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エウロペ王女の憂鬱 ―― エクリプス⑥

 水月の地下司令室にてマルショワリよりの通信を受けるノゾミ。


 その口から出た言葉は、ここ暫くの平穏が終焉を告げる、そんな予感を彼女に抱かせた。


「また、フール、ですか」

『左様。本当に居場所を掴んでおらぬのか?』

「ええ。皆目見当もつきません」


 それは、虚偽の報告となるのであるが、その指示自体マルショワリの属するアーミラリの上に位置する全天二十一の王の一人、イヨ・クルッススから出ていいる以上そう答えるしか無い。


「フールに何か?」

『それが、タウラスの姫君から会見をしたいと』

「何か問題でも?」

『面倒でな。もしタウラスがフールを抱えるなどと言う話になれば、北天の王、何人が反発するか』

「何人反発しますか?」


 それはノゾミにとって、今の王たちの情勢を知るいい機会である。

 もちろん、ハルシュが中心となっている訳でないと理解した上であるが。

 今後の彼の行動如何でどのような対立が起きるのか。

 その可能性を思案する材料となり得る。


『レオ、ヴィルゴ、スコルピオン。この辺りは強硬に反発するであろう。

 逆にリラ、アクイラ、キグヌスの三国は好意的に捉えるかも知れぬ』

「ヴィルゴもですか?」


 レオはわかる。彼の国の王は以前より、ハルシュを召し抱えようとしている。

 スコルピオンは単純に他国の脅威が増すのが嫌なのであろう。

 しかし、ヴィルゴは?

 以前、彼の女王の所に直接乗り込んで行ったが、それは、結果としてあの国の暗部を掃除する切っ掛けとなった筈だ。

 それを禍根とするだろうか。

 それをノゾミはマルショワリに問い掛ける。


『真珠姫がな、ご執心らしいぞ。変な婿を娶らされるぐらいならば、アレと添い遂げるなどと公言しているとか』

「それはそれは」


 タウラスの姫、ヴィルゴの真珠姫、そして、アリアシアと言う娘。更にはクルッススのイヨ。

 それから、ヘクト。彼の周りに居るプレイヤー。

 それらを惹き付けるだけの魅力が、一体何処にあるのだろうか、とそんな疑問がノゾミの脳裏を過る。


『まあ、そういう事だ。結託されても厄介なので極力近づけたくはない。知らぬならそれで良いが、かと言ってまた何か事が起きても面倒だ。

 暫く、そうだな、闘技大会の向こうぐらいまでは、出来る限り牡牛座に人を置くように。

 それと、お前は一度タウラスの姫君の所へ。

 しかし、公にしたくは無いそうなので日時、場所は追って伝える。

 それが要望への交換条件だ』

「承知しました」

『そして、出るならそれなりの結果を残せ』

「善処します」


 ノゾミの返答を持って通信は終了した。


 ◆


 一階に上り、ノゾミはまずそこに居た面々に良いニュースを伝える。


「闘技大会、オッケーよ。ただし、出るからには無様な姿を晒すなって」

「やった!」


 カウンターの中でミカがガッツポーズをする。


 二週間後に開催される、運営主催のプレイヤー参加イベント、闘技大会団体戦。

 過去、何度か開催された個人戦と異なり、今回は最大六人組によるチームバトルとなる。

 それに出たい、とそうはじめに言いだしたのはミカだった。

 特務機関という秘密裏な組織に属している関係上、一応上にも断りを入れようとノゾミがマルショワリにコントタクトを取った結果、参加と引き換えにタウラスの調査を命じられたのが事の顛末である。


