絶望に足掻く ―― エクリプス③
「うわ! 暗っ!?」
一階に下りて来たミカが、項垂れる私達四人を見て言う。
「何ぃ? お通夜?」
笑いながらそう、冗談を言う。
しかし、それは残念ながら冗談では無いのだ。
「そうだよ。通夜だ」
ソファに横たわったままクレイグが、そう返す。
「……え、本当に?」
予想外の言葉にカウンターでお茶の準備をする手を止め、身を乗り出すミカ。
「リアル? 誰?」
何と説明するつもりだろうか。
会ったことも無いNPC。
私達を挑発する、それだけの為に殺されたのであろう四人を。
「俺の……童貞だ」
クレイグの乾いた笑いが響く。
下品な上に全く面白くも無い。
「……マジ死んで」
ミカが吐き捨てる様に言ってお茶の用意を再開した。
◆
そんな空気に嫌気が差したのだろう。
ミカは早々に退散した。
再び沈黙が支配する。
「……動きましょう」
ノゾミが重い腰を上げながら言う。
「確たる証拠。それを突き止め真正面から乗り込む」
上からそう言われたらしい。
そもそも、依頼されていた不明者は全員見つかった。
この件は終わり。
そう言う話だったらしい。
それに対し、黒幕はまだ判明していない。
何も終わっていない。
ノゾミはそう食い下がったらしい。
◆
「であるならば確たる証拠を持って来い」
マルショワリは、ノゾミにそう言い放った。
「確たる……証拠」
「そうだ。
お前の部下が、積荷を破壊した事が殊更問題でな。
『港で検品した物を疑うと言う事は、即ち、ヴィルゴの仕事に疑いの目を向ける事であろう?』」
声を裏返しながら、ヴィルゴの女王の口真似をするマルショワリ。
その女王に会ったことの無いノゾミにそれは伝わらなかったが。
もちろん、その荷は途中ですり替えられた可能性もあるのだが、そう言う抗弁をマルショワリが行う事は無かった。
「では、この件、継続調査します」
「わかった。暫くは好きにやって良い。ただ、そうだな……慎重に動け」
マルショワリは言葉を選び、部下にそう指示をした。
問題を起こせばヴィルゴの女王から苦情が来る。
かと言って、今の報告でギルド長が納得する訳は無い。
どの道、どちらかをなだめねばならないのであれば、せめて女王の鼻っ柱をへし折ってやりたいが、エクリプスにそれが成せると思うほど彼ら信頼を寄せている訳でもなかった。
◆
「確たる証拠、か」
横を歩くマーカスが呟く。
取り敢えず、アジトから出て見たものの、行くあては無い。
「乗り込んじゃえば良いのに」
「それを止める為に俺が居るんだからな?」
私の手っ取り早い正攻法はノゾミにも止められた。
「次、暴走したら……後悔させるから」と、笑顔で言われた。
若干Sっ気を覗かせてたので、「それは……やって良い方の『やるなよ』?」と尋ねたら腹にパンチを入れられた。無言で。
だって、そう言うお約束が昔からあるじゃん!
『押すなよ? 押すなよ?』って奴!
そんな訳で、取り敢えず乗り込む事は禁止された。
「何か、妙案無いの?」
「俺にそんな事が思いつくと思うか?」
「思わない。思わないけど、私より先輩だろ? 何か知恵を絞れ」
「そう言うの向いて無いんだよなぁ……」
役に立たない!
「そうか。裏か。そっち方面当たって見るか」
お!
何か思いついたらしい。
◆
君か……。
マーカスが呼んだのは正義のPKK。
食事処の個室で会議。
ビールは……我慢。
「久しぶり。旦那、騎士団辞めたんだって?」
「ああ。向いてなかったんだろうな」
「そうかい? まあ、あの鎧は正直どうかと思ってたけどな。イカすじゃん。そのマント」
そうか?
ミカ、御用達のゴスロリ職人によるマント。
なんか、左肩だけ引っ掛けてある。
ま、良いけどさ。
私も人の事言えない格好だ。
「で、そちらさんは?」
「初めまして。ヘクトです」
そう。
初めまして。
「白刃のトーヤ。よろしく」
白刃か。
お前、二代目だからな?
そして、刀は手に入ったのかな?
「よろしく」
「で、聞きたい事って?」
「人形使いって奴、聞いた事あるか?」
「あー、知ってるぜ。
一回殺しかけた。
クソみたいな奴だろ?」
さも当然の様に答える二代目。
「探してる」
「流石に居場所までは知らねーよ」
私の問いに手をヒラヒラさせながら答える二代目。
「お前は何処で会ったんだ?」
「んー? 頼まれたんだよ。裏のギルドから。
やり口が気に入らないって」
「やり口?」
「子供を使い捨てる様に戦わせるのが」
マーカスが矢継ぎ早に質問を重ねて行く。
「裏でそんな事を言う奴が居るのか?」
「なんつーか、任侠みたいジジイがいる訳だ」
へー。
「で、まあ、そんときゃ逃げられたんだがそれで察したのか、裏に顔出さなくなったらしい」
つまり、結局は手がかり無し、か……。
「しかし、お前から逃げるとは、やっぱり相当な使い手なんだな」
ん?
二代目、そんなに強く無いと思うけど?
「なんつーか、それどころじゃ無かったんだよ。あの時は」
◆
痴話喧嘩の真っ最中だったのである。
◆
「次があったら逃さねーさ」
負け惜しみかな?
「あー、そういや薬で洗脳して操ってるんじゃ無いかって事で、それらの販売が禁止になった。
ただ、ひょっとしたら未だに流してる奴が居るかもしれない。
そっち当たってみたらどうだ?
