再び鷲掴みにされる ―― ヘクト⑩
ログインして一階へ下りるとノゾミがカウンターに立っていた。
「おはよう」
何事も無かった様にノゾミが挨拶をする。
「おはよう」
私はそれに笑顔を返す。
「コーヒー、飲むわよね?」
「うん」
カウンターに座り、ノゾミの淹れるコーヒーを待つ。
無言でコーヒーを淹れるノゾミ。
やがて、コーヒーの匂いが立ち込め、それがカップに注がれ、私の前に置かれる。
「おいしい」
一口、口をつけてそう感想を伝える。
それにノゾミの笑顔が返ってくる。
「この前の件」
たっぷりと、時間を置いてからノゾミが口を開く。
「全部、終わったわ」
そっか。
それは良かった。
大変だったんだろうな。
すごいな。
ノゾミは。
一人で終わらそうとか、思い上がっていた私はなんだったんだろう。
「すごい」
そう、口から漏れた。
「……そうね。全部、一人で片付けて行ったわ」
ん?
顔を上げ、ノゾミを見る。
少し、自嘲気味の笑顔。
「誰が?」
「あれ? 貴女が呼んだんじゃ無いの?」
「誰を?」
目をしばたたかせるノゾミ。
「貴女の一番星」
「え?」
一番星?
何だ?
その顔から火が出る様な揶揄は。
「はい。これ」
そう言って、小さなハコをカウンターの上に置くノゾミ。
それは……ハルシュが私に渡そうとした物と同じに見えた。
偶然?
「預かり物よ。貴女に渡して欲しいって」
え。
「何で?」
「何でって、こっちが聞きたいのだけれど。
てっきり貴女が助けに呼んだんだと思ってた」
「え? ハルシュが? 何したの?」
何が起きた?
「……盾座から情報を引き出して、乙女座の女王を押さえつけて、ミリッタを確保した。
ついでに牡牛座で暴れたらしいけど」
掻い摘んで説明された所で意味が全くわからない。
何であいつがそんな事をしてるんだ?
「私達の障害を全部取り除いて行った。いとも簡単に」
ボストークとの交渉、それは、まあ、わかる。
多分、脅迫に近いような事をしたんだろう。
乙女座は、そこから間接的に圧力でもあったか。
そしてミリッタを捉えた。
人の獲物と知って、掻っさらいに来たのか?
「もっとも、口止めされてるんだけどね」
「口止めするくらいなら、バレない様に動くでしょ」
そう言う奴だ。
「そう思ったから全部言って見た」
ノゾミがいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「牡牛座は何だろう」
それだけわからない。
「マーカスの居場所を聞き出そうとして、自由騎士団に乗り込んだらしいわ」
「マーカスの?」
「その後、盾座に居た私とマーカスの所へ飛んで来た。
『てめぇ! ヘクトに何をしたぁあぁぁぁあぁ!』って。
あれは、映像に残すべきだったわね」
顔から盛大に火が出た。
……とんだとばっちりだ。マーカスも、その自由騎士団も。
どこでそんな勘違いに至ったのだろう。
どうしよう。
マーカスに顔を合わせたく無いなぁ……。
「愛されてるわね」
頭が爆発した。
◆
私の顔面の火事が鎮火するまで、たっぷりと時間を置いてから気がかりを尋ねる。
「ミリッタの所に、捕らわれていた……」
そこで言葉が止まる。
ノゾミはその存在を知っているのだろうか。
ひょっとしたら、今も……。
「女の子達は、ガウラって人が保護したわ」
「え? ガウラってあの、おじいさん?」
私の尻を触ったエロジジイ。
「裏ギルドの中興の祖、今は引退して好きにやってるみたい」
「へー。そんな所へ預けて平気?」
「義理人情に厚く、女子供の味方。らしいから大丈夫なんじゃ無いかな。
アーミラリも目を向けると言ってるし」
エロジジイだけどな。
「そんな訳で、ま、一件落着。
珍しくアーミラリもご満悦。
ヘクトのお陰ね。
これからもよろしく!」
「え、っと」
「ん? 何? 辞める気だった?」
そう。
そうだったんだけど……。
「ううん。よろしくね」
やっぱり、この場所は、少し好きだ。
それから、アイツも。
「ほら、チョコ受け取って。報告しないといけないんだから」
「あ、うん」
私はカウンター越しにノゾミが差し出す小箱を受け取る。
◆
アラタは、ログインし、少し気落ちしながら一階に下りた。
昨日は結局ノゾミからチョコを貰えなかった。
それどころか忙しなく動くノゾミと会話をする事すら、ままならなかった。
しかし、そのアラタが一階に下りた時に目に飛び込んで来た光景は、今まさにノゾミがヘクトにチョコを手渡す場面。
二人とも、嬉しそうな顔で。
混乱の中、アラタは二階へと引き返した。
◆
しかし、バレンタインか。
どう言うつもりなんだろうか。
アイツが女の子で、私が男の子の認識だから間違いでは無いだろうけど。
と言うか、私が渡すべきだったか。
……お返し、考えよう。
それよりも、だ。
優先すべき最重要課題が沸き起こった訳で。
「報告ってさ、アイツとフレになったの?」
ノゾミに尋ねる。
「うん。色々使えそうだしね!」
「消して」
「え?」
「消して」
「え、ちょ、落ち着いて?」
「すぐ消して」
「メイス、メイスしまって!」
美人を近づける訳にはいかないのよ?
ーー人形使い編 完