レグルス襲撃・上 ―― ヘクト④
「おいで。タルク」
男は、横に居る少年にそう声を掛ける。
しかし、少年はその声に何ら反応を示さない。
それどころか、薄く開いた目は焦点を結んで居るのかさえ定かでは無い。
「ん? モリオンだったかな? まあ良いや。誰でも」
男は少年の後ろに回り呪文を紡ぎ出す。
少年の足元から土が少年にまとわりつき、やがて全身を土が包み込む。
「さあ、行け。ゴーレム」
男の命令に従い、人の形をした土塊が一歩、右足を踏み出す。
更に一歩。
それが動く度に大地は小さく抉れ、代わりに土塊の体が歪に大きくなる。
土を身にまといながら進む、その先にはレグルスの街があった。
◆
「リーザは今日はヘルプなんだから大人しくしてるでぇすよ?」
「わかってるよー」
本当にわかってるのだろうか、と思いながらピエラは待ち合わせ場所であるレグルスの街の門を目指す。
先日、真珠姫の護衛の際に別口、ギルドからの依頼で護衛を引き受けたプレイヤー達と共にクエストに行く約束があったからだ。
とは言え、ピエラ、そして隣に居るリーザより大きくレベルが下がる彼らと共に戦うので二人はあくまで助っ人と言う立場である。
リーザが前に出てしまえば他のプレイヤーに活躍の場など残されて居ないのだから。
しかし、そのクエストは迫る異変に寄りキャンセルされる事となる。
◆
王宮の見えるいつものカフェにアラタは居た。
あの晩以降、暗殺者の姿は影を潜め最早襲撃は無いだろう。
そう思いながら監視を続けて居たアラタは見張って居た王宮の更に先。
街の外から迫る異変を目撃し、椅子から立ち上がる。
「こちらアラタ! レグルスに迫る……何だ、アレは!?」
咄嗟にノゾミに通信を入れ、しかし、その現状をどう伝えるか、そこで言葉を失うのである。
『落ち着いて。どうしたの?』
「画像……いや、映像を送ります」
言葉で伝えるより早い。
そう判断し、自らが目にして居る風景をノゾミに転送する。
◆
「さて、そろそろ行こうかな」
喫茶水月でミカの入れたお茶を飲み、そして、私はカウンターから立ち上がる。
「聞くけど、今日、何度目?」
言われ私は指折り数える。
「……八かな?」
今日、八回目のユニコーン退治。
カウンターに立つミカと、横のノゾミが露骨に嫌そうな顔をする。
「何が楽しいんだか……」
「蛇よりは叩き甲斐があるよ?」
昨日やっと蛇退治から解放された。
ミカは着々と魔王召喚の準備を整えて居るようだ。
「ま、今日で最後だしね」
「そう言う事」
しかし、私は最後のユニコーン討伐に結局行けなかった。
通信が入り、ノゾミの顔に緊張が走る。
「落ち着いて。どうしたの?……わかった。いえ、このままで」
通信をしながらノゾミが仮想ウインドウを展開する。
そこに映像が映し出される。
そこには何度か見た街の景色。
「レグルス?」
私の問いにノゾミが頷く。
「動いてる。……ゴーレム?」
ミカは街の外にある異変に目を向ける。
そこには、レグルスの城壁より遥かに高い土の塊があった。
「イベントの告知は? 無かったのね?」
通信を繋いだままのノゾミが相手に確認する。
「陽動」
私は仮想ウインドウに映し出された景色を見て、そうノゾミに告げる。
「え!?」
「本当の狙いは王宮じゃない? 混乱に乗じて忍び込む」
「暗殺者の仕業? これが!?」
「違うって確証、ある?」
私の問いにノゾミが首を横に振る。
「……狙いは王宮かも知れない。そのままそこで警戒を続けて。私達は念の為アレの対処に向かう」
相手の返事にあわせてだろう。ノゾミが一度小さく頷いた後、通信を切る。
「ヘクト、行くわよ」
「了解」
「ミカ、は、まだ無理ね?」
「残念」
「じゃ、そこの天パー、すぐ準備して」
「……俺の出る幕じゃ無さそうな相手だけど?」
いつの間にかアイマスクを外したクレイグが仮想ウインドウを見ながらそう言う。
「あんたは街中の警戒。アラタと合流して」
「そっちかー」
嘆きながら大げさに天を仰ぐクレイグ。
「マーカスが来たら説明して」
そう、ミカに伝言を頼むノゾミ。
「了解。日が暮れたら私も行く」
相変わらずの無表情が、少しやる気を見せる。
私は時計を見る。
彼女の時間まであと一時間半。
それは即ち、降臨の開催時間。
今日は、もう無理かな。
◆
優に十メートル以上は有る、土の人形。ゴーレム。
それが、彼方からレグルスの街へ迫っていた。
既にレオ王国の騎士団は街の住人の避難誘導を開始している。
そして、街の外にはそれを迎え撃つべくゲームのプレイヤー達が溢れ出てきている。
皆、一様に楽しそうな笑みを浮かべ。
それは、迫る危機に悲壮感を漂わせ逃げ出そうと言う気持ちを押さえながら避難を促す騎士団の面々とは対象的である。
「どうしようね?」
比較的、落ち着いた声でリーザがピエラに問う。
約束していたプレイヤーたちは既にフィールドに繰り出し、迫るゴーレムに対処すべく展開してる。
「一人でなんとかしようとか、考えちゃだめですよ」
ピエラが飛びだそうとしているリーザに釘を差す。
