ホワイト、レッド ―― ヘクト⑮
乙女座の港町にて王都たるスピカ。
この街は女性向けのアイテムを売る店が多いのが特徴である。
そして、そんな街の一軒の店に変装スキルを使用したプレイヤーが今、まさに足を踏み入れた。
◆
レジで支払いを済ませ、そしてラッピングしてもらった品を受け取る。
ついでに、自分の分も買おうかな、などと思い再び店内を見て回っている時だった。
慣れない手つきで商品を触っている、挙動の怪しい女を見つけたのは。
セットしていた看破のスキルがその正体を私に告げる。
見て見ぬふりをするべきか。
いや……これ以上、関係者と言うか知り合いの趣味嗜好で頭を悩ませるのは避けたい。
この場ではっきりさせるべきだ。
意を決し、私はその女に近づく。
そして、商品を手にした彼女の肩に後ろから静かに手を置く。
びくんと肩が跳ね上がり、手にした女性用の下着を床に落とす彼女。
私は小声で、その相手にだけ聞こえるように尋ねる。
「何してるの? クレイグ」
◆
ランジェリーショップから出て、近場の食事処。取り敢えず個室へ。
全く。
珍しく水月に居ないと思ったら、こんな所で鉢合わせとは。
しかも、変装して下着を選んでるって……。
「いや、俺のじゃ無いぞ?」
変装を解いたクレイグがそう、弁解する。
「いいよ。別に隠さなくても」
私は、あらゆる事象をありのまま受け入れる。
そう、悟りの境地。
「違うって!」
しかし、変装ってスキル、やっぱり限度があるのね。
元のアバターの雰囲気は残る。
つまり、クレイグが女装してみた所で、出来の悪いオネエにしか見えなかった。
今はそれも解除してるけど。
「ミカへのお返しだよ」
そう言えばそんな事言ってたな。
「別のにしなよ」
実年齢知らないけど、多分おっさんから下着もらっても若い子は喜ばないよ?
それに、私とお返しが被るから。
「他に思いつかないんだよ」
「でも、アンタ、ミカのサイズ知らないでしょ?」
「サイズ? Mじゃねーの? S?」
「正解は言わないし、それ、下でしょ? 上は?」
「上って……パンティーだけで良いだろ?」
「あのね、基本的に女性の下着は上下セットで使うものなの。覚えておきな」
そこで暫く考え込むクレイグ。
何でこんなレクチャーしてんだろう。
「……確かに! いやでもBだろ」
「私からは何も。
でもサイズが違ったらゴミでしか無いからね」
アンダーとかもあるし。
面倒だから説明はしない。
「後で交換とか出来ないのか?」
「そんな面倒な物を贈られても嬉しく無いでしょ?」
私は水着を一緒に買いに行ったから知ってるけど。
「……ごもっとも。んじゃ、無難に食い物にするか」
「それで良いよ。どうせ義理だし。普通に美味しいもの贈っておけ」
「そうかー……所でアンタは何してたんだ?」
「いや、普通に買い物よ」
「変装して?」
良いだろ。別に!
あんな店に入る時くらい可愛い格好しても。
◆
そして、数日後。
◆
ぬおおお!
やはり、借りは返すのか?
その辺はきっちりしている。
日付も変わろうかと言うタイミングで!
ヘクトから通信が。
「はい」
『今から時間有る?』
「有る」
『何処かで会える? どこが良い?』
「ハマル」
『了解。待ってる』
ハマルに深い意味はない。
そう。
丁度、一ヶ月前にメンタルをズタボロにされたから、そこからやり直したいとか、別にそんな深い意味は無いのです!
さて、行こう。
このタイミングで別の用事だったらどうしよう。
アイツなら有り得そうだな……。
◆
なんでハマルなんだろ。
そう言えば前回もか。
なんか、思い入れでも有るのかな。
ま、良いか。
「転移、ハマル」
一瞬で景色が切り替わる。
……相手、ハルシュは既に居た。
早いよ。
行動が。
◆
「早いね」
いや、お前が遅いんだぞ?
待ってるって言ったよな。
「何の御用でしょうか?」
「これ、チョコのお返し」
そう言ってヘクトはピンクでラッピングされた袋を差し出す。
ノゾミと言う美人、ちゃんと仕事したんだな!
報告なかったから疑ってた。正直スマン!
「あ、ありがと」
何だろ?
その袋を受け取る。
結構軽い?
「お礼にお茶とかどう?」
「あ、ごめん。明日仕事だし、もうそろそろ切り上げるんだ」
……だったらもうちょっと早く連絡してくれば良いのに。
あれ、ひょっとしてこの前の事、怒ってる?
「そう。じゃ、また今度。
それと、こないだのアレ、暗くてよく見……」
「忘れろ。マジで」
「はい……」
ジト目で睨むヘクト。
すいません。
忘れるんで、メイス、仕舞って下さい。
「じゃね。転移、カストル」
冷たく別れを告げヘクトは消えて行った。
……ミスった。
うん。
俺も……戻ろう。
貰った荷物を両手で抱え空へ。
◆
カストルから水月へ。
何でアイツはこっちが忘れようとしたことを蒸し返すんだ。
そんな風にプリプリしながら。
カランコロンと水月のドアが鳴る。
「おかえりー」
カウンターに座っていたミカが立ち上がって出迎える。
「ただいま」
「お返し、ありがと!」
「どう? 気に入った?」
「うん! 今度さ、ランジェリーパーティーしようよ」
そういたずらっぽい笑みで言うミカ。
「ノゾミも入れて」
「何するつもり?」
「楽しそうじゃない?」
良いけど。
やるなら、その前にアンヌからパットを買ってこないと。
「それ、俺は?」
「男だけでやれば?」
ソファから身を起こしたクレイグにミカが冷たく言い放った。
ランジェリーパーティか。
アイツとやって見ようかな。
女の子の道をひた走るアイツはあのお返しで喜んでくれるだろうか。
◆
ランジェリーパーティー……。
一階の下りかけたアラタはその単語に、妄想を掻き立てられそっと二階へ引き返して行った。
◆
「おかえりなさい」
「ただいま。起きてたのか」
定宿にしている寺田屋に戻った俺をアリアシアが出迎える。
「どこに行ってらしたのですか?」
「別に」
何故か咎めるような視線を寄越すアリアシアの横をすり抜け部屋に。
そして、ヘクトから貰った包を開け絶句する。
……真っ赤な、レースの、下着……。
上下セットで……。
意味わかんない。
「え!? これ……着せたいってこと?」
ブラジャーの肩紐を両手で摘んで持ち上げながら俺は途方に暮れる。