表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/57

女として ―― ハルシュ③

 街道を進む荷馬車の一団を、上から追い越す。

 行商では無いのかな?

 何か、武装したのが何人か荷台に乗ってる様な。


 まあ、いっか。


 先頭を追い越し進む。


 抱えたノゾミが腰に回した手をトントンと叩く。

 何だ?

 速度を落とす。


「何か、叫んで手を振ってるわよ」


 ファンかな?


「何だろう」


 振り返り、その姿を視認する。


「知り合いだ」


 一団の先頭にジジイが居た。

 名はガウラ。

 冒険者ギルドで傭兵をして居る所を俺が身請けした奴。

 生きてたのか。


「呼んでるな」


 叫び声がする。

 急いでんのに。


 仕方ない。


 少し戻り上から話しかける。


「久しぶりだな。ジイさん」

「お主らどこに行くんじゃ?

 暇なら力を貸せ」


 は?

 何だ?

 いきなり。


 馬車で進むジジイに合わせ飛ぶ。


「悪いけど暇では無いんだよ。

 これから殴り込みだ」

「……助っ人か?」

「ん?」

「あの鬼の様なねーちゃんに先を越されたのかの?

 その手助けじゃ無いのか?」

「ジイさん、話が見えない」

「お主、アーミラリのパシリじゃな?」


 そう言ってノゾミを見る。


「パシリでは無いわよ。関係者だけど」

「昨日の朝、ワシと一緒にいたねーちゃんの仲間じゃろ?

 軍服みたいな珍妙な服を着た」


 ヘクトだ!


「ジイさん、その話、詳しく聞かせろや」

「ん? 聞いておらんのか?」

「何も……聞いてないの」

「……あの屋敷でな、見たんじゃよ。囚われた……女子おなごを。

 それなりの場面は見て来た儂でもな、思う所が有ったからの」

「その後、ヘクトはスピカへ来たのね……」

「そうじゃな。それでどうしたんじゃ?」

「激昂して……ソイツを殺そうとしたから……止めたわ」

「……そうか。良い友を持ったの」


 ふーん。


「で、ジイさんは何を?」

「何って、カチコミじゃ」

「まさか、この大人数で?」

「え、ミリッタの所へ?」

「そうじゃ。あの外道はな、許せんじゃろ。人を集めるのに丸一日かかった。

 全く、何が掻き入れ時じゃ。

 金より大事な物があるじゃろうて!」


 どう言う事だ?

 そして、このジイさん、本当に何者なんだ?


 いや、それよりも。


「成る程。目的は一緒な訳か。

 どうする?

 一緒に行くか?」


 ノゾミに尋ねる。


「そう……ね」

「そうか。ジイさん、悪いけどこの二人も運んでくれ」


 馬車を引く馬の上にノゾミとブリードを下ろす。


「構わんが、お主……まさか」

「先に全部終わらせてやるよ!」

「「「なぁ!!」」」


 荷物は、無くなった。

 ヘクトを泣かした奴もわかった。

 もう、止まる必要は、無い。


「殺せば良いんだよな?」


 ノゾミに確認。


「え、ええ」


 よし。

 たっぷり痛めつけてから殺ろうか、後ろからこっそり殺ろうか。


「屋敷の横の倉庫に地下室がある。

 そこは、潰すなよ。

 他にも何かあるかもしれん。

 周りに気を配れ」

「了解ー。じゃ!」


 さあ、殺ろう。


 ◆


「こんちわー」


 正面から、堂々と乗り込んで見よう。

 客人として。


 ま、こうやって時間稼ぎしてる間にガウラ達も来るだろうし。

 こう言う奴って、自分がどれだけ嫌われるか思い知った方が良いんだよ。

 周りは敵だらけ、そう自覚して、死ね。


「どちら様ですか?

