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やっぱりムリ ―― ヘクト⑪

「あ……」


 一階に下りるとマーカスと鉢合わせ。


 ……気まずい。


「よう」


 向こうは何も気にしていない風に手を上げる。


「久しぶり」


 私はそそくさとカウンターの中へ回りコーヒーの準備に取り掛かる。

 マーカスのカップは……空か。


「いる?」

「ん、いや、もう出るから」

「そう」


 サイフォンの音だけが水月に響き渡る。


「非道い……有様だったらしいな」


 マーカスがポツリと呟く。


「ん、うん」


 ミリッタの屋敷の事だろう。


「こっちこそ、何か迷惑かけたみたいで……ごめん」


 ハルシュの事だ。


「……悔しくてな」


 そのマーカスの独白にサイフォンを見つめていた瞳を上げ、彼に向ける。


「アイツがしたことは……本当なら俺達がやらなきゃいけないことだ」


 ◆


 今回のミリッタの事件に際し、マーカスは何も出来なかった自分の無力を痛感していた。


 彼はエクリプスと言う組織の一員になった後も、どこか他人事のように思っていた。


 NPCの少女たちの為に心を痛め、ヘクトの為に憤るノゾミ。

 普段は表に出さないその感情の奥にある仲間への熱い思いを見せたクレイグ。

 激情に突き動かされるままなりふり構わないハルシュ。


 多分に美化されているのであるが、それはマーカスの目に綺羅星の如く映った。

 大して自分は何をした?

 何が出来た?

 そう、自問する。


 仲間を救うために知恵を絞る。

 己の信念の為に行動する。

 立ちはだかる壁を打ち砕く。


 そのどれか一つにでも、全身全霊を傾けただろうか、と。


 ◆


 そう呟いたマーカスに、私は掛ける言葉が無かった。


 もし、私がこの手でこの件を解決していたら、多分、跡形もないほどにあの男を打ち据えていただろう。

 それで私は救われただろうか。

 わからない。

 ただ、獲物を取られた、と言う思いも同時にある。


 私は、ハルシュに何を言えば良いのか……わからないのだ。


 ありがとう、なのか、何してくれたんだ、なのか。


「強くなるしか無い」


 結局はそれしか思いつかない。


「そう……だよな。良し、行くか。ここで座ってても強くはなれん」


 マーカスは吹っ切った様に言って立ち上がる。


「いってらっしゃい」

「おう」


 カランコロンとドアの綺麗な音を残し出て行ったマーカスの背中は、以前より少しだけ頼りがいのある仲間の様に思えた。


 ◆


「いや、意味わかんないし」


 カウンターのミカが、私の決意を全否定する。


「何で好きな人に会いに行くのに強くなる必要があるの?

 普通に連絡取って会えば良いじゃん。

 会って、ありがと! って言ってハグすれば良いじゃん」


 至極真っ当な意見に私の口がへの字になる。




 マーカスが出て行った少し後、カウンターでコーヒーを飲む私の元にノゾミ、続いてミカが現れたのだ。


「彼にお礼、言った?」


 私の横に腰を下ろしながら何気なくノゾミが言う。


「いや……まだ」

「……お礼は早いほうが良いわよ?」


 そうなんだけれど、何を言えばいいかわからないのでさっき一旦棚上げにしたばかりなのだ。


「そのうち。そう、アイツに見合う強さを手に入れてから……」

「……え?」


 私の返答にノゾミが困った顔をする。


「何の話?」


 カウンターでお茶の準備をしていたミカも口を挟む。


「ヘクトが、意外と奥手って話」


 そう言って簡単にノゾミが事の経緯をミカに説明する。


 私はそれを俯きながら顔から火が出るような気持ちで聞いていた。

 で、先程の反応である。




「ま、何というか、私達には理解できない世界でもあるんじゃないかしら。

 私にとって貴女達の格好が未だに正視できないのと同じ様に」

「あら。失礼ね。ちゃんとノゾミの分も用意してあげるわよ」

「……結構よ」


 この二人、少し仲良くなった気がする。

 私という共通のおもちゃを得て。


「兎に角、私は獲物を取られた立場なの! そのケジメは付けなきゃいけないのよ!」


 自分でもよくわからない事を口走っていた。

 一体ケジメって何だろう。


 ノゾミとミカが顔を見合わせて苦笑いしていた。


 ◆


「ホント、何なの? そのもどかしさ!」

「中学生みたいでーす」


 そして当然のことながら、現実リアルでも否定される。


 髪を切るついでに、ミツルとそのアシスタントの桃川ももかわ緋永晶ひえらちゃんと飲みに来たわけで。

 今までさんざんクダを巻いてきた手前、ハルシュに再会したことは話さざるを得ず。


「え、赤須さん、私よりお姉さんですよね?」


 と桃川ちゃん。


「この子はね、三年引きこもってたからその分差し引いて考えないとダメよ」


 とミツル。


 三年じゃない。

 二年ちょいだ。


 そう言いたいが、私の口はへの字になったまま動かず。


 何でみんな否定するわけ?


 そんなの、会いにいける訳、無いじゃん。


 だって、私の名前呼びながらすっ飛んできたんだよ?

 恥ずかしい。

 どんな顔すれば良いのよ。


「でも凄いですね。これだけゲームがある中で偶然の再会とか。ちょっと、素敵です。そこだけは」

「あ、アンタもやってるって言ってたわよね。男探し?」

「そう言うのは要らないです。ただのストレス解消でーす。接客の疲れをあっちでチヤホヤしてもらって解消するんでーす」

「ああ、そりゃ大事ね」


 美容師同士、思うところがあるらしい。


「ミツルさんもやったらどうですか? あ、私がやってるゲームは教えませんよ? 特定されたくないんでー」

「やらないわよ。男は生身。そう、生身!」


 相変わらず肉食系だ。


「そう言えば、言ってたイイ男、どうなったの?」

「今、狙いを定めてるわ。

 女と違ってアプローチが難しいのよ!」


 女だって簡単じゃないよ!


「いやー、あの人は難しいと思いますけどねー」

「よし。今度私も見に行こう」

「まずは、飲みに誘う所からね……。あ、その時はどっちか付き合いなさいよ」

「「えー」」


 どうやって口説くのか興味はあるけども、目の前で男が男を口説くさまを見るのは……あれ、意外といい経験かな?

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