レグルス襲撃・下 ―― ヘクト⑤
「これじゃ、彼らの勢いが無くなるまで出る幕無しですね」
私の横でリーザが戦場を眺めながら言う。
相変わらず、跳ね飛ばされ、回復され、跳ね飛ばされ、の繰り返し。
こちらの拙攻もさることながら、ゴーレムの動きも単純だ。
ただ、手を振り回している。
戦い方なんか知らない子供。
そんな感想を抱く。
いや、それよりも……。
……無理。
聞けない!
アイツの事なんて。
「どうしたの? 集中しなさいよ」
ノゾミが耳元で囁く。
いや、無理よ?
小さく首を振る私にノゾミが更に小さく溜息を吐く。
「どうにかなりそうー?」
わざとらしくノゾミがリーザに声をかける。
「いやー、どうでしょう。剣で切れそうに無いですし」
「今日は、あの人。ハルシュさん? は来ないの?」
んな!!
何で!
何で!?
そんな事を聞くの?
Sなの?
ドSなの?
私を追い詰めたいの?
「あの人はー……今頃男の子の面倒見てますよ」
「え!? ……男の子?」
「そうですよー。結構綺麗な顔した」
え。
え?
私は混乱する。
あれ?
ここでは女の子だから問題ないのか?
うん?
待った。
それは私の身体だ。
ちょ!
やめてやめて!
「それは……駄目じゃないかな?」
弱々しい台詞が漏れる。
「駄目……なの?」
事情の飲み込めてないノゾミが疑問を挟む。
「呼んでみたら良いんじゃない?」
そんなノゾミの純粋で、残酷な提案。
駄目です。
まだ、受け入れられません。
色々と。
「ヘクトさん。今呼び出したらどう言われるか想像出来ますか?」
リーザにそう問われ、アイツのドヤ顔が真っ先に浮かぶ。
「……前座、ご苦労さん。後は貰うから。手出し無用」
頭に浮かぶままにアイツの言いそうな事を言って見た。
「「ふざけんな!」」
一拍置いた私の怒りとリーザの声が重なる。
そんなドヤ顔、させてたまるか!
「行くよ!」
「ええ!」
私はメイスを手にゴーレムを殴りに行く。
取り敢えず、全部棚上げだ!
◆
すっかり脳筋のサンドバックになった……。
目の前の光景を眺めながらそんな風に思うピエラ。
沈む夕日を背景に、また一人盛大に跳ね飛ばされる。
それに合わせ野次馬から盛大な叫び声が上がる。
はあ。
小さく溜息を吐いてそちらに向かうピエラ。
「……良いモン持ってんじゃねーか」
横になりながらそんな事を言う男にジト目を送りながら律儀に回復魔法を施すピエラ。
「治癒」
そして、むくっと起き上がり白い歯を見せる男。
「サンキュー、マネージャー!」
サムズアップの後、そう言いながら再びゴーレムに走って向かって行く男。
その光景に野次馬から再び盛大な歓声が上がる。
「……マネージャーじゃねーよ!」
最早理解出来ないノリが支配する一帯で空に向けピエラの突っ込みが木霊する。
◆
下半身を埋められたままのゴーレムに次々と殴り掛かるプレイヤー達。
それに混じりメイスを振るヘクト。
しかし、ゴーレムは群がる攻撃を意に返さず戦いはいつ終わるともわからない。
ただ、両腕を振り回し暴れるだけのゴーレム。
ノゾミにとって、それは異様な光景に思えた。
どれだけプレイヤーが攻撃を当てようがダメージが入っていないのだ。
いや、体の表面が僅かに削れ落ちる。
しかし、それも、いつの間にか元に戻っている。
周囲にある土で自動修復されている。
それが、ノゾミがこのゲームでの経験に全く当てはまらないのだ。
倒せない敵。
そんな物は居なかった。
「何? この雰囲気」
いつの間にかミカがレグルスに来ていた。
そして、ケンカとその野次馬、そんな盛り上がりを見せる空気に微かに戸惑いを感じながらノゾミの横に立つ。
「何だろうね。ああやってずっと殴られてるのに全然様子が変わらないのよ」
「ふーん。それにしては楽しそうね」
「みんなバカなのよね。結局」
「ノゾミも行けば良いのに」
不意にそんな事を言われたノゾミはびっくりしてミカを見る。
今までミカがそんな軽口を言う事は無かった。
ヘクトが来て、少し何かが変わったのだろう。
「私は……指揮官よ? 美味しいとこだけ一番最後に頂いてくのよ」
「そう? そんな事言ってると売れ残りも無くなるよ?」
「みんなが満足するならそれで良いわよ?」
「嘘つきね」
ミカは口元だけに笑みを浮かべ、そして、ゴーレムの方へ歩き出した。
日は完全に暮れ、彼女の時間が訪れた。
◆
いくら殴りつけても手応えが無い。
それどころか、遂には穴から這い出し始めた。
さっきまでの熱気も日が落ちると同時に潮が引くみたいに消えて行って、みんな蠢く土塊を遠巻きに眺め始めた。
「最後の手段……かな」
そんな風に呟きながらリーザは後ろを振り向く。
その視線の先にピンクの子。
しかし、そのピンクの子はリーザに対し首を横に振る。
「ヘクト」
呼ばれた声に振り返ると何時来たのかミカが手招きをしていた。
そうか。
夜、か。
私は彼女の横へ。
「ちょっと、横に居て」
……何か嫌な予感。
「何で?」
「アレを潰すのよ?」
「私が横に居る意味を聞きたいの」
「吸うのよ?」
やっぱり!
