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戸惑い、そして、過去 ―― ジルヴァラ

 正義なんて普段は意識しないような、その感情に揺り動かされるままに、警察の真似事をしてみた所でそれらしい成果など直ぐに出せるはずもなく。


 屋敷を見張る毎日に嫌気が差してきた頃、ミカが私を誘った。


 ◆


「生産職の面々が集って、無人になっていた島を開拓してるんだって。

 見に行かない?」

「へー」


 開拓、か。


「面白そう」

「そうと決まれば、すぐ行こう」


 あの、ゴスロリ職人さんも行ってるんだろうな。きっと。

 私はミカに付き合い、開拓が進む島、スクトゥムへ行くことにした。


 ◆


 盾座スクトゥム

 鷲座アクイラの南に位置する無人島。

 島内にモンスターが異常発生したため、捨てられた島。

 しかし、変動する情勢に対応するため、アクイラはこの島を南方防衛の前線基地として再開発することを決定。

 開拓、そして、復興のその担い手として、多くのプレイヤーがこの島に集い、賑わいを見せていた。


 ◆


 スクトゥム島、南の港。

 そこはプレイヤーたちで溢れ、活気でみなぎっていた。

 壊れた建物を修復する者、屋台で食料を売る者、そんな光景は人々の声で溢れ、情熱に満ちている。


 ゴスロリの職人に会いに行くと言うミカに断りを入れて、別行動とさせてもらう。

 後で一緒にご飯を食べる、そんな約束をして。


 時に叫び声を上げながら動き回るプレイヤー達。

 その光景が、少しだけ懐かしく思えたから。


 最も、私が懐かしく思う世界はこんなに色とりどりの物に満ちあふれては居なかったけれど。

 それでも、何というか、エネルギーみたいな物がゴミだらけのバラックで商売をしていた連中に通ずるものを感じた。


 焼き鳥を片手にそんな街を歩く。

 前から、材木を担いだ男が歩いてくる。


 ……ん?


 それは知り合いに似ていた。


 いや、まさか。

 別のゲームだし。


 そんなこと無い。

 そう思った直後、私と目が合ったその男は白い歯を見せて笑った。


「え? チャイカ?」

「おう! 久しぶりだな!」


 似ている、のでは無い。

 昔と同じ顔だ!

 しかも、私がわかるのか!


「で、お前さん、誰だい?」


 わかってないんじゃん!

 昔っから適当な男だ!