 何か御用で?」


 玄関を開け使用人の様なNPCが出て来る。


「えーっと、レタスって人の代理で来たってご主人に繋いで貰えますか?」

「……少々」


 屋敷の中へ消える使用人。

 しかし、立派な屋敷だな。


「どうぞ」


 使用人が俺を中へと案内する。


 ◆


 ミリッタはその来訪者に少々困惑した。

 今日、注文の品を全て引き上げ、レタスには舞台から退場してもらう。

 そのつもりであったからだ。


 どうやって、退場するまでPKを続けるか。

 方法は色々と考えた。


 しかし、目当てのレタス本人は現れず、代理だと言う女が来た。


 空飛ぶ槍使い。

 英雄と言うスキルを持つトッププレイヤー。


 レタスは自分の企みに気が付いた?

 いや、それは無い。

 では、本当にトラブルか?

 それとも、こいつも引き入れる?


 目的は、何なのだろうか。


「すいません。突然に。レタスのアホがトラブっちゃって」

「いえいえ。そう言う事でしたら、仕方有りませんね」

「良い屋敷ですね」

「そうですか? 田舎なので何かと不便で」

「いえいえ。羨ましい限りです。

 私も、こう言う家が欲しくて。すごいなー」


 そう言ってハルシュは紅茶に口を付ける。


「で、あの薬、何に使ってるんです?

 こんなに儲かるなら一枚噛みたいな」


 そう言う事か。

 こいつは、光によって来た虫だ。

 意外と俗物の様だな。


 ミリッタは目の前の女をそう断ずる。


「私はただ、商売をして居ただけですよ」

「すごーい。きっと才能ですね!」

「とんでもない。運が良かっただけですよ」

「あんな大きな倉庫まで。あの倉庫ってお酒が置いてあるんですか?」

「そうですね」

「すごーい。あの、不躾で、申し訳無いんですけど、半分、貸して貰えたりしないですか?」

「貸す?」

「いえ、ちょっと、ゲスい商売をしようかなーなんて思ってまして、ね」

「ゲスい?」

「ま、出張サービス的な? 可愛い男の子、結構需要あるんですよね」


 一部に。


 ハルシュは心の中でそう付け加える。


「成る程! そう言う事ですか。

 それでしたら、倉庫を案内しましょう」


 こいつは、使える。

 バカな女だ。


 ミリッタは、そう判断した。


 ◆


 簡単に釣れたな。


 上機嫌で倉庫へ案内するミリッタに付いて歩く。


 本当にこんな小物が?

 人違いじゃ無いのか?


 あれ?

 忍び込む家間違えた?


 いや、レタスで通じたしな。


 そうか。

 全て、この美少女の魅力だな。


「一応、表ではワイン商と言う事でして、ここから隣町へ卸してます。

 元々この辺りはワイン産地らしいのですが、それでは足りず外から買い付けてます」

「すごーい」


 この一言で大抵片付く。


 この言葉、すごーい。


 今度ピエラあたりにちゃんと教えて貰おう。


「なので、スピカに倉庫を移そうかと思って居るんですよ」

「そうなんですか。すごーい」


 倉庫の扉を開けようとするミリッタに畳み掛ける。


 ……露骨過ぎたか?


