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強行突破 ―― ヘクト⑦

 状況は、完全に膠着していた。


 人身売買組織、そのような情報をノゾミはいくつか手に入れた。

 しかし、遠巻きに情報を得る程度では、そこからミリッタへの繋がりは浮かび上がってこなかった。


 更に踏み込むためには、権力を行使し騎士団なりを動かす必要が有る。

 しかし、それをアーミラリに働きかけるだけの証拠は掴めていない。


 それは、ミリッタを見張るヘクトとマーカスも同じであった。

 遠巻きに眺める彼は、景気の良いワイン商でしか無かった。


 ◆


「駄目ね」


 喫茶水月でノゾミが溜息を吐く。

 ミリッタを見張りだして十日近く。

 未だ、何の成果も得られていない。


「白なんじゃねーの?」


 クレイグがビールを飲みながら言う。


「これなら人身売買組織潰してった方が建設的だぜ?」

「出来ないの?」


 その方が早いのなら、それでも良い。


「一応、表向きには借金の形とかそれなりの理由も付いてるからなぁ。

 潰すために理由が無いんだよ」

「潰してからでっち上げれば良い」


 それが、一番早い。


「馬鹿言わないでよ……」


 私の提案は、あっさりとノゾミに却下された。


「いっそ、運営に問い合わせたらどうだ?」

「プレイヤーの行動に関しては、運営は基本的に関与しない。

 まともな返答は期待できないわ」


 マーカスの提案も、あっさりと却下。


「しかし、景気の良い野郎だな。

 こんなに毎日酒樽運び込んで。

 毎日が宴会騒ぎか」


 私とマーカスが見張りの間に撮った画像を眺めながらクレイグがボヤく。

 それは酒樽を山積みにして運ぶ馬車の画像。

 村で作るワインだけでは消費が追いつかず、外から買い付けて歓楽街に卸しているらしい。

 みんな、酒、飲み過ぎだぞ?

