悪意のプレゼンテーション ―― エクリプス④
たった一人。
そう。
たった一人のプレイヤーの姿を見ただけで二人の意欲は天と地にも乖離した。
片や、最早全てを投げ出しても構わないくらいに気落ちするヘクト。
片や、そんなヘクトの様子にすら一切気付かないマーカス。
二人は聞き込みを再開するが、それは、専らマーカスが行なった。
何時もより、五割り増し程、陽気に。
その後ろをヘクトは邪魔にならない様に黙って着いて行く。
こうして、ミリッタについて、三日後にスピカのヴィルゴ王宮で行われる晩餐会に招待されて居ると言う情報を手に入れる。
その後、ノゾミの指示に従い船に乗りログアウトした。
◆
姿を隠しながら、小高い丘の上にある小さな城塞を見張っていたノゾミの元にクレイグから通信が入る。
『やっぱりフォーマルハウト行だな』
「了解。そしたらログアウトしながらこっちに向かって」
『二時間後?』
「そうね。私もタイミングを合わせる。
アーミラリにも動いてもらう。
場合によってはヘクトとマーカスも呼ぶわ」
『へいへい』
そこで通信が切れる。
「一体、何が起きているの?」
昨日から、ミリッタと繋がりが有ると目していた、人身売買組織が三つ、ここ、南の魚座の港町、フォーマルハウトの郊外にある、今は使われていない小さな城塞の中へ入っていった。
そして、今、クレイグからの報告で更に一つ。
ノゾミとクレイグがマークしていた人身売買組織の全てが、この南の魚座に集結するのだ。
縄張りの取り決めが有る筈で、普段は滅多にテリトリーの外へ出ることが無い。そんな組織が一同に介す。
何も無いわけが無い。
ただ、その目的はノゾミのは全く見当もつかなかった。
ひとまずノゾミはアーミラリに城塞、そして、船に乗った組織の監視を依頼し、フォーマルハウトの宿で一度ログアウトする。
ヘクトとマーカスにもここへ向かうようにメッセージを送り。
◆
高さ十メートル超。
現実ではマーテロー塔と呼ばれる小さな防御砦。
ミリッタはそこに、関わりがある四つの人身売買組織の主要な人員を呼び寄せた。
言葉巧みに儲け話を餌にして。
そして、見張りをさせていた護衛から呼んでいた連中の全てが砦に入ったとの報告を受け、そして、居並ぶNPCに向き直る。
ピスケス・アウストリヌスの王、軍事顧問、騎士団長、大臣。
本日、ミリッタがプレゼンテーションをする相手である。
「では、これより新兵器の威力、ご覧に入れたいと思います」
そう言ってフォーマルハウトの王城のテラスから呪文を詠唱する。
それに応じ、城塞の両脇の大地が盛り上がる。
そこは、ミリッタがゴーレムの核となる子供を予め生き埋めにしていた所だった。
一分も経たずして、盛り上がった土は砦に匹敵する程の大きさとなり立ち上がる。
感嘆の声が居並ぶ面々から漏れる。
手にした、双眼鏡、あるいは単眼鏡を覗き込み、ゴーレムの腕が強固な砦の石積みを壊す様を見つめる。
その屋上には突然の出来事に戸惑い逃げようとする売買組織の面々が居たが構わずゴーレムはそれを叩き潰した。
「子供が二人。
それだけで、あの破壊力です。
原価はほぼゼロ。運搬も容易。
すばらしいの費用対効果です」
興奮しながらミリッタがプレゼンテーションを続ける。
アーミナリなる素性のわからない組織に目をつけられた事が切っ掛けと言えるかもしれない。
ミリッタは、人身売買、そして暗殺から手を引くことに決めた。
そして、より合法的に快楽を求める方法として、ひとまずこの国へ自分を売り込むことに決めた。
破壊と言う快楽を。
他国への侵略を画策しているこの国ならば簡単に飛びつくだろう。
そうすれば、誰も咎めること無く破壊を行える。
侵略と言う行為の元に。
振り回したゴーレムの手が、屋上にいたNPCを一人弾き飛ばすのが見えた。
それはそのまま地に落ち、動かなくなった。
あるいは、宙を舞っている、その時から既に動かなかったのかもしれない。
その光景を見たミリッタは、人目も憚らず高笑いを上げた。
◆
「どういうこったい?」
「私が来た時は既にあの有様」
ログインしたクレイグが目にした物。
それは、二体のゴーレムとそれを取り巻くプレイヤー達。
その奥に、瓦礫の山が見える。
「あいつらが砦を破壊したらしい」
「んー?
