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闇の下の闇 ―― ヘクト⑧

 日付けが変わった。

 ログインした私はそのままレグルスに飛ぶ。

 終わらせよう。

 そう、決めた。

 相手は手段を選ばない。

 ならば私もそれなりの事をしよう。


 ノゾミ、怒るかな。

 ただ、この場所は、そう……守りたい。

 その結果、追い出されることになったとしても……仕方無い。


 そうなったら……とりあえず、ミツルを呼び出してクダを巻こう。

 そう言えば、そろそろ髪も切らないと。


 色々と考えてしまうのは、結局迷いがあるからだろうな。


 私は裏路地へと入って行く。


 短髪の見張りの男が私を見て、一歩ずれる。


 凄いな。

 一度見ただけで覚えるのか。


 扉を開け、地下へ。

 そこはバーの様な、裏のギルド。


 バーテンが一人と客が一人。

 いや、二人かな。


「御用向きは?」

「人を借りたい」


 私はカウンターの前に立ち、バーテンにそう注文する。


 座るつもりは無かった。


「アンタラさ、何を嗅ぎまわってんだ?」


 バーテンの代わりに奥に座る客が話しかけて来た。

 前も居た。


「お前に関係無い」

「無いんだが、迷惑だって奴も居るんだよな」

「それより人。鍵が開けられる奴」

「出払ってる」


 バーテンがそう答える。


「何だってそんな物騒な奴が必要なんだよ。

 真面目に働きなよ」

「女子供を攫うのが真面目な仕事か?」


 下らない軽口。

 挑発するつもりも無い。

 それは、分かっていた。

 ただ、受け流す余裕が無かった。


「そりゃ、商売ですら無いの。下衆の所業じゃ」


 もう一人の客、老人が軽口を言う。


「何をするつもりじゃ?」


 私の顔を見て尋ねて来る。


「あんたに言う必要が有るのか?」

「事と次第によっては、手を貸そう」

「お、オイ。オヤジ、止めてくれよな」


 奥の客、常にニヤケた笑いを浮かべて居た男から一気に余裕が無くなる。


「シマアラシはご法度だ」

「人攫いもじゃ」


 睨み合う両者。

 明らかに若い方が分が悪い。


「あんたらの内輪揉めを眺めている暇は無い。ジイさん、さっきの言葉本当か?」

「事と次第。言った通りじゃ」

「……ワイン商の家に忍び込む」


 ミリッタは獅子座の王宮に招かれて居て留守のはずだ。

 あの屋敷の何処かに人を隠している。

 もしくは、いた。

 それを暴き出す。

 正面から乗り込んでも良いけど騒ぎになると面倒。

 こっそりと忍び込めるならその方が良い。


 そして、ワイン商、その言葉に若い方が僅かに反応を見せた。

 ミリッタの正体を知っているのだろう。

 どこまで知ってるのかわからないが。


「よし、行こう」


 ジイさんが立ち上がる。


「オヤジィ、困るぜ。ただでさえ、組ごと消えてあちこちピリピリしてんのに」


「たわけ。侠気キョウキは何処に行った」


「そんな時代じゃねーんだよ。何でもヤルような連中がウヨウヨしてんだ。それともオヤジ、アンタ、戻ってきてくれんのかよ」


 意味の分からない三文芝居。

 私は立ち去ることにした。


「待て」

「オヤジ、頼むよ」


 なおも背後で言い争いが続く気配。


「……何も見ない、何も聞かない。そう言う事で良いな」


 階段を上る私を、結局ジイさんが追いかけて来た。


「腕だけ貸そう」

「そうか。名前は?」


 階段の半ばで立ち止まり、自己紹介。


「ガウラじゃ。お主は?」

「ヘクト」

「して、何処に行くんじゃ?」

「ヴィンデミアトリックス」

「遠いの。仕方ない。暫く、黙っとれ」


 ん?

 どういうこと?


