人探しの依頼 ―― エクリプス①
スリ、強奪、そして暗殺。
そんな裏のスキルを使い、思うがままにその男はゲームをプレイしていた。
しかし、一つのスキルを手に入れた事をきっかけに男の世界は変わって行く。
女衒。
女を買い付け、風俗店へ売る。
それを行う事を許される、たったそれだけのスキルである。
商品は高額で、儲けはそれ程多く無い。
あまり、美味しい商売とは言えなかった。
しかし、男は仕入れる商品を厳選する事でその商売で成り上がって行く。
よりプレイヤーに好まれる顔。
それを求めた。
それは、現実の有名人であったり、ゲーム内で話題となったプレイヤーであったり。
そういった顔に似ている女を買い、それを売る。
そして、それをさりげなく、プレイヤーたちに知らせる。
そうする事で、男が売った商品は良く稼ぐ、そんな噂が流れる様になり、男の商品を求める店が増えた。当然、男は大きく手数料を乗せる。
しかし、それでも構わず店からの注文は止まなかった。
それだけ、プレイヤーが男の商品を欲していたのだから。
いつの間にか人を雇う様になっていた。
そして、商品を売り込んで来る輩も現れた。
男の注文通りの女を何処からか調達して来る。そんな輩が。
例えその調達方法が誘拐であろうと男は気にしなかった。
結果、プレイヤー達に好まれる商品をより迅速に調達できるようになった。
プレイヤー達の落とす金で男は一財産を築いた。
ただ、欲望のままにプレイをして居た男が金を手に入れた事によりその欲望に拍車がかかる。
男が次に欲したのは力だった。
このゲームに置ける力関係はスキルに左右される。
強力なスキル程、高額であるがそれは男にとって何の障壁でも無かった。
そうやって力を手に入れた。
そして、同じ事を買った商品にも行った。
もちろん男に逆らえない様にした上で。
そうやって手に入れた力は、主に人を殺す事に使われた。
人形使いと言う暗殺者はこうして生まれた。
◆
人探し。
家出、あるいは、失踪。
この数ヶ月のうちに、世界各地でそう言った依頼が目につく様になった。
その裏に何かあると確信があった訳では無いが、僅かばかり居心地の悪さを感じたのだろう。
ポラリスと言う孤島にある冒険者ギルド本部で部下から報告を受けたタレス理事長は、それら一連の依頼の情報をアーミラリに送りつける事にした。
調査依頼と共に。
そして、その依頼はそのままエクリプスへの依頼となった。
◆
ヴィンデミアトリックスと言う、乙女座の玄関口にして王都であるスピカの北に位置する村にその屋敷はあった。
周辺には葡萄畑が広がり、その収穫は葡萄酒として主に隣の街で消費される。
今やこの世界で一番の歓楽街として昼夜を問わず人であふれるアウバと言う街で。
「デカイな」
屋敷の門の前でマーカスが素直な感想を漏らす。
「景気が良くて羨ましいわ」
やや皮肉めいた口ぶりのノゾミ。
何故ならば、ここの屋敷の主人が何を生業として成り上がったかを知っているのだから。
人探し。
アーミラリからエクリプスに落ちてきた仕事は、ただ単に行方不明者の捜索と言う話では無かった。
各地で起きている事件の裏の有無、つまり組織だった犯行の可能性を探り、場合によってはそれを壊滅させろ。
暗にそう仄めかしてきた。
その為に、ヘクトを含む三人はミリッタと言うプレイヤーの屋敷へと足を運んだのである。
◆
「ようこそ」
応接間のソファに座り、ミリッタは三人の客を出迎える。
そして、手で向かいに座るように促す。
「はじめまして。ノゾミと申します」
口角を上げそう自己紹介をして、ノゾミはソファに腰を掛ける。
「ミリッタです」
マーカスとヘクトの二人は腰を下ろすこと無く、ノゾミの背後に立ったままである。
使用人が静かにお茶を運び、一礼して出ていく。
「それで、何の御用でしょう?」
ミリッタが先手を取ってノゾミに問う。
「人を探しています」
ノゾミはそう言って、テーブルの上に不明者の似顔絵が描かれた紙を五枚ほど並べる。
全て若い女性だった。
「そうですか。ギルドの依頼ですか?」
ミリッタはその紙全てを手に取り丹念に眺める。
「ええ、そうです。心当たり、ありませんか?」
「それは、斡旋したことが有るか、ということですか?」
似顔絵から顔を上げ、ノゾミを見ながら答えるミリッタ。
「ええ。もしくは、何処から紹介があった、或いは、何処かで働いているのを見た、と言うようなことでも構いません」