お仲間じゃねーの?」
砦に居た人身売買組織とゴーレムを召喚する人形使い、ミリッタ。
そう言う想定で動いて来た。
しかし、今、眼前に広がる光景はそれを否定している。
「どう見る?」
ノゾミはクレイグに意見を求める。
「仲違い。
いや、ご丁寧に集合かけたとこを見ると、口封じかな」
ノゾミもクレイグと全くの同意見だった。
ただ、20人を超える人間をまとめて殺す、そんな残忍な事が出来るだろうか。
そう、思いクレイグに意見を求めたのである。
「後の二人は?」
「向かってる」
「我々は?」
「ひとまず、様子見ね。他のプレイヤーが対処出来るならそれで良い」
「ありもしない願望並べてないで、対処法考えてくれよ」
対処法は既に考えてある。
それをノゾミは口にしなかった。
◆
「あれか……」
「あれが!」
フォーマルハウトに着いたヘクトとマーカスが同時に呟く。
二人の視界の先には二体のゴーレムがあった。
直ぐに街の外でそれらが暴れる様を観察するノゾミ達と合流する。
「何で行かないんだ?」
遠巻きに様子を眺めるだけの二人にマーカスが非難めいた口ぶりで問う。
「作戦を練っていたのよ」
ノゾミは適当に返す。
ゴーレムは街に向かって来ている訳ではない。
ならば、当面放置しても問題無さそうだ、と本当はそう思ったからなのだが。
それに、街の目と鼻の先であんなものが動き回っているのに騎士団なりが出てくる気配が無い。
それも妙な話だった。
「行かなくて良いのかよ!」
やけに積極的だな。
やる気を見せるマーカスにノゾミはそう思う。
そして、その横のヘクトのつまらなそうな顔が目に入った。
しかし、それは次に戦場で起きた変化に掻き消された。
火球が三つ、盛大な爆発音と共にゴーレムの一体を襲う。
その巨体が炎に包まれる。
しかし、爆炎が消えた後にも変わらず立ちはだかるゴーレム。
それを契機に、ゴーレムを取り巻いていたプレイヤー達が一人、また一人と消えて行く。
攻撃にまるで手応えにない敵に飽きたのだろう。
野次馬が騒ぎ立てる中、延々と殴りかかりお祭り騒ぎの様相を呈していたレグルスの時とは雲泥の差である。
「俺は行くからな!」
そう言ってマーカスは走り出した。
ゴーレムの周囲から、プレイヤーは居なくなっていた。
それを追いかけるようにヘクトが無言で続く。
巨大な盾を構え、ゴーレムの攻撃を一手に引きつけるマーカス。
十メートルを超える巨体が繰り出す、重厚な一撃をピクリともせず受け止める。
足を上げ、上から踏みつける。
それを跳ね返し、巨体を転倒させる。
その様子を相変わらず離れて観察するノゾミとクレイグ。
「弁慶も真っ青だな。ありゃ」
不動を貫くマーカスの様子をクレイグがそう揶揄する。
戦場に駆けつけ、盾を構えた後、十メートルを超える巨体二体を相手にして文字通り、一歩も動いていないのだ。
「じゃ、あっちは牛若丸かしら」
ゴーレムの周囲を跳ね回りメイスを振るうヘクト。
しかし、雑な戦いだな、と過去何度か彼女の戦いを見てきたノゾミはそんな感想を抱く。
事実、ヘクトは何も考えず、ただ、衝動の赴くままにメイスを叩きつけているだけに過ぎなかった。
「そして私は静御前」