 言葉の意味がわからない私の腰にガウラが手を回す。

 そして、そのまま、担ぎ上げられたと思ったら一瞬で景色が変わっていた。


 まず、鼻に強烈な匂いが飛び込んできた。

 それは、化粧品とか、香水とか、そう言った女性特有の匂い。

 それが、濃密に立ち込めている。


 それも、そのはずだろう。


 鏡台が並ぶ狭い、控室のような部屋。

 そこに十人近い女がひしめいている。

 それは華美な服を着ていたり、下着姿であったり。


「ジイさん! ここは使うなって言ってるだろ!?」


 ガウラが私を床に下ろすと同時に男の声。

 振り返ると、出入り口を塞ぐように男が立っていた。


「緊急事態じゃ!」


 そう言って、首を回し室内を観察した後、男の横を抜け部屋の外に。

 私は黙ってい付いていく。


「エロジジイが」


 苦い顔で、その男が呟いた。


 ◆


 街道に出て、そろそろ良いだろうと私は口を開く。


「アウバ?」

「そうじゃ」


 乙女座の歓楽街。

 ヴィンデミアトリックスの隣町。


 そこへ、一気に転移した。

 しかし、プレイヤーが使える転移ポータルは無かった筈。

 クローズポータルか。


 しかも、風俗店の控室に。


「どうやって二人一緒に飛んだ?」

「企業秘密じゃ」


 転移は、自分一人しか移動できない。

 ただ、抜け道が有るのか。

 魔法か?

 スキルか?


 いや、そんなことよりも、もっと重大なことが有る。


「どさくさに紛れて、お尻触ったよね?」

「手が勝手にやったことじゃ」


 こんの、エロジジイ!


「次触ったらその手、切り落とすから」


 ◆


 道々、掻い摘んでガウラに事情を話した。

 そして、私達はミリッタの屋敷を遠巻きに眺める。

 屋敷からは、わずかに明かりが漏れて居る。

 使用人が残っているのだろう。


「あっちじゃな」


 ガウラはその横。

 明かりの無い大きな建物を指差す。


「あれは?」

「酒を置いておく倉庫じゃろう」


 成る程。

 屋敷よりはそちらの方が隠しやすい、か。


 ガウラは静かに動き出した。


 音もなく、倉庫の扉に取り付き、あっさりと鍵を開けた。

 初めから開いていたのか、と思うような手際。

 あのジイさん、何者だ?


 手招きするガウラに急ぎ近寄り倉庫の中へ。


 木で出来た酒樽が整然と並ぶ。

 それは、どう見ても只の倉だ。


 明かりの無い、暗い倉庫の中を静かに歩いて見回る。

 証拠と言えるようなものは一切ない。

 アレだけ周到な敵。

 考えれば当たり前だ。

 私は自分の甘さを痛感した。


 百や二百じゃ聞かない酒樽を全て壊して中を確認する、そんな馬鹿なことは無理だろう。

 それで何かを得られるならやる価値は有るだろうけど……。


 引き上げよう。

 違う方法を考える。


 そう伝えようとしたガウラが、何かを見つけ私を手招きした。


 近寄ると、それは床に取り付けられた鉄製の扉だった。

 地下室への入り口。

 しかし、それは南京錠で閉ざされている。


 ガウラは、あっさりとそれを外し扉を持ち上げる。

 そこには更に暗い空間へと続く階段があった。


 ガウラが先に立ち、階段を下りていく。


 少し、異臭がした。


 ◆


 ガウラが無言で明かりを付けた。


 地下だから外に明かりが漏れる心配がないとかそう言う理由ではないだろう。

 周囲にあるもの。

 それをきちんと確認する為。


 ランプの明かりが、閉ざされていた空間の秘密を浮かび上がらせる。


 そこは倉庫などでは決して無かった。


 鉄格子がはめられた牢屋の様な小部屋がいくつも並んでいる。


 その中に、人が居た。たくさんの。


 二十そこそこの女性から十才かそこらの女の子、わずかに男の子。


 彼女らは衣類を一切身にまとっておらず、人形のような、表情のない顔をしていた。


 それが、一人、或いは、何人かまとめて小部屋に入れられ鉄格子で監禁されている。


 粗末なベッドが置かれた部屋もあれば、何に使うかわからないような器具が転がる部屋も有る。




 私は、剣とメイスを両手に持ち、不快なそれらを全て殺すことにした。


 ◆


「あそこに居る者たちを殺してもなんにもならん。落ち着け」


 気がつくと、景色が変わっていた。


 ここは?


 レグルスの……街か?


「気持ちはわかる。あんな物、見なかったことには出来ん」


 ガウラが鬼の様な顔をしていた。


 彼女達を殺した所で何も変わらない。

 死ぬべきは誰か?


