昔も今も ―― ハルシュ②
「レタスを呼ぶぞ」
重い沈黙の中、ボストークがそう断言した。
レタス。
違法薬物を流していたプレイヤー。
ボストークは、客の情報を売ることに決めたのだ。
「力でねじ伏せられる訳か」
ブリードが、自嘲気味に笑みを浮かべながら言う。
「アイツは、交渉の土俵を用意した。
それに乗らないのは……こっちだろ」
「乗らない相手は無理矢理にでも引きずり上げる、か」
「何がそんなに気に入らないか知らないが、決して悪い取引じゃあ無いからな?」
白紙のスキルチケット。
レア中のレア。
好きなスキルが手に入る。仮にそれが、非売品だとしても。
生産者なら誰でも喉から手が出るほど欲しいだろう。
むしろ、そんな物があると知れれば、それを取り合って身内で争いが起き兼ねない。
そんな、余計な爆弾を押し付けられたとも言える。
降って湧いた新たな問題に、ボストークは頭を痛める。
「私は……そうか。
意地になっていたのだな。
こうして作り上げた、この場所を守ろうとして。
そう。
ここは私の場所だ。
それを土足で踏み込んできたような、そんな、気分にさせられた。
そう言う事なんだろう」
ブリードが、静かに己を分析する。
「それだって、ハルシュの助力があって出来たことだろ?
言わば、アイツだって身内なんだよ」
「君は古い付き合いだろうから、そうかもしれないがな……」
そこでブリードは小さく溜息を吐く。
「断ったら、どうなると思う?」
「言ったとおりだろ? この島が無くなる」
「……そんな事出来るのか?」
「出来るから言ったんだろ。方法はわからんさ。でも、そういう事を平気でするし、言ったことは、やる。そう言う奴だ」
「そうやって、半年かけて実を結んだ努力が一瞬で無に帰るか。クックックッ、成程、理不尽だな」
「たった半年、だろ。多分、アイツは五年越しの思いを秘めて動いてるぜ?」
そう言ってボストークは笑みを浮かべる。
飛び込んできたハルシュがヘクトの名を叫んだことで、それは、確信に変わった。
「何だ? それは。興味があるな」
「昔の話だよ」
そう言いながらボストークは棚からワインの瓶を一本取り出した。
◆
部屋に入ると既に全員揃っていた。
そして、見知らぬ顔があることに気付く。
「賢明だ」
交渉成立、そういう事だろう。
「この場で質問に答えさせる。
その後、ブツをもらう。
それで良いな?」
「良いよな?」
ノゾミの問う。
「私はそれで構いません。
場合によってはそのまま彼の身柄をNPCに引き渡します」
その言葉に、ブリードとボストークの間に座った男が顔を引き攣らせる男。
「質問は任せる」
ノゾミの横に座りながら彼女にバトンを渡す。
「では、単刀直入に。催眠系の薬物は二月一日を持って製造、販売禁止になりました
知ってますね?」
頷く男。
「それ以降、販売したことは?」
男は首を横に振る。
「それ以前は?」
「ある」
「その中にPKプレイヤーは?」
そこで、男は沈黙する。
「言っちまえ」
ボストークが促す。
「それを言うと俺が殺されかねないんすよ」
「自業自得だ。早く言え。今、死にたくは無いだろ?」
そいつを睨みつける。
「……ミリッタ」
その名で良かったのか、ノゾミが頷く。
「次の取引は何時だ?」
ボストークが尋ねる。
想定外の質問だったのだろう。
男が目を見開きながらボストークを見る。
「お前、ここ数日、大量に作ってただろ? 依頼人はそのミリッタか?」
男が舌打ちをする。
「そうだよ。今日、この後ヤツの家に納品に行く。そう言う予定だよ! クソが。人の商売邪魔すんなよ。ハゲ」
「真っ当な物を扱うんなら邪魔するつもりはねーよ」
「製造販売禁止とか勝手に決めたことじゃねーかよ」
「痴話喧嘩は後にしろ」
二人を睨みつける。
「そう。今も作ってるのね。レタスさん、貴方を違法薬物製造の現行犯で逮捕します」
「クソ」
「但し、先程の証言をそのままNPCに言ってくれるなら、その分、刑を軽くします」
「何だそれ」
「司法取引。本命はアンタじゃないのよ。報復なんか気にしなくていいわ。二度と貴方の前に現れないようにしてあげる」
「そんなこと出来んのかよ」
「貴方の態度次第。誠意を……見せろ」
仮想ウインドウを操作しながら、最後は冷たく言い放つノゾミ。
「じゃ、監獄に転送します」
「待て」
全員が俺を見る。
俺にも質問がある。
「お前、惚れ薬とか作れない?」
その問い掛けに答える前に男の姿は消えた。
ノゾミを睨みつける。
「冗談ならもっと面白いものを用意しなさいよ」
相変わらず仮想ウインドウを操作しながら睨み返すノゾミ。
冗談では無いんだよ!
クソが!