「で、あのままにしておくのか? アレ」
ノゾミの冗談をクレイグは受け流した。
牛若丸の上に立ってるんだから頼朝じゃないかと思ったのだが、その二人は最終的に袂を分かつて居る。適切では無いな、と思った事と、そもそもが大して面白く無いので突っ込む事が面倒になったからである。
「……アンタ、あれ貫けない?」
「貫く?」
「そう。針の穴ぐらいで充分なんだけど、貫通させて。この辺」
そう言ってノゾミは自分の鎖骨と鎖骨の間辺りを指差す。
「無理じゃね?」
「行け。那須与一」
クレイグの抗議を無視してノゾミは彼を送り出す。
肩をすくめた後、言われた通り狙撃するべく動き出す。
身を隠し、狙撃の出来る場所を探す。
眼前のゴーレム、それ以外にも敵が潜んでいる事を想定し。
そして、結局ゴーレムを中心として半円を描くように動き、戦場の背後に位置取った。
「貫通ねえ」
そう呟きながら一本の矢を取り出す。
超硬質錬成鉱製だという、太さ一センチに満たないそれは、矢羽すら付いておらず先端が尖っているだけの金属棒である。
ボストークが、試作品として幾つか作成したもの。
どんな鎧も貫通する。
製作者はそう言い放ったが、その矢の重さから飛距離が短く、命中率も悪い。
つまりは失敗作。そんな烙印を押された代物である。
しかし、命中率の低さ、射程。
そのどちらもクレイグにとっては問題にならなかった。
「旦那、刺さったらゴメンな」
ゴーレムの姿に隠れ見えないマーカスに向け、そう言いながら矢を番える。
そしてノゾミに言われた場所を撃ち抜くようにゴーレムの背に狙いを付け、一気に弓を引き矢を射る。
放たれた矢は、風切音すら立てずにあっさりとゴーレムの背から胸へと抜け、その先のマーカスの盾に弾かれ、小さな金属音を立てた。
間髪おかずに二射目の矢がもう一体のゴーレムを貫く。
直後、二体のゴーレムは崩壊した。
クレイグは、その場を離れながら新手の出現の警戒に入る。
◆
「離脱」
崩れる土に飲まれる前に私は戦場から離れる。
視界が変わり、フォーマルハウトの街中に転送された事を知る。
直後、マーカスの姿がそこに現れる。
私は戦場へと踵を返した。
◆
崩壊した土の山の中にしゃがみ込み、ノゾミが何かを掘り出そうとしていた。
「……」
やがて、何かを探り当てた彼女はそれにかかっていた土を軽く払い、その上に大きなバスタオルを掛けた。
もう一つの山にも、同じようにバスタオルが置かれていた。
「何だ? 今のは」
マーカスがノゾミに尋ねる。
「見ての通りだと思うわ」
「見ての通りって、子供のミイラに見えたんだが」
「そうなんじゃないかしら」
「まさか……」
マーカスが絶句する。
そうか。
ゴーレムは子供の命を犠牲にして動いていたのか。
それは、小さな衝撃ではあったがそれ以上の感想は無かった。
◆
自慢の二体のゴーレムが崩れ去り、ミリッタはバルコニーの手摺に拳を叩きつけた。
だが、直ぐに冷静を装う。
「いや、とんだ邪魔が入ってしまったみたいで」
成り行きを見守っていた面々に向き直り、そう弁明する。
「いえいえ、その威力、しかと見せていただきました。
あの破壊力は、ええ、すばらしい」
軍事顧問が、笑いながらミリッタに返答した。