「転移、スピカ」


 ◆


 同時刻、ノゾミはスピカに居た。

 通りで露店を開き、チョコを売るプレイヤー、そして、様々な思いを胸にそれを買い求めるプレイヤーで賑わっている。

 もちろん、ノゾミもそんな一人であった。


 2月14日。

 二束三文の菓子が、この日だけは特別な意味を持つ。


 適当なチョコを買ってアラタに渡そう。

 そう考えていた。


 いかにもな義理チョコより、少し見栄えが良いもの。

 そうすれば、今日のことは完全に忘却し扱いやすい部下に戻るだろう。

 だた、アラタが『本命チョコ』だ、などと勘違いしない物。

 その線引が意外と難しい。

 通りで売られている品々は皆、生産者が趣向を凝らした品ばかりだから。


 そんな風に、一時の安らぎを楽しむノゾミの耳の小さな悲鳴が届く。


 声の方を見ると、何人かが通りの先を見ている。

 そして、騒ぎの声が次第に大きく、近くなる。


 何だろう、とその場を離れ、その原因を確かめるべく動く。


 そして、人波をすり抜け通りを疾走するヘクトの姿を目の当たりにし、驚愕する。

 その手には剣が握られていた。


 直ぐにノゾミも動いた。


「クレイグ」

『ん?』

「直ぐにスピカへ。王宮正面に狙いを」

『了解』


 何の疑問も口にせず従うクレイグはノゾミの声色から事態の深刻さを感じ取った。

 そして、言われた通り、新調したソファから身を起こしスピカへと飛んだ。


 ヘクトの進行方向に立ち、彼女を待ち受ける。

 両手にトンファー。


 そして、ヘクトがノゾミを見つけた事を確認し声を上げる。


「止まりなさい!」


 しかし、その声が届いたであろうヘクトは速度を緩めない。


「何があったのよ……」


 正面に立ちはだかり、しがみついても止める。


 その覚悟で迫るヘクトの進行方向上へ。


 しかし、その手前でヘクトは大きく跳躍。

 三角飛びの要領で、通り沿いの建物の壁を蹴りノゾミの上を飛び越える。


「待ちなさい!」


 振り返りもせず、走り去るヘクトを慌てて追いかける。


 しかし、その距離は縮まるどころか徐々に開いて行く。


 止められない。

 彼女が、ヴィルゴの王宮に向かっている事は明白で、それは、既に目と鼻の先だった。


「止まれ!」


 ノゾミが叫ぶ。


 その声に合わせ、疾走していたヘクトがその足を完全に止める。

 それはヘクトの意志ではなかった。


 特務機関エクリプスの契約による、行動強制。

 これを誰かに使うのはノゾミ自身も初めてだった。


 振り返る事すら出来ないヘクトの元へ急ぎ、そして、彼女の前に立つ。


 ヘクトは、鬼のような顔をして居た。


「行かせろ」


 ノゾミを睨みながらヘクトが感情の篭もらない声で言う。


「駄目よ」


 ノゾミの後ろにはヴィルゴの王宮があり、晩餐会が行われている。

 そこにはミリッタも居る。

 それはノゾミも承知していた。


 承知しているからこそヘクトを行かせる訳にはいかなかった。

 ヘクトの目的がミリッタだとしても、王宮内で殺害など許される訳が無いのだから。


「何があったの?」


 何故、突然こんな事になったのだ?

 その理由をノゾミは知らない。


「あの薄汚い男の面の皮を剥いで殺す」


 ヘクトは叫び声を上げた。


「だから、離せぇ!」


 ヘクトの怒気にノゾミは少したじろぐ。


『着いた……が、まさか標的ターゲットは牛若丸か?』


 ノゾミの耳にクレイグからの通信が入る。

 ヘクトに向き合うノゾミにそれに答える余裕は無かった。


 返答がない事からクレイグはおおよその状況を理解した。

 そして、結局袂を分かつのかよ、と舌打ちし弓を構える。


「離せ!」


 決して解けぬ拘束を振りほどこうとするヘクト。


 その姿を前にして、ノゾミは何も言えなくなった。


 叫び声を上げながら、ヘクトは涙を流している。


 そして、ノゾミは、ヘクトの拘束を解除した。


 体の自由を取り戻すと同時に飛び出すヘクトがノゾミの横をすり抜ける。


 そして、王宮の門に取り付く、その直前で後方より矢で貫かれ消滅した。


 直後、クレイグはノゾミの通信を入れる。


『すぐ水月に迎えに行け』


 ノゾミは、返事を返さずに転移した。


 ◆


 風切音。

 振り向きざまに剣を振るう。


 その矢は確かに叩き落とした筈だった。


 しかし、軌道を逸らされ石畳に叩きつけられた矢はそのまま跳ね返り、私を下から貫いた。


 そして、視界が暗転。


<ポーン>

<LP……


 私は接続を切って現実へ戻った。

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