「一応言っておくが、その類も禁止された。もっともどれだけ効果があるかは分からないが」
そうブリードが付け加える。
そうですか。
「それにしても、アンタ、何者だ?」
プレイヤーの癖に、逮捕とか。
「特務機関エクリプス。君の嫌いな全天二十一の王の元に作られた組織、だったかな?」
ブリードがノゾミに確認するように尋ねる。
「少し違うわ。王たちが作ったアーミラリって組織の更に下。その主たる任務は、プレイヤーからこの世界を守る事」
へー。
そんな奇特なことをしてる連中が居るのか。
「あれ? ヘクトも?」
「そうよ」
アイツ、そんな面倒な事してるのか。
「ちなみに貴女、私達の監視対象だから。それもとびっきりの」
「は? 何で?」
「何でって……自分の胸に手を当てて考えて見なさいよ」
「小さな胸しか無いよ?」
とびっきり、残念な。
「面白く無いわよ?」
「まあ普段の行いの所為だろうさ。クックックッ」
「至極真っ当に生きてるんだが」
俺の返答に三人が三人、呆れた顔をする。
……解せぬ。
「で、コレが約束の品」
二人の前にスキルチケットを置く。
「おお、済まないな」
ボストークが嬉しそうに手に取る。
「何故、君が受け取るのだ?」
「いや、流れで」
「それは、一旦私が管理する。その上でレタスに渡すか検討する」
「いや、管理するだけなら俺が持ってても良いだろ?」
「信用できないと、暗に伝えているんだが?」
なんか、欲望丸出しで揉め始めた……。
「どう言う事よ!」
ノゾミが突然大声を上げる。
キョトンとする三人。
「ノゾミです。証言は取れたんですよね!?」
憤りながら通信を始める。
「は? 横槍って……そんな承服出来ません! 出来る訳、無いです。第一、誰が……じゃ、その女王を説得して下さい! しろ! まっ……」
通信が切れたらしい。
「……乙女座の、女王から圧力がかかった」
顔を伏せながらノゾミが小さく呟いた。
「乙女座、ね。そのミリッタてのは、そんなに良い男なのか?
あの女王を、たぶらかすほどに」
「甘かった……」
次はあの女王か。
「転移、スピカ」
◆
「貫く投槍」
投げた槍は一直線に、乙女座の王宮へ。
風取りの為だろう、開け放たれたガラス窓の隙間を抜け、カーテンを引き裂き、女王の顔の横をすり抜け、壁に突き刺さる。
後を追い、ガラス窓へ。
驚愕の瞳がこちらを見つめる。
悲鳴を上げないあたり、流石は、女王。
肝が座ってる。
窓を開け放ち一礼する。
「ごきげん麗しゅう」
「……何用じゃ。狂人よ」
「悪人を匿ってるらしいな」
「何の事じゃ」
「配下の組織が追ってる小悪党の事だよ」
「アーミラリの事か」
「それだ。心当たりあるんだな」
「この国でうろうろされたく無いのでそう言ったまで」
「取り下げろ。今すぐ」
「何じゃと?」
「病に臥せってる間に目が曇ったんじゃ無いのか?」
「無礼な」
「まあ良い。どの道、死ねば無効だろ?」
俺は銃を乙女座の女王へ向ける。
「こちらでも調べて問題無しと報告を受けている。
お主のその言い掛かり、どこぞの差し金か?」
「なら報告が捻じ曲がったんだろ。
頭が臥せって居たんだ。有り得ない話では無いだろう」
「……」
「何か、思う所が有りそうだな」
「ふん。ならばそのアーミラリが追うワイン商、潔白であったならばお主、ここに仕えよ」
「良いぜ。四六時中、付きっ切りで真珠の警護でも何でもしてやる」
「その言葉、忘れるで無いぞ! 誰か、誰かおらぬか」
女王は、ニヤリの笑った後、部屋の外へ人を呼びに行った。
俺は壁に刺さった槍をスキルで回収しながら急ぎ、その場を離れる。
証拠なんて、後ででっち上げれば良いし、駄目でも待ってるのは姫の警護。それこそ、風呂の中まででもお供いたしましょう。
どっちに転ぼうが、損の無い話だ。
直後、ブリードから通信が入る。
『許可が出たみたいだ。今、スピカのポータルに二人で居る』
「了解。転移、スピカ」
同じ街中を転移で移動すると、ノゾミとブリードが揃って出迎える。
「非常識、ここに極まれりだな」
「いやぁ」
「褒めては居ないのだがな」
褒めて良いのに。
「おかげでミリッタの逮捕命令が下りたわ。レタスの話通りなら今は家に居る筈。
ありがとう。後は任せて」
「案内して」
「え?」
場所、知らねーし。
「何で貴女が行くの? これは私達の仕事よ?」
「そいつの所為で、こっちも大ダメージを受けてるんだよ。許せるわけ無い」
大っ嫌いとか言われたんだよ!
メンタルボロボロなんだよ!
そいつの所為なんだろ?
そうに違いない。
「そう言う事だ。私も行く。どうあろうと、顛末は見届けたい」
そう言いながら俺の背に乗るブリード。
「飛ばすからな。振り落とされても文句言うなよ?」
「承知した。ま、下よりマシだろう」
俺達を見て何かを納得したノゾミ。
「……わかった。その代わり、邪魔しないでよ。
目的地はここより北、ヴァンデアミトリックス。
相手は、子供を使うPKプレイヤー。通称人形使い。
ひょっとしたらゴーレムとかも出てくるわ」
「生け捕りにすれば良いのか?」
「殺害していいわ。そのまま監獄行きになるから」
よし、ならば話は簡単だ。
「まさか、自分が荷物みたいに運ばれる日が来るとは」
ブツブツと文句を言うノゾミの腰に手を回し釣り上げ、空へ。
そして、街道を北上する。全速で。