「その頭、撫で落としてあげようか?」


 笑みを浮かべながらそう答えてみる。

 チャイカの表情が驚愕に変わる。


「オイ、マジか!? 本物か? 何だ? 随分雰囲気変えたな!」


 まあ、紆余曲折あったからね。


「ちょ、ちょっと待ってろ! 逃げるなよ! 積もる話が有るんだ! これ、置いてくるから!」

「逃げないからゆっくりで良いよ」

「そうか!」


 ◆


 共同の工房を作っている最中だという広い建物の入口から中に材木を放り投げるチャイカ。

 当然、中から非難の声が上がるが彼の耳には届いていないだろう。

 便利な耳だ。

 いや、これで見るところは見てるから結構人望有るんだよな。コイツ。


 街の中心と思われるところは、食べ物の屋台が並び、そして、簡素な椅子とテーブルがたくさん置かれていた。

 そして、そこで暫しの休憩を取る職人たち。


 そんな一角で改めて自己紹介。

 おごりだ、などと偉そうに言いながらラムネの瓶を一本くれる。

 まさにお祭り騒ぎなんだな。ここは。

 それと、お好み焼きと唐揚げをテーブルの上に並べる。


「ここでは、ボストーク、そう名乗っている」

「ヘクト」

「楽園以来だよな」

「そう。全く変わってないんだね」

「ああ。あれからあちこちのゲームをフラフラとしたが、顔さえ変えなければこうやって昔の馴染みに会えるからな」

「なるほどね」

「それにしても、お前に会うとはな。同じ二つ名を名乗ってる男が居るんだか知ってるか?」

「知ってる。正義のPKKでしょ?」

「そうなんだよ! あのやかましい奴!」


 お前がやかましいとか言うかな、とそう思ったが、まあ昔からこんな奴だったし。


「そんで、ずっと気になってたんだが……お前ら、何があってどうなったんだ?」


 ボストークは、白い歯を見せながら下品な笑いを浮かべた。


 ◆


 プレイヤー名、ジルヴァラ。

 ゲーム内に六つしか無いランク10のスキル、魔王を持つプレイヤーである。

 魔法に似た独自の術と、自動で彼女を包み守る盾。

 攻守共に高い戦闘能力を有する。


 そして、時折、傍に立つ仲間のハルシュに踊らされ、あたかも魔王の様な台詞を口にする事しばし。

 その後、現実に戻るや否や枕に顔を埋め、のたうち回るのであるが。


 そんな彼女は、今、傷心の最中にあった。


 それは先日、仲間と共に降臨イベントと呼ばれるボス討伐に赴いた折に起きた事件に起因する。


 その戦いの少し前、彼女は新たな力を手に入れた。

 自らの意思に同調し、伸びる刃。

 彼女はそれをアダマスと呼ぶ。


 自らの手で刃を自在に操り、敵に向かって行く。

 その事に彼女は夢中になった。

 背後より迫る敵に気付かぬ程に。

 凶刃が彼女を貫く、その瞬間に彼女を救ったのは仲間であるハルシュであった。


 ジルヴァラを助けるためにハルシュは、彼女を蹴り飛ばした。


 飛行のスキルを持つ彼が、全能力を使い放たれた飛び蹴りは、ジルヴァラの脇腹に突き刺さり、そして、彼女の体を弾き飛ばした。

 突然の出来事に受け身を取る事もままならず、地面に叩きつけられ、そのまま二度、三度もバウンドし彼女の全身に擦り傷をつけた。

 そして、それ以上の恐怖を彼女に刻み込んだ。


 恐らく、敵の槍に貫かれ死んでいた方が精神的なダメージは少なかっただろう。


 しかし、結果は残酷である。


 口に出し確認した事は無いが、女の子の格好をしたそのハルシュと言うプレイヤーが男である事は薄々と感付いていた。

 しかし、その力が自分に向けられた、その結果、ハルシュの中の男性特有の暴力性と言うものを感じ取り、それを拭い去る事か出来なくなった。

 ハルシュに悪意があった訳では無い。

 そう、頭では理解しているつもりであっても。


 そんな風に気落ちするジルヴァラを見兼ねて気晴らしにと、盾座に誘ったのが獅凰である。


 その獅凰は、一番人気、焼きそばの屋台の行列に並んでいる。


 そんな彼女に背後の話し声が飛び込んで来る。

 聞くつもりは無かったのだが……。


「何……か、あった……ような……」

「お前、パタリと消えただろ?

 で、それからだよ。アイツの様子がおかしくなった」

「おかしく?」

「知らないのか?」

「全然。だってここで会うまでゲームして無いもん」

「……ここで? アイツもここに居るのか!」

「あ……」

「ようよう。ちょっと、ちゃんと聞かせろよ」

「……アイツは……空、飛んでるよ」

「やっぱりか!」

「やっぱり?」

「槍使い、そして、あの赤い髪。まさか……二人の娘か? とか、疑ったからよ」


 空を飛ぶ、赤髪の槍使い。

 それに該当するプレイヤーなど、一人しか居ないのである。


 いつの間にか背後の二人の会話にジルヴァラは耳を傾けて居た。


 ◆


 む、娘!?


「そんな年では無い! そして……そんな関係でも無い……」


 バカか。


「じゃ、どんな関係なんだよ」


 そこでニヤリと下品に笑うボストーク。


「想像に任せる」

「なんだよ。そんな事言ったら色々想像しちまうぞ」

「……すんな」

「そんだけ、アイツの最後が強烈だったんだよ。

 知らないんだろ?」

「知らない」


 何やらかしたんだ?