「やっぱり、俺も出んのか?」


 ソファに寝転んだままのクレイグが不満を口にする。


「たまにはカッコイイ所見せてよ」


 ミカがカウンターの中からそのクレイグへ笑顔を向ける。


「能ある鷹は爪を隠すんだよ。最も俺はそんな鷹を撃ち落とす側だから、身も隠す必要があるんだよ」

「うるさい。つべこべ言わずに動け」

「へいへい」


 そう言いながら、クレイグは再びソファに身を沈める。


「クソジジイ」


 ミカが、聞こえるようにそう呟く。


「それと、お仕事。暫くアルデバランの警戒」

「えー」

「何か起きてる訳じゃないから適当で良いわよ。

 アラタ、悪いけどこの仕事、私と貴方メインで動くわ」

「了解です」


 そっけなく答えるアラタにノゾミは満足そうに頷く。

 それを見てアラタはつまらなそうに顔を逸らす。

 ミカはカウンターの中で笑いを押し殺していた。


 フールの名前が出たことで、この仕事の要員からヘクトは除外された。

 場所がアルデバランであるならば暫くあの場所を拠点にしていたマーカスも外すべきだろう。

 無用なトラブルの種と成り兼ねない。

 ミカは張り込みに向かない。クレイグは選択肢ですら無い。

 となると、消去法でアラタしか残らないのである。


「じゃ、申込みも兼ねてアルデバランに行きましょう!」

「おー」

「了解」


 ノゾミとミカが右手を突き上げたが、アラタは相変わらずそっけなく答えた。


 ◆


 ノゾミとミカが並んで歩く。

 その一歩後をアラタが。

 タウラス島の港町、アルデバランの街中にある闘技場で大会への参加申し込みをするために。


「でね、今度三人でランジェリーパーティーしようよ」

「それ、何が楽しいのよ」

「さあ。でも楽しそうじゃない?」

「女同士で下着姿見せあっても得るもの無いわよ?