まぁ、客を売るとは考えにくいけどな」
ほう。
次へ繋がる情報だ。
偉いぞ。
二代目君。
◆
二代目君と別れた私達はその足で盾座へと向かう。
他に手掛かりらしい手掛かりなど無かったのだから。
◆
事前に連絡を入れていたボストークに盾座、南の港町を指定された。
以前訪れた、生産職が集う北の街ではなく。
そして、まだ痛みの残る一軒家に招かれた。
「済まない。家の修繕にまで手が回らなくてね」
家の主と言う、メガネを掛けた女性がハーブティーを淹れる。
「ブリードと言う。はじめまして、ヘクトさん。マーカスは久しぶり」
湯気が立つカップを配りながら、自己紹介を挨拶を済ませるブリードに会釈を返す。
そして、その横に座るボストークに視線を向け、説明を促す。
「コイツは、俺達の顔役でな。一緒に聞いたほうが良いだろうと思ってな」
「こんな木偶の坊に何が出来るわけでも無いのだがね」
ブリードはそう言って喉を鳴らしながら笑う。
「でだ、当然わかってると思うが、客の情報は渡せない」
ボストークが私を見ながら言う。
「しかし、そんな事を百も承知しているだろう、お前がそれを言って来た。
そこには余程の事情があるんだろう」
『楽園』の流儀。
身内の情報は売らない。
それを侵す事は、裏切りと同義で、即ち売った相手から命を狙われる事を意味していた。
もっとも、裏切りが日常と化している世界ではあまり重要視されていなかったけれど。
「なら話が早い。
黙って渡せ」
ボストークを睨みつける。
余計な交渉、駆け引きをするつもりはない。
そういう意味だ。
しかし、無言で睨み返すボストーク。
「ふむ。君たちの因習は知らないが、こちらとしても事情があるのだよ」
ブリードが、そんな私達に水を差す。
「この島、そしてこの島に集った人間たちは今まさに興奮の最中に居る。
今後の発展を占う上で一番重要な時期と言えるだろう。
そこに水を差すような、身内に禍根を残すことはしたくは無いのが本音だ」
そこでブリードがお茶に口をつけ、一拍置く。
自らの興奮を抑えるように。
「しかし、物は洗脳薬。
先日通達が出た通り、製造、流通は犯罪だ。
仮にそのような人物が居るとしたら、それを看過するつもりは毛頭ない。
だから、ひとまずこの件、私に預からせて欲しい。
縄目の恥を受けるような輩が居るのであれば、その時は誠意を持ってこれに当たろう」
そう言い切ったブリードの目を見据える。
「分かった。
……貴女の良心に期待する」
そう言って、椅子から立ち上がる。
今日、この場でこれ以上得るものは無いだろう。
「一つ、聞きたいのだが」
マーカスと共に立ち去ろうとした私の背にブリードから声が掛かる。
立ち止まり、先を待つ。
「君達は、何者だ?」
「……特務機関エクリプス」
背を向けたまま、そう答え、足早に辞去する。
口に出すと、やっぱり恥ずかしい。
彼らの、ぽかんとしているであろう表情を目の当たりにしなくて本当に良かった。
◆
「どうすんだ?」
客人二人が消えてから、たっぷりと時間を置いてからボストークが口を開く。
「どうもこうも。調べるさ。そのうち」
「なるほどな」
確かにあの時、ブリードは期限を口にしなかった。
それにボストークは気づいたが、その時は何も言わなかった。
「しかし、意外だな」
「何が?」
「情に訴えるようなタイプには見えなかった。
最後の言葉、何か別の意味があるのかい?」
旧知である、ボストークとヘクト、その二人だけで通じるような意味があるのでは無いか。
ブリードはそう深読みをした。
「さあね。案外本音かもしれないぜ」
「ふむ。良心か。見ず知らずに身内を引き渡す、これは確かに良心の呵責を感じるな」
そう言って、喉を鳴らしながら笑うブリード。
しかし、その横の、ボストークは笑う気など微塵も起きないのである。
ヘクトが探している密売屋、それに関してはボストークもブリードも目星が付いていた。
だからと言って、ブリードが言った通り、それを部外者に教える気などボストークにも無かった。
但し、今回ばかりは相手が悪い。
白刃。
かつて楽園開拓と言うゲームでそう呼ばれていた人物は、しばしば非常識を巻き起こし、その所為で大損害を被ることも少なくなかった。
そして、それに輪を掛けた非常識。それは、この世界でもやはり非常識として存在している。
その事が、ボストークに気がかりだった。
島を守るために、密売屋は切るべきだ。
しかし、その提案にブリードは首を縦には振らないだろう。
返答の期限は約束していない、などと甘いことを言っている人間には理解が出来ないだろうから。
理性を捨てた狂気と暴力。
その前において、言葉など何の意味もない。
そう言う世界が存在することを。
「そう言えば、特務機関とは何なのだろうな?」
「……さあな。ババアにでも聞いてみたら良いさ」
目の前に差し迫る脅威の影、それが杞憂であって欲しい。
ボストークはそう祈るだけだった。
◆
「無駄足だったな」
ブリードの家から出るなり私はそう呟いた。
「まあ、探してくれるって言ってるから期待して待とう」
マーカスの声に、少し希望が感じられた。
でもね。
アイツ等は、知ってる。
そう言う奴が居ることを。
知ってて隠してる。
出すつもりは……無いだろう。
そういう事を言おうとして、やっぱり止める。
「そうだな。その間に、他を当たろう」
それを無理矢理にでも吐かせる術は、多分あるのだろうけど私には出来ない。
束の間見えた糸は、ここで切れた。
◆
一方、売買組織を見張るノゾミとクレイグ。
こちらは彼らの今まで見せなかった動きを察知し、俄に警戒の度合いを強めた。




