蘇る二つ名 ―― プルム④
一日置いて大分冷静になった。
……気がする。
しかし、PKは重罪か。
困ったな。
私は重罪人な訳か。
てことはお尋ね者だったりする訳かな?
そしたら、追手が続々と来たり……。
それはそれで楽しそう。
そんな事を考えながらログイン。
一昨日ログアウトしたエルナトの宿屋。
ベッド一つだけの質素な部屋が私を迎える。
窓から外を見る。
月の無い、暗い空。
その分、星の輝きが一層綺麗。
さって、ギルドに行きますか。
アルデバランとこの町を往復して次の島への船代を稼ごう。
◆
依頼を請け、ギルドから出る。
そして、町の外へ。
……付けられている。
勘違いでは無さそう。
私のファン……て訳は無い。残念ながら。
という事は、仕返し、だろうな。
尾行は多分三人。
その人数で何かするとは考えにくいから……この先何処かで網でも貼るのだろう。
「さ! アルデバランに向けてレッツゴー!!」
一人わざとらしく言って、そして町から出る。
来い来い。
かかって来い!
ついでにあの巨乳も連れて来い!!
微塵切りにしてやる!!
◆
街道を、アルデバランに向けトコトコ歩く。
星空は相変わらず綺麗。
あ……。
流れ星。
願い事をする間もなく消えちゃったけど。
……願い事、か。
いつの間にか足が止まっていた。
今更願っても、叶うはずなど無く。
でも、私は一人、再び殺しの輪廻に戻るのだ。
剣を抜き放つ。
そして、見え隠れする人影を見やる。
百かそこらかな。
一人七百って言われてうんざりした時に比べれば何でも無い。
相手の実力はわからないけど、最悪あの巨乳だけはきっちり殺そう。
さあ、かかって来い!
私が脱力すると同時に周囲から怒号が上がった。
一気に視界から色が無くなる。
微かな星の光の中を蠢く影。
飛び込んでくる先頭の一人を剣の切っ先で喉笛を掻き切る。
そこから時計回りに捌いていく。
考えるより先に身体が反応する。
二人目が崩れ落ちるそのずっと奥に巨乳の顔を見つける。
そこか……。
待ってろ!! 逃げるなよ!!!
◆
みんなあっさり逃げていくんだよね……。
一撃で喉笛を掻き切るか、首を落とすかしなければ離脱で戦場から逃亡していく。
これだけ数を集めておきながら。
か弱い女の子一人を前にして、いとも簡単に背を見せ逃げる。
情けない。
と言うか、つまらない。
それでも、何人か殺して、そして、巨乳の首をもう一度落とすことが出来たのでそれなりに満足だ。
私は。
相手はそうではないだろうが。
身の丈程あろう盾を構えた、おそらくはこの集団のボスが最後に私の前に立ちはだかる。
既に取り巻きは一人残らず死んだか、逃げた。
「死ぬ前に名を聞いておきたい」
盾の男がそんな事を言う。
名前か。
なんて名乗ろう。考えてなかったな。いや、名乗るなら一つか。
「白刃」
「……蘇ったのか」
あら。
通じちゃった。
私の事知ってるのか。
でもね、同窓会するつもりはないの。
「復活祝いに、その命、貰ってくわ」
そう言って男の横へ回り込む。
盾を振ってそれの合わせようとする男。
軽くフェイントを入れた後、反対側へ飛ぶ。
それに追いすがるように動く盾。
一歩下がってそれを待ち受ける。
そして跳躍。
正面から盾に飛び掛かり、左手で盾の上端の掴み全身を引き上げる。
その勢いで、フルフェイスの兜の隙間へ剣先を差し込む。
男が膝を折る。
そして、それが消えていくのを一瞥し、仮想ウインドウで溜まった分のステータス操作。
全部敏捷値へ。
こいつで終わりではない。
わざわざ見張り台を作ってこちらを観察している奴らが居る。
黒幕か、助っ人か。
どちらにしろ、まだ終わりではない。
人影は四人。
早く、来な。
そいつらに視線を送る。
一拍置いて、その高台から人が飛び降り、そして、私に向かい来る。
次の相手は……二人の剣士だろうか。
「俺の名は白刃のトーヤ! 正義のPKKだ!!」
私の前に来た一人が、そう名乗りを上げた。
白刃。
そう。
君も。
しかも、正義、と来たか。
多分、私のことなんか知らないんだろうな。
いいね。何か、真っ直ぐで。
「僕はクロム! 勇者!!」
もう一人も名乗りを上げる。
その視線が、明らかに一瞬私の胸に向き、直後、軽く鼻で笑うような仕草と表情に不快感を覚える。
「名を名乗れ!」
正義の彼が、そう言い放つ。
ここで、私も白刃だ、とか言ったらどんな顔をするだろうか。
ここは、余計な事は言うまい。
命のやり取りだけあれば十分だろう?
