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杞憂 ―― エクリプス⑦

『事件が起きたようです』

「何があった?」

『宿にて乱闘騒ぎ。しかし、既にどちらの姿もなく。すいません』

「情報無しに事前察知は無理よ。気にしなくて良い。それで?」


 僅かに声のトーンを落としたアラタにノゾミはフォローを入れつつ先を促す。

 只の乱闘騒ぎならば報告などしてくるはずは無いのだから。


『僅かな目撃証言から、フールの可能性が浮上しました』

「そう。軽くでいいわ。聞き込みをして一度戻って。

 お茶を用意しておくわ」

『了解です』


 通信を切り、ノゾミは考える。

 闘技大会が三日後に迫ったこのタイミングで騒動が起きた訳を。

 プレイヤー同士による水面下でのライバル潰し。

 であるならば……それはノゾミ達にとっても好都合である。

 しかし、それは楽観的すぎるだろう。

 そう思い直した所に、ミカから通信が入る。


「どうだった?」

『出たわよ!!』

「本当!?」

『ええ! 今から準備に入る。間に合ったわ!』

「期待してるわ!」


 興奮するミカとの通信を切り、そして、ノゾミはその足で地下へと向かう。

 念の為、アルデバランで起きた事件について、アーミラリにも捜査を依頼する為に。

 しかし、その報告と依頼は、フールとタウラス王女を近づける事に成り兼ねないとの判断によりマリショワリの元で消滅する事になる。


 ◆


「おかえりなさい」


 水月に戻ったアラタをノゾミが出迎える。


「戻りました。

 宿に宿泊していたのはフール。そこまで裏が取れました。

 ただ、その相手が掴めません。NPCの可能性が有ります」


 そこまで、一息に報告しアラタはカウンターに腰を下ろす。


「そう。アーミラリにも動いてもらう様に依頼をかけたわ。

 もし、相手方がNPCなら任せたほうが早いでしょう」


 そう言って氷の入ったグラスに琥珀色の液体を注ぐノゾミ。

 それをカウンター越しにアラタの前に置きながら微笑みかける。


「お疲れ様」


 その笑顔をひと目見て、そして、直ぐに顔をそらしながらアラタは答える。


「少し、気になることが有るので明日も継続して探りを入れます。

 宿の主人が何かを隠している、そんな気がします」

「そう。くれぐれも無茶しないでね」

「了解です」


 いつもはそのやり取り会話が終わるのであるが、その日、ノゾミは更に続ける。


「それから、大会も。期待してるわよ」


 アラタはノゾミの顔を見返し、そして、大会は全力で優勝することを心に誓う。


 そんな水月の一角でソファに身を横たえていたクレイグはアラタの報告からきな臭さを感じ取っていた。


 ◆


「いってきます」

「ちょっと待て」


 いつも通りソファに寝転ぶクレイグにいつもどおり声だけ掛け任務に赴こうとしたアラタは、その予想外の声に怪訝な顔で振り返る。

 普段であれば、返事を返すことすらしないクレイグに呼び止められたのだ。


「俺も行く」


 身を起こし、そう言ったクレイグにアラタは眉間に皺を寄せながら返答する。


「聞いてませんが」


 アラタへはノゾミからそういった指示が一切出ていないのである。


「たまには良いだろ」