「……腕にして」
彼女の前に右腕の袖を捲り差し出す。
「無理ね」
「無理って何よ!」
「無理は無理」
「こっちも無理!」
「ほら! 早くしないと!」
ミカの視線に釣られ振り返るとゴーレムが既に立ち上がって居た。
「……舐めるなよ?」
それだけ釘を刺す。
「んふふ」
しかし、彼女は否定しない。
覚悟を決め私はゴーレムに背を向け、ミカに向き直る。
そして、頭を傾け首を曝け出す。
ミカが私の脇の下から右手をゴーレムの方へ差し出す。
左手は……首に。
「冥界の拘束衣」
◆
ミカの言葉と共に、大地より黒く細い無数の帯が生え、蔦の如くゴーレムの体に巻き付いて行く。
全身を黒の拘束に捕まり再び前進を始めたゴーレムは、直ぐにその動きを完全に止める。
そして、黒い蔦はゴーレムの土の体を強烈に締め付けて行く。
◆
背後から強烈に何かを締め付ける音が聞こえる。
そして、直ぐ近くからミカの苦しげな声。
「ヘクト……」
「はいはい」
私は衝撃に備える。
右手をゴーレムに向けたまま、ミカが私の首に噛み付いた。
「……んっ」
思わず声が漏れ、そして、体から力が抜けて行く。
◆
何だ……これは……。
ゴスロリの女の子が男の首筋に噛みつきながら魔法を放って居る。
ピエラは、考えるのを止めた。
◆
ミカの魔法による拘束に捕まったゴーレム。
程なくして、その存在に限界が訪れる。
◆
リーザは黒い蔦に絡め取られたゴーレムを見上げて居た。
後方から時折喘ぎ声の様な吐息が聞こえる。
だが、それに関しては気にしない事にした。
このゲームが変人ばかりなのは今に始まった事では無いのだから。
それよりも見上げるゴーレムの異変。
そちらの方が重要だった。
動きを止めたゴーレムの末端、そこから微かに崩壊が始まった様に見えた。
土が崩れ落ち、直ぐにそれが風に流れ消えて行く。
そして水風船が弾ける様に、黒い蔦は一瞬でゴーレムを破壊した。
高さ十メートルを超える土の塊がその体を支えて居た魔力を失い、そして、ミカの冥魔法が一気にそれを締め上げる。
結果、辺り一面に土の雨が降ることになる。
それは、野次馬と化して居たプレイヤーの頭上に等しく降り注ぐ。
◆
何かが盛大に砕ける音がして、ミカが首から口を離す。
解放された……そう思った直後、私の背後から土が怒涛の如く降り注いだ。
ミカがちゃっかり私の下に潜り込み傘代りするのがわかったけれど、抗議の声を上げる余裕すら無かった。
◆
魔法で壊されたのではなく、核の魔力が限界だったのだろう。
男は自分の放ったゴーレムの最後を見届け、そう結論付ける。
そして直ぐに次の行動へ移る。
街の目が外に向き、そして、事態が終息し人々の意識が弛緩した瞬間。
その一瞬を逃さず王宮を目指す。
しかし、その目論見はただひたすらに王宮の警戒を続けて居たアラタによって阻まれる。
王宮の壁、それに取り付く直前に突然絡みつく鎖。
それを認識した直後、男は躊躇いもなく転移で逃げた。
一拍遅れてクレイグの放った矢が何も無いその空間をすり抜けて行った。
◆
歓声と悲鳴が渦巻くフィールドでノゾミはアラタからの報告を聞く。
そして、彼女は一人崩壊したゴーレムの残骸の山へと足を運ぶ。
そこで彼女は奇妙な物を見つける。
それは、干からびミイラの様になった子供の骸。
彼女はエクリプスのメンバー全員に解散を伝えた後、駆けつけた獅子座の騎士団の一人にそれの処理を任せた。
◆
土まみれになったピエラは同じく土まみれのリーザに合流する。
「デネブ……飛べるみたいだからそこ行こうか」
「……でぇす」
長い戦いと、散々な結末に二人は疲れ切っていた。
そんな戦いの最中に彼女達の知り合いからデネブ、白鳥座の転移ポータルの利用が可能になったとのメッセージが届いていたのである。
「「転移、デネブ」」
そこで二人はハルシュと二言三言会話を交わした後、蟹座の泡風呂で疲れを癒すのである。
◆
ノゾミから解散を宣言されたあと、ミカが汚れを落とすために蛇座の宿に行こうと言い出したが、丁重にお断りした。
一緒にお風呂に入ったら身の危険が有りそうだったから。
「大丈夫よ?」
「信じると思う?」
「んふふ」
口元だけで笑うミカ。
「じゃ、また別の日に」
そう言って喫茶水月に戻りログアウト。
結局、最後のユニコーン退治は行けなくて、よく分からない情報を手に入れた……。
……綺麗な男連れって何なのさ!!




