夜行性の吸血姫 ―― ミカ②
「おはよう」
て言っても、現実はもう夜だけど。
変な時間まで寝ちゃったな。
家事を済ませ、顔だけ出して降臨に行くつもりでログイン。
一階に下りる途中、多分同じくログインしたばかりのアラタにばったり会う。
「……おはようございます」
ちゃんと挨拶を返すアラタ。
でも……また……睨まれてるなぁ……。
何もして居ないのに。
多分色々誤解してそうなんだけど……どうやって切り出そう。
これは、意外と難しい問題だ。
一階に下りると、相変わらずのクレイグ。
そして、カウンターの中にミカが居た。
「おはよう」
「おはよう。ねえヘクト。明日からちょっと付き合ってほしいんだけど」
「いいよ」
カウンターの向こうから身を乗り出したミカが、私の返答に微かに口角を上げる。
懐かれたかな。
◆
アラタは驚愕する。
男子禁制であったアジトの三階。
そこからヘクトが下りて来た事に。
そして、ノゾミのみならず、ミカにすら親しげな様子を見せている事に。
思春期真っ只中。
あらゆる想像を膨らませるアラタとってヘクトは自分の領域を土足で歩き回る敵でしか無い。
しかしながら、面と向かいそれに抗議する勇気は無いのだが。
◆
そして、何か、すごくアラタから視線を感じる。
いっそ、ノゾミに相談するか。
……それもなぁ……。
よし、こんな悩みも、今朝の『人形使い』への鬱憤も全部ユニコーンにぶつけてやる。
メイスの使い方も何となく見えて来た。
そして、積み重ねた敏捷のステータスが攻撃の威力に転じ出した、そんな感触がある。
そう。
早く振れればそれだけでも多少は威力出るのよ。
誰とも知らない乙女の嫉妬と怒りをその身に受けてみろ!
やっぱり……可愛く無くなったな……。
◆
翌日。
今日はミカと約束がある。
ならば、その前に。
軽くユニコーン退治をして来よう。
ウォーミングアップ。
◆
そして、水月でミカの淹れたお茶を飲みながら予定を確認。
「何処行くの?」
「蛇座。エルゲヌビ、天秤座の港から船なんだけど。天秤座行った事ある?」
私は首を横に振る。
「まだ、乙女座までしか行ってない」
「そっか。じゃ、そこから船に乗って行こう」
「ごめんね」
「ん? 何で? 全然問題ない」
そう言いながらミカは僅かに微笑んだ。
◆
「元々今日は移動だけの予定だったの」
乙女座から天秤座へ向かう船の上でミカが言う。
夕焼けが彼女の白い肌を赤く照らす。
「実はね、私、昼の日は使い物にならないの」
「ん?」
「夜行性ってスキル。
その代わり夜は凄いの」
夜は凄いのか。
アイツが聞いたら喜びそうな台詞だ。
言ってみようかな。
「何で赤くなってるの?」
「な、何でもない」
脳内シミュレーションして恥ずかしくなった。
「スキルだったら外せば良いんじゃ無い?」
「呪いのスキルで外せないの。
役に立ってるから良いけど」
ふーん。
「どれくらい強いの?」
「夜、全ステータス2倍」
「え!?」
「その代わり昼は0.2倍」
それって、結構凄いと思うのだけれど。
天秤座でお茶をして、その後の蛇座行きの船に乗る。
ミカはそこでログアウト。
私はそこから降臨へ。
ユニコーンを叩き潰し、また、天秤座に戻ってしまった。
転移で船に……戻れない。迂闊。
仕方ない。後三回程行ってこよう。
そして、その後もう一度蛇座行きの船に乗りログアウトしよう。
◆
「行こう」
ミカが右手を上げなら言う。
多分、気合の入った顔をしているはず。
変化がよくわからないけど。
私達の前には洞窟がぽっかりと口を開けている。
ミカの目的地は、ここらしい。
夜で、しかも洞窟の中。
でも暗視のスキルのお陰でそれなりに見える。
ミカはそれすら要らない見たいだけど。
私は楽しそうなミカの横で少し気後れしながら進んで行く。
「出た!」
はい。見えてます。
「毒は無い奴」
はい。メイスを構え、動きを観察する。
「死の足枷」
ミカの放った魔法。
地面から黒い触手が伸び、そして標的の胴の半ばを拘束し地に縛り付ける。
身動きの取れなくなった標的の頭へ私がメイスを振り下ろす。
頭を潰された蛇は粒子になり消えて行った。
「どんどん行こう」
はい。
うーん。
蛇、好きじゃ無いな。
ま、深く考えないようにしよう。
蛇しか出てこないらしいから……この洞窟。
◆
ミカが魔法で動きを妨害して、その隙にメイスを叩き込む。
そうやって、一時間程、蛇ばかり相手にして洞窟を奥へと進む。
進むにつれ、段々蛇が大きくなって行く。
「それ、何て魔法?」
ミカが使う魔法は独特だ。
敵を地に縛り付ける「死の足枷」。
敵を眠りに誘う「夢魔の口づけ」。
恐怖の記憶を呼び覚まし戦意を喪失させる「死神の笛」。
直接的な破壊力は無いが、敵を無力化するのに長けて居る。
「冥魔法。特別な方法で手に入れるの。夜行と同じ」
「特別な方法?」
「生命と引き換え」
「へー」
それだけ強力なのかな?