「お前が居なくなったのが年末だろ。

 で、年明けて、急にだよ。

 教会の中を植木鉢で埋め尽くしてよ」

「へー」

「あーイカれたな、何てみんなで言ってた訳だ。で、一ヶ月くらいか?

 一斉に蕾をつけてな」

「何の花?」

「何だと思う?」

「ガーベラ?」


 確か、花言葉は『希望』、そう彼が言ってた。

 そんな花だろ。

 植えるのは。


「彼岸花」

「はぁ?」

「教会の礼拝堂一面埋め尽くす彼岸花」


 何だ?

 そのホラーな光景は。

 しかも、崩れかけた教会だ。

 あれか?

 私は死んだ事になったのか?


「でもまあ、見事なもんだったよ。あんな世界でもこれだけの花が咲くのかって俺は感動したね。

 だがな、基本的にバカばっかりだ。

 明日には開花するだろうってところで全部吹き飛ばされた」

「あー……」


 まあ、そうだろうな。

 ひゃっはーとか言いながらやりそうな輩ばっかりだ。


「その後が凄かった。

 キレたアイツが、皆殺しにした」

「は?」

「地形が変わる程の爆発で。

 町はな、何一つ残らなかった」


 うわ。

 派手にやったな……。

 アイツ。


「報復されたでしょ?」

「当然されたよ。囲んで達磨にした。

 そんなナリにされながら、『この世界に、俺が求める強者は存在しない』って言ってよ。

 それが最後だったかな。

 お前が居なくなったから、アイツが後を追いかけた。

 そんな噂が流れたが、どうなんだ?」


 どうなんだ……ろう。


「根も葉も無い……噂じゃ無い?」


 ◆


 衝撃的な話だった。

 他のゲームの話。

 それは分かって居た。

 それでも、ジルヴァラには理解出来ない話だった。


 後ろの人は、一体誰なのだろうか。

 それが気になりはしたが、振り返る、そして声をかける、そのタイミングを見い出せずにいた。


 ◆


 焼きそばの皿を二つ。

 両手に持ってジルヴァラの元へ急ぐ獅凰。


「……ぁ」


 しかし、知った顔を見かけ、また、その顔がなぜか弱り切った表情をしているのを見つけ思わず声を出してしまう。


 ◆


 か細い声。

 その先で、両手に焼きそばを運んで居たその子。


「あれ? 獅凰」


 私は軽く手を上げる。


 ◆


 さて。

 どうしよう。


 ジルヴァラは、ヘクトの後ろに座って居る。


 知り合いと仲間が背中合わせ。


 正解がわからない。


 獅凰はフリーズした。


 ◆


「おお、どうした?」

「獅凰?」


 私の前と後ろ、両方からも同時に声が上がる。


 ……後ろ?


 振り返ると銀髪の赤い目をした綺麗な女の子が居た。


 成る程。

 私は何となく状況を理解した。


 この子は獅凰の友達で、たまたま、ここに私が居た。

 同席すべきか。

 そんな事を考えて、答えがわからなかったのだろう。


「獅凰のお友達?」

「え、ええ」


 私の問いにその子が戸惑いながら答える。


「……同席、しても良いかしら?」


 その子が、そう言い出した。

 私は構わないのだけれど。


「獅凰、ご一緒しましょう」


 そう言って手招きするその子に、ぎこちなく頷いた後、ボストークの横に座る。


 不思議な事になったな。


「何でにやけてるの?」


 ボストークに問う。


「いや、こんな綺麗どころに囲まれて幸せだなと思ってさ。

 ……お前さんもだぞ?」


 何で最後付け加えた!?

 その、気づかい、要らないから!