じゃ、まずは、勇者君からかな。
死んで来な。
間合いを一気に詰め、剣を上段から振り下ろす。
それを、手にした盾で受け止めさせる。
注意が上に向いた隙に、右足で股間を蹴り上げる。
そのまま足を引くと同時に身体を捻って半回転。剣を引きながら脇腹を薙ぐ。
背骨まで切る。
そのつもりの一撃だったのだけれど、その半分程度までしか刃は届かず。
固いね。この子。
しかし、膝を折る勇者くん。
「離脱」
私を見上げるように一睨みして、そして、逃げた。
勇者って言うから最後まで向かってくると思ったのに……。
気を取り直して、正義の彼に飛び掛かる。
一撃、二撃……。
流石に今まで観察してきたのか、私の攻撃をその手にした剣で捌いて見せる白刃君。
というか、獲物は剣なの?
刀じゃないの?
え。
改めて観察する、この彼の何処に白刃の要素が有るんだろう。
二つ名を名乗るなら、ちゃんとそれを意識した格好から入らないとね。
フェイントを混ぜた一撃で、剣を持つ右手を切り飛ばす。
咄嗟に後ろに飛び退き、仲間達に視線を送る白刃君。
ほら、お仲間がピンチだよ。
救けに入ってあげな。
視線の先には二人の女の子。
しかし、どうやら助けに入る気は無いらしい。
そこで戦意を喪失させる白刃君。
……弱っちいな。打たれ弱い!
もうちょっと、精進しな。
私の戦いを、そこで目に焼き付けろ。
そして、最後に殺してあげる。
さ、次はどっちかな。
当然、あの女の子たちも参戦するよね。
チアガールって雰囲気では無いもの。
槍を振り回していた子が、ゆっくりと近づいてくる。
一番強そうなあっちの子はやっぱり一番最後か。
じゃ、まずはこの槍使いだ。
「白刃、だよな?」
その槍使いが確認するように言ってくる。
私の戦いぶりを見て、そこに思い至ったのか?
という事は、あのゲーム内での知り合い……?
「槍使い……? でも、女の子なんて居たかな?」
記憶に無い。
「思い出して見ろよ」
槍を構えながら偉そう言う槍使い。
「槍使いってだけで不快だ」
その構え、その口調。
あの男にそっくり。
突っ込みながら剣を伸ばす。
避けるその先へ右足で蹴り。
躱され、背後に回られる。
自分の脇を通し、剣先を背後に向け突き出す。
が、弾かれた……その勢いそのままに反転。
流れのままに剣で殴り掛かる。
身を低くして避けた、その先を左で蹴り上げる。
しかし、その蹴りも防がれ、そこで初めて相手の反撃。
伸びて来る槍を身体を捻り避ける。
……おかしい。
動きを合わせられている。
一瞬、頭に疑問が浮かぶ。
その隙に相手が間合いを詰めてくる。
上段から振り下ろされる槍。
半歩、身をずらし避ける。
追いすがるような突きを剣で捌く。
そのまま槍を反転させ、石突を横薙ぎに払ってくる。
一歩下がり、背を向けた所に剣を……。
いや、罠だ。
更に一歩下がって間合いを開く。
相手も同じく槍を引きながら下がる。
そこに至り、改めて相手を確認する。
凹凸の無い体つきの女の子。
なんとなく何処かで見たこと有るような……。
戦いから意識が外れた瞬間に、私の視界に色が戻る。
その女の子の髪は赤く……そう、それは私……シルエラの髪の色……。
じゃ、あの体付き……私の……?
シルエラでは無くって……現実の私じゃ無い??
え。
そんなの知ってるのって……一人しか居ない訳で。
……それならばあの槍捌き……説明が付く。
「まさか……」
手の剣先が下がる。
そんな事が有るの?
「ファイナルランサーか!?」
思わず叫び声が出ていた。
ハルト……ハルト!?
しかし、そう呼びかけられた女の子は露骨に眉を顰める。
……あれ?
「違う……の……か?」
只の……偶然?
「……いや」
目を反らしながら彼女が言う。
「……ん?」
どっち……?
「違わない……」
違わない……。
違わない!
ハルトだ!
「が……その名は捨てた!!」
「そっか……」
ハルトか。
何で女の子?
「色々と聞きたいことはあるけれど……」
私は剣を構え直す。
「まずは、死ね!」
話はそれからだ!
話、する気あるよね?