 クレイグが、そう適当に答えたのでいつもの気まぐれだと判断し、アラタはそれ以上何も言わないことにした。


 ◆


 アラタはクレイグと言う男が好きでは無かった。

 何時もソファで横になっていて、たまの仕事は適当、下品な事ばかり言う。

 それなのに、ノゾミは彼に信頼を寄せている様に見えるし、ミカには気安く話しかける。

 そんな男が。


「で、何するんだ?」

「宿屋に聞き込みに行きます」


 案の定、今日のアラタの仕事すら把握していない。

 何のためについて来たのだ。

 そう、苦々しく思う。


「そうか。じゃ俺は上から眺めてるから。

 頑張れ、若者」


 そう言って立ち去るクレイグにアラタはかろうじて舌打ちを堪える。

 そして、気を取り直し聞き込みの為に宿屋へ向かう事にした。

 ノゾミへ褒めてもらう、その為に。


 ◆


『手配書が回って来た。

 そう言ってました』

「手配書?」


 街を見下ろしながら、クレイグは宿から出て来たアラタからの報告を聞く。


『ええ。現物を確認しました。

 愚者フール女教皇プリエステス、そして、戦車チャリオット

 手配元はタウラス自由騎士団ですね』

「そんな情報無かったよな?」


 犯罪者の手配。

 それは、タウラス自由騎士団を含む国の機関であれば可能となる。

 その情報は、全天二十一の王、及び冒険者ギルドを通じ全世界に通達される。

 特務機関エクリプスとて、例外では無い。

 もちろん、全世界の犯罪者の情報が流れて来るのだからその数は莫大な量に上る。

 全てをチェックする事など到底不可能である。

 しかし、アラタの報告によれば対象はエクリプスの重要監視対象である愚者フール等三人。

 それをアーミラリが見過ごすとは考えにくい。


「近場の宿屋も聞いて見てくれ。

 誰がその手配書を持って来たのかと合わせて」

『はい』


 そう言って通信を切る。

 そして、言われた通りに動き出したアラタを見下ろしながらクレイグはノゾミへと連絡を入れる。


 ◆


『やはり、ここもでした』

「そうか」


 アルデバランにある宿屋の中から適当に選んだ五軒。

 その全てに手配書が配られており、そして、それを持って来たのがタウラス自由騎士団の二人組。

 それが、アラタが聞き込みをした成果である。


 ノゾミがアーミラリに問い合わせた結果、三人に対しタウラス自由騎士団から手配がかけられた事は無いとの返答があった。


 つまり何者かがタウラス自由騎士団の名を語り、手配書を偽装し宿に配っている事になる。


 誰が。

 何の為に。


 限られた情報でその答えを導き出す事は出来ないが、クレイグには一つ気になる事があった。


 フール、飛行。

 プリテステス、魔王。

 チャリオット、修羅。


 確証は無いがクレイグは三人の正体にそう当たりを付けていた。


 他のプレイヤーと一線を画すその強さ、それは、ランク10のスキルに他ならない。

 そう確信していた。

 クレイグ自身と同じくランク10の。


 そこから、一つ仮説を立てる。

 相手の狙いは、ランク10のスキルでは無いかと。

 残るランク10のスキル、英雄は飛行が持っており、奇跡と必中はその正体が明るみになって居ない以上、その三人に狙いをつけるしか無かったのだろう。

 丁度、闘技大会が予定されている今ならば、アルデバランに宿を取る可能性が高い。


 何の為に?