 大体、素面でやるものじゃ無いわ」

「いいから! やるの! 楽しそうじゃん。ねえ?」


 横を歩くノゾミと話していたミカは、最後に振り返り、アラタに同意を求める。


「うぇ?」


 突然、そんな話に巻き込まれ狼狽するアラタ。

 いたずらっぽい笑みを浮かべるミカの意地悪で有るのだが、それにすら気付け無い。


「アラタは裸のほうが良い?」


 更に畳み掛けるミカ。


「べ、別に興味無いし」


 彼が精一杯にひねり出した答えがこれである。


「え、興味ないの? それは残念。後で画像見せてあげようと思ったのに」

「止めなさいよ」


 調子に乗り出したミカをノゾミが窘める。



 不意にノゾミとミカが足を止める。


 剣を抜き放ち、街中を疾走る鎧姿を目撃した為だ。


 そして、その目指す先へ知った顔が有ることを確認したミカは、咄嗟に右手突き出し魔法で拘束を掛けようとする。

 すぐさまノゾミがその右手を掴みミカの行動を静止する。

 アラタが背後から駆け寄り臨戦態勢を取る。


 しかし、鎧姿の男が振り下ろした剣は、躍り出た人影の持つ槍によっていとも簡単に止められる。


 結局、その騒動はそれ以上に発展することはなく、鎧姿を含む集団と女性グループとが二言三言言葉を交わし散って行った。


 フール達一行とタウラス自由騎士団。

 一体何が起きているのだろう。

 思案するノゾミは、その中の一人がこちらに気付いたことを察し、軽く会釈をした。

 ウミと言う彼女らを取りまとめていると思われるプレイヤー。エクリプスが女帝エンプレスと言う隠語を与えた女性。

 先日、南の島で会った際にそれとなくフレンドになっていた。

 彼女はノゾミに会釈を返し、そして一行は何処かへと消えて行った。


「また、美味しい役を……」


 ノゾミの隣でミカが悔しそうにそう呟いた。


「アラタ。暫く忙しくなりそうよ」

「了解です」


 うんざりとした口調のノゾミに、アラタは感情を込めない声を返した。


 ◆


 タウラス王国、第一王女エウロペ・トーラスとエクリプスとの会談はエルナトにある飛空艇のドックにて行われた。

 係留され、改修の続く船の一室、そこに王女と机を挟み向かい合うノゾミ、ミカの姿が有った。


「やはり、ハルシュ様と引合せ頂く事は難しいですか」

「申し訳ありません。我々とての人物の所在が掴みかねておりますので。

 ただ、伝言でしたらお預かりいたします。

 確実に届ける、と言う保証はございませんが」


 そのノゾミの返答に、エウロペは深い溜息を吐く。


「仕方ありません……。あれほどの御仁。私ごときがかかずらっていただこうなど、詮無きことでした」


 窓の外、ドックの壁を眺めながらそう呟くエウロペ。

 ノゾミとウミは、彼女の視線が向いていないことを自覚した上で、僅かに眉間に皺を寄せた。


「……それでは……闘技大会での活躍、心よりお祈りしています、とそうお伝え下さい」


 エウロペは二人に向き直り静かにそう伝えた。

 彼女がハルシュに伝えたかった事、タウラス自由騎士団に不審な輩が紛れ込んでいること、その不審な輩二名が時折タウラスの王城の睨むように観察していること、それはひとまず彼女の内だけに秘められる事となる。

 甘い感情と共に。


 ◆


 エウロペとの会談を終え、アルデバランへと戻ったミカがノゾミと食事処の個室に入るなり開口一番に言う。


「一体、アイツの何処が良い訳?」


 呆れたような口ぶりで。

 アイツ、とはもちろんハルシュの事である。


「こっちが聞きたいわよ。

 まあ、行動力は有るわ。行動原理は置いておいて」

「私には好き勝手に暴れてるネカマにしか見えないんだけど」


 それはノゾミのとっても同じであった。


「魔王の子に聞いてみたら?」

「いや。絶対聞きたくない。ヘクトに聞いてみてよ」

「ヘクトの意見が参考になるかしら」


 テーブルの上に開いたメニューから顔も上げずに言うノゾミ。


「あ、パエリア駄目なのよね?」

「うん。覚えてたんだ」


 甲殻類アレルギーのミカは仮想世界に於いても、それらを口にしない。


「じゃ、肉にしよう。それと私、勝手に赤ワイン頼むわね」

「いいけど。美味しいの?」

「気分」

「私も飲もうかな」

「無理でしょ」


 未成年であるミカが口に含んだ途端、それは、只のジュースに変換される。

 もっとも、ノゾミが口にした所でアルコールを摂取できる訳で無いことには変わらないが。


「デザートはクレマカタラーナでお願い」

「わかったわ」


 答えながらノゾミは仮想ウインドウを操作し、次々と食事をオーダーして行く。


「そう言えば、魔王の力は間に合いそうなの?」

「無理よー。全然ドロップしないんだもん」

「幸運のスキルでも取ってみたら?」

「残念。既に使ってます。あれ、効果あるの?」

「さあ? 逆に効果を発揮して落ちないのかもよ?」

「どう言うこと?」

「まだ魔王は召喚するべきじゃない、て事」

「なんで?」

「適当に言っただけよ。私としては是非大会に間に合わせてもらってフール達に一泡吹かせたいわ」


 運ばれてきた料理にナイフを入れながらノゾミが言う。


「あの巨乳にも?」

「あの巨乳にも。『闘技大会での活躍、心よりお祈りしています』ですって」

「伝えるの?」

「まさか。連絡先、知らないし」

「あれ? フレになったって言ってなかった?」

「ヘクトに言われて消したわ。

 知ってても伝えないけど」


 口元に笑みを浮かべながら言うノゾミに、ミカはドSに拍車がかかっているな、などと思う。

 アラタは大変だな、とも。


「意地悪ね。

 それにしても、あの子、あんなに大きくて肩凝らないのかな」


 自分の胸を持ち上げながらミカが疑問を口にする。


「試してみたら? ヘクトにパット借りて」

「要らなーい」


 いっそ、三人で試してみるのも面白い。

 そんな風に考え、そんなランジェリーパーティー風景を想像したノゾミは、酔ったかななどと思いながら頭に浮かんだその光景を打ち消す。

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