「……ま、これくらい誰にでもできますよ」


 鼻の穴を広げながらミリッタが振り返る。


「すごーい」


 飽きて来た。


 鍵のついた扉を開け、暗い倉庫の中へ入って行くミリッタに続く。


 得意げにワインの説明をしだすミリッタ。


 ……成る程。

 地下室、か。


 気配察知のスキルが、地下に弱々しい気配を感じ取る。

 それも、複数。


「ひょっとして、地下室も有ります?」

「おお、わかってしまいましたか!」


 ◆


 もし、ミリッタがハルシュと言うトッププレイヤーに煽てられ、気を良くして居なければ。

 或いは、昨日行われた晩餐会で貴族達のお世辞に酔わされて居なければ。


 結果は違ったかも知れない。


 しかし、地下室へ続く扉の鍵が開いている事に大して気にも止めず、ハルシュを地下へと招き入れてしまう。


 明かりを付け、自慢のコレクションを見せびらかしてしまう。


「……成る程」


 それに対し極めて醒めた声でそう呟いたハルシュのリアクションは、ミリッタの期待したものでは無かったが、その言葉を肯定と捉えた。


 ◆


「……成る程」


 これが原因か。

 ヘクトはこんな物を見てしまったのか。


「ここは空気が、悪いですね。外へ行きましょう」


 返事を待たず、俺は階段を登った。


 そして、外へ。


「もし、使いたいと言うのであればお貸ししますよ。場所も、道具……」


 その言葉を男が言い終わる前に振り返り、右足を振り上げる。


 完全に油断したその男の股間に右足がめり込む。

 どれだけダメージになっているか定かで無いが、男の表情が変わる。


 その顔にウミさん特製の状態異常の薬を投げつける。


 暗闇と、麻痺。


 男の体が傾きそのまま地面に倒れ込む。


 どうやって殺そうかね。


 いっそ、このままあの地下室へ投げ込んだらどうだろう。


 そうすれば彼女達の怒りがこの体を切り刻むのでは無いか?


「何をしてるんだ!」


 屋敷から人が出て来た。


 無言で睨みつける。


 ……身を呈して主人を助けようと言う使用人は居ないらしい。


 やがて、馬の足音が響いて来る。


 連中が着いたか。


 こちらに気付き、走り寄って来るノゾミとブリードに手を上げる。


「これは……?」

「薬で動けなくした。……譲ろうか?」


 踏み付けながら尋ねる。


「ええ」


 ノゾミは冷たい目で答え、拳銃を両手で持ち横たわる男の背を蜂の巣にした。

 男は粒子になり、消えて行った。


「それで、地下室と言うのはこの中かい?」


 ブリードが問う。


「ああ。見ない方が良いぞ」

「そう言うわけにも行かないだろうさ。私達の売ったものが何をしたのか。

 それは、目を逸らしてはいけないだろう」

「逸らしたっていいさ。

 道具に善悪は無い。

 使う奴に善悪があるんだ」

「私は行くわ。ヘクトが何を見たのか。

 私は知らなきゃいけないの」


 そう言ってノゾミは静かに倉庫の中へと入って行った。


 ブリードは留まる事を選択したらしい。


「一体何があったんだ?」

「女が、監禁されて居た」

「成る程。見ない方が良さそうだ」


 それでも見る事を選んだノゾミはどう思うのだろうか。


「終わったのか?」


 ジジイが仲間を大勢引き連れて来た。


「ああ。悪いな。こんなに無駄足にさせちまって」

「いいや、まだやることはあるでな。まずは屋敷からじゃ!」

「「「「「「「「「応」」」」」」」」」」


 ジジイの声に太い声が答える。

 みんなデカイ木槌を手にしている。


「何をするんだ?」

「屋敷も、倉庫も取り壊すんじゃ」

「成る程ね」

「下の女共は、儂らが一度保護する。

 帰る家がある者は帰す。

 行く宛が無い者は面倒を見よう。

 なるべく真っ当なやり方でな」

「そうか」


 轟音を響かせながら屋敷の解体が始まった。

 その前に絵画など金に成りそうな物を運び出しているあたり、狡いというか、流石と言うか。


「……人間って、残酷ね」


 青い顔をしたノゾミが倉庫から出て来た。


「人間で一括りにするな。

 後はガウラ達に任せようと思う。

 彼女達を含めて」

「そう……」

「心配するな。全員儂の嫁にしてやるわい」

「……面白くないわよ。その冗談」

「そうかの?」


 ガウラだけ、下品な声で笑った。


 ◆


 屋敷から離れ、それが壊される様子をぼんやりと眺める。


「しまった。もう、こんな時間か。

 すまないが、仕事に差し障るのでこの辺で失礼させてもらう。

 ノゾミ、これまでの無礼、そして、薬の件、謝罪する。

 少し、考えを改める必要が有りそうだ」


 そう言って、ノゾミに頭を下げた後、ブリードは転移で消えた。


「今日は、徹夜かしらね……。月曜から最悪」

「ま、頑張れ」

「貴女は?」

「休職中でさ。好きなだけ寝てられる。もう暫く屋敷を眺めてる」

「そう。

 今回ありがと。

 ヘクトに言っておくわ」

「……いいよ。そんな風に恩を売りたく無いから」

「いいの?」

「…………さり気なく言っておいてくれ。さり気なく」


 そう。

 さり気なく。

 ふとした瞬間に気付くサプライズ的なドラマチックな展開になる様な感じで。

 そうでもしてもらわないと、多分本当に気付かれない。


「あ、そうだ!