静かに、しかし、少し威圧感を込めたノゾミにミリッタは涼しい顔で返す。
「ご存知無いかもしれませんが、既に仲介の商売は人に任せております。
ですので、どう言った商品が扱われているかまでは把握しておりません」
「商品、ですか」
「ああ、お気に触ったなら申し訳ない。ただ、これでも国に認められた商売ですからね」
「それは、存じています」
人を商品と言ったことに、わずかに不快感を示すノゾミ。
そして、その反応を予測していた様に謝罪を返すミリッタ。
「この似顔絵は頂いても?」
「ええ。構いません。もし何か分かりましたらここへ連絡をください。私の通信機のIDです」
「わかりました。しかし、こんな若いお嬢さん方が失踪とは。親御さんはさぞ悲しんでおられるでしょう。
無事でいることを祈るばかりです」
そう言って、ミリッタは似顔絵の束を背後に控えて居た護衛の男に渡す。
「お時間を取らせました」
そう言ってノゾミは立ち上がる。
似顔絵の束を受け取った男が素早く部屋の扉を開けに動く。
ミリッタはソファに座ったまま、一同が退出するのを見送る。
テーブルの上のお茶には誰一人、口をつけていなかった。
◆
二階の窓から、屋敷を後にする三人を見下ろすミリッタ。
「その中から適当に一人選んで放り出せ」
そう、護衛に命令する。
「かしこまりました」
彼より二回り程大きな護衛が、ミリッタの背に恭しく頭を下げる。
「それとな、奴ら、探りを入れろ」
「かしこまりました」
来客が持ってきた不明者の束。
その中に、一家を皆殺しにして連れさられてきた女が混じっていた。
ギルドに捜索の依頼を出す者など存在しないはずの女。
ただのプレイヤーでは無い。
背後に何かしらが存在する。
ミリッタはそう考えた。
立ち去る三人の内、一人が立ち止まり、屋敷を振り返る。
まるで、ミリッタが見ていることに気付いているかのように。
その顔に、ミリッタは見覚えがあった。
以前、自分を背中から刺した男。
「邪魔になるようならまとめて消す」
「……流石です。ご主人様」
背後からの従順な返答にミリッタはニタリと笑う。
窓の外の三人はどこかへと転移で消えた。
◆
「アイツ、何者?」
食事処に入り、そこでやっと私は疑問を吐き出せた。
「ミリッタって言うプレイヤーだ。
乙女座の歓楽街に顔が広い。
尾鰭の付いたような噂が多いが、その実、よくわからん奴だな。
表向きは、あの村でのワイン商、てことになってるんだっけか」
「乙女座の歓楽街? 酒問屋で成り上がり?」
マーカスの説明は、私を更に混乱させた。
酒ってそんなに儲かるのか?
禁酒法でも有るのか?
いや、無いよ。
「歓楽街? 風俗街でしょ。女衒よ」
ノゾミが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てる。
「ぜげん?」
「そこで働く嬢の斡旋」
……成る程。
それを、アイツは『商品』と言ったのか。
「クズだな」
「クズよ」
「ただ、違法では無いんだよな」
そこで、何故か肩を持つマーカス。
「何? アンタお客さんなの?」
睨みながらノゾミが言う。
「いや、そういう訳じゃ……」
言い淀むマーカス。
男はみんなこんなのばかりだ。
「あのクズが攫ってる。そういうこと?」
「かも知れない。それをこれから調べる。……面倒で、気が乗らない仕事だ」
ノゾミは溜息を吐きながら言う。
「でも、調べるってどうやって?」
警察みたい。
「それを……これから考えるのよ」
顔を顰めるノゾミに「大変だな。特務機関」などと思う。
口には出さないけど。
それにしても……あの男……何処かで会ったか?
◆
この件、子供たちは交ぜたくないと言うノゾミの判断で、当面は私とマーカス、そしてクレイグとノゾミの四人で動くことになった。
とは言え、どう動くか、そう頭を悩ませるノゾミの元に一人見つかったと言う連絡があり私達はスピカの治療院という施設に居ると言うその彼女に会いに行った。
そこに居たのは、目の焦点も合わず一言も発さない抜け殻のような女性だった。
◆
「ヘクトとマーカスは暫くあの屋敷を監視して」
「ああ」
「了解」
「私は奴の背後を洗う。
この件、絶対に後悔させるわよ!」
『捕まえる』『殺す』、そう言ったゲーム内でのペナルティでは無く『後悔』、そう言い放ったノゾミの目は怒りに満ちていた。
それは、私も同じ。多分、マーカスも。
陳腐な言葉だが、その時の私達は『正義』と言うに相応しい感情に支配されていた。




