカラカラだった。
どうなったんだろう。
それを聞こうとして、ミカの首に見慣れぬチョーカーが巻かれているのに気付く。
それは?
尋ねようとした時に、そのチョーカーが頭を上げ、こちらを見た。
……それは、チョーカーでは無かった。
小さな二匹の蛇。
それがミカの首に、チョーカーの様に絡まっていたのだ。
首の右と左、それぞれに頭を置いて。
「そのまま動かないでね」
ミカの首に巻きついて居た蛇の片方が、その首を伸ばし私に迫る。
逃げよう、そう思うが体に力が入らない。
私の視界から、蛇の頭が消え……!
「ぁっ!」
耳に!
噛みつかれた!
思わず、声が漏れた。
……駄……目……。
耳は……!
あ……
……
「どう? 立てる?」
ミカがそう声をかけて来る。
少し、体が軽くなった気がする。
でも……腰が上がらなかった。
私は下を向いたまま首を横に振った。
◆
こうして、ミカは【蛇王】のスキルを手に入れる。
それは、彼女の魔法の力を大きく底上げすると同時に幾つかの変化を彼女にもたらした。
首に絡まり、まるでアクセサリーの様に見える二匹の蛇は、よく見ると彼女の肩、肩甲骨の内側辺りで彼女と融合しているのがわかる。
その蛇を操り、同時に魔法を詠唱し放つ事、そして、蛇の目を通し三方を同時に見る事が可能になった。
更に、ミカが持って居た吸血のスキルと相まって他者からHP・MPを吸収し、そしてそれを他人へと分け与える事が出来る牙にもなるのである。
やがて彼女の成長と共に、命を吸い取り、分け与える力へと変化して行くのであるがそれは今暫く先の事である。
今はまだ、首と耳、そのヘクトの弱点を同時に攻める事が出来るだけであるが。
◆
「……何であんなに怒ってたの?」
水月に戻り、カウンターにだらんと座りながら、お茶を淹れるミカに尋ねる。
まだ、少しフワフワする。
「やっぱり……雰囲気って重要よね……」
遠い目でそう言ったけど、意味がわからなかった。
ただ、吸血は相変わらずで、より一層凶悪になった事だけはわかった。
カウンター越しにアイスティーを差し出すミカの首の蛇と目が合う。
一瞬、そいつが笑った気がして鳥肌が立った。