 これ、アイツに渡してくれないかな」


 受け取って貰えなかったチョコを取り出す。


「自分で渡せばいいじゃ無い」


 お前さ、簡単に言うけど、これでもう一回拒否られてみろ?

 俺、死ぬよ?


「良いから渡して。俺からとか言わなくて良いから」

「わかったわ」

「……受け取ったら教えてくれ。俺からとか、言わなくて良いから。

 可憐な槍使い程度で濁しておいて」


 そう言って、ノゾミにフレンド申請をする。


「……わかったわ」


 それを受理しながら曖昧に頷くノゾミ。


 美人の連絡先がまた一つ!


「この先、貴女と敵対しない事を祈るわ。

 それじゃ」


 そう言って小さく手を振りノゾミが消えて言った。


 屋敷に続き、倉庫の解体作業も始まった。


「よう。有名人」


 後ろから声を掛けられる。

 敵意は感じなかった。

 振り返るとニヤケ顔のパーマ頭の男が立って居た。


「ナンパに応じる気分じゃ無い。消えてくれ」

「そんな事言うなよ」


 肩をすくめながら隣に腰を下ろす男。

 そして、ビールの瓶を差し出す。


「盛者必衰。人間、真っ当に生きるのが一番だな」


 解体作業を見ながらそう呟き、ビール瓶を傾ける男。


「真っ当に生きてても恨みは買うけどな」


 今回の事で俺は奴から恨みを買った。

 暫く周りの仲間と離れた方が良いだろう。

 あの類は、何をしでかすか分からない。

 面倒事に巻き込みたく無いのが本音だ。


「真っ当に生きてりゃ、その分感謝される事もあるだろ。

 そいつは、俺からの感謝の印だよ」

「お前に感謝される覚えが無いんだが」


 渡されたビールの栓を開ける。


「恨みと性病以外は貰っておいても損はないだろ?」

「そりゃそうだ」


 ビールに口を付ける。

 よく冷えていた。


「名前は?」

「那須与一」

「弓の名手か」

「狙った的は外さない。どんな女も落として見せる」


 そう言って下品に笑う。


「そりゃ、羨ましい」


 少し距離を置いて座り直し、そう返す。

 私が狙いじゃ無いわよね?



 ◆


「お待たせ」


 鉄格子の外から掛けられた声にミリッタは顔を上げる。


「さて、通常はペナルティでLPロストか懲役かを選べるのだけれど、今回は私の権限で強制的に懲役にして貰ったわ。

 えーっと……諸々合わせて8,000時間か。

 たっぷり有るわね」


 抗議をしようにも口に拘束具を嵌められ何も言う事が出来ない。


「でもね、そんな刑期を縮める方法があるの。

 禁固にプラスして、他の刑も同時に受ければそれだけ早く娑婆に戻れるわ。

 良かったわね。

 ん? 何か心配?

 大丈夫よ。

 貴方があの子達にした事に比べれば可愛いものよ。

 きっと」


 そう言って、氷の様な笑みを浮かべるノゾミ。

 心の底から嬉しそうに。


 これから、彼女による拷問、もとい、刑の執行が行われる。

 それはミリッタがログインしている間中、絶え間なく。


 人形使いと呼ばれたプレイヤーはその日以降ゲーム内に出現する事は無かった。


 その後のアーミラリの調査により、過剰に金や人を貢物として受けっていた疑いがある十人以上のNPCがヴィルゴ王国の警察機関による取り調べを受けることとなる。

 その中には、乙女座女王の傍系で継承権のある公爵も含まれていた。

 にわかに持ち上がった真珠姫への婿入りは、相手ミリッタの悪事が明るみになるとともに消滅し、彼女は人知れず安堵の涙を流した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