 まあ、それもそうだろう。

 アウバの歓楽街。

 街の至る所に客引きの男が、或いは女が立ち、プレイヤー達にしきりに声を掛けていた。

 そして、欲望丸出しで応対するプレイヤー達。

 欲望の坩堝。

 そんな感じ。


「スピカの港で陸揚げされて、ここに運んでるよね?」


 ノゾミが、画像を見ながらそんな疑問を呟く。

 それと同時に、仮想ウインドウを開きヴァルゴ島の地図を出す。

 そして、スピカから伸びる街道をなぞる。

 街道は北東方向に伸び、そして、ポリマと言う街で東、北、西の三方向に別れる。

 別れた街道を北上した所にアウバ。

 ミリッタの屋敷がある、ヴィンデミアトリックスはアウバから更に北にある。

 つまり、荷はスピカから一度ヴィンデミアトリックスに運ばれ、そこから引き返してアウバに送られる事になる。


 変と言えば、変だが。


「味見でもするんだろ」


 そうクレイグが言う。

 それを無視して、ノゾミは私達の撮った変わり映えのしない馬車の画像を何枚も何枚も眺める。


「護衛が……多い? うん。偶に、護衛の多い馬車が居るわね」


 そう言いながらノゾミは何枚か画像を分ける。

 比べると明らかに護衛の数が多い馬車が有る。

 殆どは、御者と、武装した騎馬が一騎。多くても二騎。

 しかし、ノゾミがより分けた方は武装した御者に、騎馬、そして徒歩の護衛が四、五人。


「高級な酒なんだろ……ん?」


 軽口を言った後、その画像の一枚をマジマジと見つめるクレイグ。


「成る程、味見……ね。

 こいつら、売買組織の連中だ」


 そう言って、徒歩の護衛、人相の悪い連中を指差した。


「繋がった……? いや、まだ、弱いわね」


 ノゾミが顎に手を当てながら呟く。


「ちょっと待てよ。何でそんな組織の連中がわざわざ酒運んでんだよ」


 マーカスが疑問を挟む。


「よっぽど時給が良いんだろ。どっかのブラック企業と違って」

「……報酬は充分に渡してると思うけど? 不満が有るならもっと働きなさい」


 ノゾミに睨まれ肩をすくめるクレイグ。


「樽の中身は……酒じゃない」


 じゃ、何か。

 そんなの一つしか無い。


「人が入ってるってか? この中に? 入るか?」

「どうかしら。体を小さく曲げれば、入りそうかしら?」


 バラバラにすれば、簡単に入る。

 止血した上で手足を切り落とし、後で、魔法で直せば……それで良い。

 それは、でも、口には出さない事にした。


「いえ、陸揚げした時点で国のNPCも調べてる筈。それはないわ」


 ならば、その連中も抱き込んでいるのだろう。


「調べよう」


 そう言って、私は立ち上がる。


「ちょ、待って。どうやって?」

「考える。転移、スピカ」


 考えるまでもない。

 荷物を開けてみれば良い。


 ◆


 馬車が来る。

 言われてみれば確かに、酒を運ぶにしては護衛が物々しい。


 何故か。

 それをこれから白日の元にさらけ出してやる。


 街道に立ちはだかる私の前で馬が止まる。


「どけ! 跳ねられてぇのか!」


 柄の悪い御者が私を怒鳴りつける。

 それでも動かない私に、護衛がぞろぞろと前に出てくる。


「積荷を検めさせてもらう」


 メイスを取り出し、連中に言い放つ。

 もちろん、これで話が進むなんて思っていないけど。


「ふざけんな!」

「ぶっ殺すぞ!」

「やっちまえ!」


 護衛は……六人。

 そいつらが、武器を手に一斉に飛び掛かってくる。

 一応、殺さないように気を付けるか。


 ◆


 護衛のゴロツキはうめき声を上げながら全員地に転がっている。

 死なない、でも、動けない程度に痛めつけて。


 そして、私の前の馬車の荷台には横になった酒樽が十二本。

 三段に積まれている。


 さて、どうしよう。

 取り敢えず、中の確認だよな。


 私は、荷台に積まれた酒樽の山によじ登る。

 そのまま足蹴にして、一本づつ地面に落として調べようとするが……重くてびくともしない。

 じゃ、壊すしか無いか。

 積み上がった樽の一番端。

 そいつの側部、つまり蓋の部分にメイスを思いっきり振り下ろす。

 二度、三度。

 やがて蓋が壊れ中から紫色の液体が勢い良く飛び出し、辺りに果実の香りが立ち込める。

 ハズレ。

 次。

 ……ハズレ。

 次。

 ………ハズレ。


 お酒、勿体無いな。


 今更ながらそんな風に思う。


 さて、二段目は下から壊したほうが良いかな。

 そう考え、ワインが水たまりと化している地面に降りる。


 そして、遠くから迫る物音に気付く。


 新手……か。


 取り敢えず、二段目の樽を一つ壊す。

 また、ハズレ。


 そして、街道の北、ヴィンデミアトリックス方向より迫る騎馬を迎え撃つ準備に入る。


「てめぇか!」


 三騎の騎馬。

 その先頭に居たのはミリッタの屋敷に居た護衛の男だった。


「何してやがる!」


 騎馬から降り、曲刀を抜き放ちながら凄む男。

 乗馬しての戦いは慣れてないのだろう。所詮はゴロツキ、か?


「荷物検査」


 ワインの水たまりに足を取られぬ様に、荷台から離れるように動きながらそう答える。


「ふざけてんじゃねぇぞ!?」


 男が凄んで睨みを効かせてくる。

 しかし、そんなものでは動じないのだよ。


 地を蹴り、そいつにメイスを振り下ろす。

 しかし、それを避ける男。


 ……なかなか、やる。


 相手への認識を改めながら、再び男に向き直る


 相手もこちらへの認識を改めた、か。

 その顔に、驕りが無くなった。


 そして、曲刀を振り下ろしてくる。

 それをメイスで弾き、左拳を顎に。

 それが当たる直前、私の視界を白光が走り、咄嗟に後ろに飛び退く。


 ……何だ?

 咄嗟に周囲に目を走らせる。


 ……あれか?

 僅かに離れた木の影。

 十代になったばかりであろう少年。


 ……あの、感情の感じられない表情……、確か……。


 いや、それよりも、その手に持った物。吹き矢!?

 口に当て、こちらに向ける。

 私に迫る小さな矢を、辛うじてメイスで叩き落とす。


 直後、突風。

 私を取り巻くように砂嵐が巻き起こる。

 視界が奪われた、その瞬間、砂の中から現れる刃。

 私の顔を狙ったであろうその剣先を、首を捻り懸命に避ける。

 しかし、剣先が左目を掠め、私の視界を半分奪う。

 そして、私の体はそのまま地に崩れ落ちる。


 ……体が動かない。


 薬か。


 砂嵐が収まった、その後、誰かが私の髪を掴み、強引に顔を前に向ける。


 そこにはミリッタが立っていた。


「一体、何をしてらっしゃるのですか? 私の大事な商品に」


 全く困って無さそうな顔でそんな事を言うミリッタ。

 その顔に浮かぶのは……喜び?

 そう、狙った獲物をまんまと仕留めた様な、或いは、復讐を遂げ積年の恨みを果たしたような……。


「ま、後で謝罪に来てくれれば構いませんよ」


 そう言って、そいつは私の背に刃物を突き立てた。


 ◆


 ヘクトの推理は間違いではなかった。


 馬車の荷物、その酒樽の山の一番下の五本には薬で眠らされ、手足を落とされた女、或いは子供。

 そういった物が隠されていた。


 それらと、ミリッタの正体とを白日の元に晒す、その一歩手前まで来ていたのである。

 この時は。


 ◆


 気付くと水月の自室だった。


 その日は、そのままログアウトした。

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