おそらくここに集っているプレイヤー達は自分たちより格下、いわば中堅だ。
このイベントに参加するプレイヤー達に混じり、頭一つも二つも飛び抜けたプレイヤーが手柄を奪ってしまっては余計な不興を買うだけだと、そう考えた。
それと同時に現れたモンスターを観察し、しかし、その程度の強さだろうかと自らに疑問を投げかける。
既に何発かの魔法が浴びせられているがそれに怯む様子など微塵も感じられない。
しかし、多くのプレイヤーが繰り出したこの戦場に呼べるほど気の利いたプレイヤーの当てもまた無いのである。
強力な魔法を使うジルヴァラ、そして、ハルシュは戦場全てを吹き飛ばしかねない。
それらを上手く操れそうな人物は生憎取り込み中らしく通信不可。
「あの木を超えたら、参戦するでぇす。但し、本気モードは禁止」
ピエラは、街道に立つ一本の木を杖で差す。
それは、丁度ゴーレムと背後の街の門との中間に位置していた。
「うん。了解」
リーザは剣と斧、どちらが有効だろうかと考えながらピエラに返事を返した。
◆
人の背丈、それより大きな掌に掴まれた恐怖は如何程か。
腕力でその拘束から逃れる術が無いと悟ったプレイヤーはその身が土塊に潰される直前に離脱によって破壊から逃れていった。
それと同時に飛び出したリーザをピエラは止めることはせず、後を追いかける。
出鱈目に両腕を振り回す度に、周りのプレイヤーたちが弾き飛ばされて行く。
プレイヤーたちが振り回す武器は毛ほども脅威になっている様子がない。
そもそも攻撃に統制が取れていない。
戦線が崩壊するのは時間の問題に思われた。
ピエラはそれを防ぐ方法を必死で考える。
そんなピエラの両脇を人影が二つ追い抜いていく。
◆
斜め上から振り下ろされた巨大な右腕の一撃。
逃げるプレイヤー達の間から一人走り出てその前に向かう姿が有る。
大きな剣を携えた栗色の長髪。
多分、知っている。
剣を腹を使い、振り下ろされた拳を受け止めたその人に後ろから声をかける。
「そのまま! 動かないで!」
心の中でごめんと付け加える。
そして、跳躍スキルを使って大きくジャンプ。
栗色の頭を踏み台に、更に上へ。
「ええぇぇぇぇ!?」
下から抗議とも取れる声がするが、ま、想定内。
メイスを振りかぶり、土人形の額目掛け思いっきり振り下ろす。
鈍い音、そして衝撃が右手に伝わる。
「固った!」
非力とかそう言う問題では無い。
全身を使ったその一撃で、わずかに表面が削れただけ。
これは、まともに殴り合うべきじゃ無いな。
着地し、バックステップで下がりながら対策を考える。
「……ごめん」
チラッと後ろを見て、栗色の髪の人に謝りを入れる。
私が踏みつけた所為でバランス崩して吹き飛ばされた見たい。
「あ! 貴方! ……白刃」
バレてた。
いや、アイツがバラしたのか?
「お久しぶり」
前に向き直り、上から振り下ろされる左腕を避けながら答える。
その腕が地に着く、そのタイミングで地を蹴りその腕を駆け上がって行く。
そして、二の腕付近から跳躍。
顎らしきところを思いっきり横殴りにする。
……先程と同じく、表面を僅かに削るのみ。
着地しそのまま走って距離を取る。
「歯が立たないわ」
ノゾミの側に戻り自嘲気味に言う。
「トコトン非常識ね」
「ホント。人体の急所くらい残せばやりようも有るのに」
ノゾミの感想に同意を返す。
「いや、アンタの事よ?」
「え?」
ノゾミがゴーレムでは無い方を指差す。
そこには私を睨みつける栗色の髪の人。
その後ろにピンクの女の子も。
「謝ったんだけどな」
「頭を踏みつけられて許せる? 相手は女の子よ?」
「……私も女の子なんだけど」
でも、まあ、許せないなと言うのは口に出さない。
「嫌われちゃったかな」
「そんなタイプには見えないけど」
そう言ってノゾミはゴーレムに視線を向ける。
私も戦いに意識を向ける。
さて、どうやって足止めしよう。
「いくでぇす!!」
戦場に可愛い声が響き渡る。
直後。
「「「「「「抉れる大地」」」」」」
周りから魔法の大合唱。
ゴーレムの足元に大穴が開き、地響きと共にその巨体の胸元まで大地に沈める。
そして、プレイヤー達が一斉に半分沈んだゴーレムに襲いかかって行く。
だが、その半数は水平に振るわれた腕に跳ね飛ばされる。
「ヒールウェーブ」
跳ね飛ばされた彼らをすぐさまピンクの子が癒して行く。
再び立ち上がり向かって行く彼ら。
そんな事が何度か繰り返される。
……あの子、ドSかしら。
「雑多な戦場になったな……」
飛び込む隙も無さそうな戦場を見ながらそんな感想を零す。
「こう言う戦いは嫌いですか?」
「うわ!」
いつの間にか近づいて来ていた栗色の髪の人。
「あ、えーっと……悪気はなかったの。ごめんね」
口元は笑ってるけど、額に青筋が浮いてるよの。
頭を下げた私に彼女は大きく溜息を吐き、そして右手に差し出す。
「リーザです。よろしく」
「ヘクトです」
その手を握り返す。
……この泥棒猫!
とか言われたら……どうしよう、と急に恐怖が押し寄せて来る。
そんな私を不思議そうな目で見るノゾミ。
大丈夫……戦場だしね? ここ。