 奪う為。


 その最悪で、当然の結論にクレイグは小さく溜息を吐く。

 正体が露見すれば自分も同じく狙われる立場になるのだから。


「アラタ。ネズミが付いてるぞ」


 次の宿へと移動し始めたアラタの後を付ける様に動く人影。

 尾行だ。


 アラタに警告を入れつつ、クレイグは弓に矢を掛ける。


 薬を仕込んだ矢。

 かって、同じ様な手口を使うPKプレイヤーがいたが悪目立ちして来たので人知れず彼が消した。

 以来、時折使われるこの手口は、既にこの世界に居ない毒使いの成果と噂される様になった。

 それは、身を隠したいクレイグにとっては願ったり叶ったりであった。


「ひとーつ」


 アラタを追う人影に狙いを付け矢を射る。

 人影は二つ。

 その正体、目的は眠らせて捕らえてから聞き出そう。

 そう思いながら二射目の矢に手を掛けたクレイグを一射目の矢が貫いた賊の視線が射抜いていた。


 普通なら、卒倒する筈の薬。

 それを身に受け、そして、一瞬でクレイグの場所を探し当て、ニヤリと……爬虫類のような笑みを浮かべた。


「転移、ハマル」


 クレイグは反射的にその場から逃走した。


 ◆


 ソファに身を沈め、沈痛な面持ちをアイマスクで隠して居たクレイグの耳に水月のドアベルの音が届く。

 次いで、アラタの声。


「ただいま戻りました」

「無事か……?」


 ゆっくりと身を起こし自らが見捨てた仲間に問い掛ける。


「何も起きて無いですよ」


 平然と答えるアラタ。

 彼はクレイグが矢を放った事、そして転移で逃げた事を知らない。

 いつもの様に勝手に消えた、そう思って居た。


「ネズミは?」

「タウラス自由騎士団の者でした。

 手配は手違いだった、と。

 それで、宿を回って手配書を回収してたみたいです」

「……手違い……? どんな奴らだった?」

「NPCの二人組。目元を隠してたので顔までは」


 そこまで言ってアラタは二階へと上がって行く。


「お疲れさーん」


 その後ろ姿にクレイグはそう声をかけた。


 手違い。

 そんな訳は無い。

 クレイグは先程の街中での仮説を更に発展させる。


 ひとまず目的は置いておくとして、その二人組はランク10のプレイヤーを狙い罠を張った。

 そして、それが失敗し証拠の隠滅をはじめた。

 或いは、新たな罠を張っているのはも知れない。

 そして、そんな連中に自分の顔と能力が露見した可能性がある。


 最悪だな。


 アイマスクに包まれた暗い視界の中でクレイグは次なる手を考える。

 しかし、ノゾミを含む仲間全員に対し自分の能力を秘匿している時点で出来ることは限られる。

 一人、更なる情報を求め潜り込む。

 そんな事は論外だ。

 仲間に動いて貰うには、リスクが不透明すぎる。

 結局、別で動いているアーミラリの報告待ち、ひとまずそう言う結論に至る。


 しかし、実際の所アーミラリは動いていないのであるが。


 再び水月のドアが鳴る。


「戻った」


 そして、マーカスの声。


 一応顔だけ確認しようと僅かにアイマスクを持ち上げるクレイグ。

 やけに嬉しそうなその顔に身を起こし声を掛ける。


「上機嫌だな」

「おう。新装備が間に合ってな」

「そりゃ心強い。頼りにしてるぜ」

「ただ、武器は間に合わんかった」

「まあ、攻撃は駒が揃ってるからな」

「お前含めて、な」

「俺なんて只の豆鉄砲だぜ?」

「何でそうまでして爪を隠すんだ?」


 マーカスがビールを二人分持ってきて、向かいに座る。

 珍しいな、そう思いながらクレイグはそれに口を付ける。


「トンビだからだよ」


 そう言ってクレイグは誤魔化す。


「そうか」


 マーカスは、それ以上踏み込まなかった。


「……旦那、最近、昔の仲間と連絡取ったりしたか?」


 暫く二人共無言でビールを煽り、いつの間にかテーブルの上に空き瓶が四本程並ぶ。

 そんな中、静かにクレイグが切り出した。

 昔の仲間、タウラス自由騎士団の事だ。


「ああ。彼奴等あいつらも大会に出るからな。健闘を祈るって言ってやったよ。

 人が減って大変そうだ。あちらとしてはここらで起死回生と行きたいみたいだ。

 幸い活きの良い奴らが入ったって鼻息を荒くしてたよ」


 そう、苦笑しながらマーカスが言った。

 それにクレイグは僅かに眉間に皺を寄せる。


「活きの良い奴?」


 タウラス自由騎士団は、ゲームの中で最初にNPCが作ったプレイヤー集団である。

 一時期は相当数のプレイヤーが所属していた。

 マーカスを始め、脱退した者も多く最盛期ほどの勢いは最早無いがそれでもそれなりの強者が揃っている。

 そんな中に置いて、活きが良いなどと揶揄されるのならば相当に高レベルのプレイヤーの筈だ。

 しかし、落ち目と目されるタウラス自由騎士団に加わろうなどと言う奇特な強者が居るだろうか。

 それが、クレイグには疑問であった。


「何でもNPCらしいんだがな。

 タウラスの金牛王に恩義が有る。しかし、生まれを理由に正規の騎士団には成れない。だから自由騎士団の一員になって恩返しがしたい、とそんな奴らが入ったらしい。

 かなりの強者だそうだ」

「へー。NPCが」

「まあ、功名心を焦ってか独断専行が目につくとか嘆いていたけどな」

「若いねぇ。羨ましい限りだ」


 そう言ってクレイグはソファに背をもたれかける。


 そのNPCが今回の顛末の犯人だとしたら……。

 全て辻褄が合うだろうかと考える。

 恩義有る王の為に、かつて金牛王と敵対していたフール達を手配した。

 しかし、それは功名心からの独断専行。

 故に、今、それを解いて回っている。


 矛盾は無い。

 そう自分に言い聞かせながらもう一本ビールの栓を開けた。

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