 そんな軽口を言うボストークにジト目を送る二人。

 多分、顔見知りなんだろうな。


「ヘクト。よろしく」

「ジルヴァラです」

「久しぶりだな」

「ええ。残念だけどまだ武器に困って無いわ」

「そうか。そりゃ残念だ」

「それより……」


 ジルヴァラが私に向き直る。


「ごめんなさい。さっきの話、聞いていたの」


 あ、後ろに居たからか。

 どこからどこまで聞いていたのだろう。

 わざわざ正直に言わなくても良いのに。

 良い子だな。


「それでね、貴女とその花の彼。もっと話を聞きたいわ」

「えっ?」


 聞きたくなるような話だっただろうか?


「例えば……そう、戦いで助けてもらった事とか……あったのかしら?」


 何だ?

 その具体的な質問は。


「助けて貰った事……。

 そもそも、そんなに共闘した事なかったからな……」

「そうなの? 仲間だったのではなくて?」

「そう言うのとはちょっと違ったかな。

 基本的にみんな敵だった」

「そう言う殺伐としたゲームだったんだよ」


 ボストークのフォローが入る。

 殺伐、どころでは無いと思うけど。


「でも、助けられた事は……何回かあったかな……」

「どんな風に?」

「えーっと……狙撃される瞬間に手榴弾で吹き飛ばして即死から守ってくれたり。

 十字射撃を浴びる寸前にバイクで跳ね飛ばされたり。

 背後から斬りつけられそうになった時に私ごとその敵を串刺しにしたり……」


 と、思いつく限り上げる度に、ジルヴァラの顔が引きつって行く。


 まあ、自分で言っていてもどうかと思う情景だ。

 その度に、真剣な顔で「無事か?」って確認してたから、一応助けるつもりはあったんだと思うけど。


「助けるって、どう言う事なのかしら?」

「まあ、悪気は無いと思うんだけど」

「それで、悪気が無いって言えるあたりお前も相当ヤバイと思うけどな」


 ボストークの突っ込みに獅凰が頷く。


 失礼な!


「そんな事をされて恨んで無いの?」

「え……」


 それに関しては、恨みは無いな。

 あれ?

 そんなにおかしい事?


「別に……」

「そう。信頼し合ってたのね。それとも……愛、かしら?」

「ふぇ!?」


 突然飛び出したその言葉に情けないほど狼狽える。


「へー愛か。愛、ねー」


 ニヤリとするボストークを睨み付ける。


 ◆


 ハルシュの過去の非常識な振る舞いを聞く、その度にジルヴァラは自分の中で潮が一つ、また一つと引いて行くような気がした。


 男、とか、そう言う事では無く、もっと根元の所で違うのだろう、と結論付けた。


 そして今、顔を真っ赤にしたヘクトを見て、この人はそれでもハルシュが好きなのか、と不思議に思う。

 更には、ハルシュもおそらく同じなのであろうと。


「想うはあなた一人」


 ジルヴァラは静かに告げる。


「え?」


 怪訝そうな顔をするヘクトに向け、ジルヴァラは続ける。


「彼岸花の、花言葉よ。貴女の事よね」


 そう言って静かに微笑む。


 ◆


 ジルヴァラという子が、全てを見透かした様な微笑みを向ける。


「でも、全部昔の事」


 そう。

 全部、昔の事、なのだ。


 それにしても何でこんな事を聞きたがったのだろう。


「あ、居たー。ヘクトーぉぉおおおお!?」


 私を探して居たのか、ちょうどミカが声をかけて来た。

 が、何故か、途中で声が裏返る。


「ジ、ジル、ジルヴァラ、しゃん!?」


 ミカが目を丸くして驚いて居る。

 こんなに表情を表に出しているところを見たのは初めてかも知れない。

 そう言えば、憧れの人だっけ。


「取り敢えず、座りなよ」


 私は座って居た椅子を一つずれ、ジルヴァラの隣を空ける。


「え、あ、う、うう、うん」


 まるで借りて来た猫の様に俯き、耳を真っ赤にしてジルヴァラの横に座るミカ。


 どうしてそんなに照れてるの?

 完全に、恋する乙女みたいになってるけど?

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