確かに厄介そうではある。
「何処で?」
「冥府。でも、行き方は秘密」
いたずらっぽく笑うミカ。
魔王を呼び出そうとしたりと、色々謎の多い娘だ。
◆
冥府。
蟹座、カンケル島に入り口がある特別なエリアである。
自身のLPと引き換えにスキル、アイテムを入手出来る他、ここでしか手に入らない情報も多い。
魔王の召喚方法などである。
このフィールド、プレイヤーはイベントをこなす事で誰にでも訪れる事が可能なエリアである。
しかし、そのイベントの発生条件を満たすプレイヤーが少なく、実際に訪れたのは現時点ではミカを始めごく数名である。
では、その発生条件とは何か。
「蟹」の味方である事。
「蟹の味方」である状態で猿に虐められる蟹を助けると言うイベント、そして、それに連なる幾つかのイベントをこなせば良いのである。
しかし、「蟹の味方」と言う条件に当てはまるプレイヤーが極めて少ないのだ。
なぜならはアクベンス、蟹座の港町は魚介の有名な街であり数々の魚介料理の店が並ぶ。
中でも蟹料理の店はプレイヤー作成のガイドブックに載った事もあり、一番人気。
来たら取り敢えず食え、とまで言われている。
だが、蟹を食べたが最後、そのプレイヤーは「蟹の味方」では無くなるのである。
ちなみにミカは、甲殻類アレルギーである。
◆
更に三十分程蛇の頭を潰し続ける。
ミカの目的は蛇が落とすレアアイテムらしい。
それは、今日一日で手に入るとは思って居ない、とも。
「この先、ちょっと強いのが居る。それを倒して今日は終わりにする」
「了解」
じゃ、終わったらユニコーン退治に行こっと。
「ねえ」
「ん?」
ミカが改めて私を見る。
「試して見たい事があるの」
「何?」
「……絶対に、動かないでね?」
そう言って、ミカは下から私の両肩を掴み……そして、顔を近づけ……。
え?
動くなって……?
「ちょ……」
抗議の声を上げようとした、その瞬間、ミカの視線が逸れる。
そして、その口を……私の首筋にそっと当て…………噛んだ。
「んっ……」
甘噛み……。
微かな衝撃が背筋を走る。
まっ……。
「な……に……を?」
体から力が抜けて……。
!
膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ミカが首から離れた。
「……美味しかった。ごちそうさま」
妖艶な目つきでそう言い放つ。
衝撃と脱力で私はその場に腰を下ろした。
◆
「ごめん。平気?」
心配そうなミカの顔。
「もう大丈夫……」
そう言って立ち上がる。
「今の……何?」
「吸血。MPの回復」
「やるなら説明してからにして……」
……心の準備が必要だから。
「始めて試したの」
いたずらっぽく笑うミカ。
「……首じゃ無くても……良いよね?」
手首とかでも。
「雰囲気」
いやいやいや。
ちょっと、それは、ダメじゃないかな?
それに……最後……口を離す前に……さらっと舐めたよね?
「首は……やめて」
「そう? 残念」
どこまで本気なんだろう。この娘。
◆
ミカのMPを強制的に回復され、そして、今までよりふた回り程大きい蛇に挑む。
しかし、動揺を引きずる私は戦いに集中出来ない……。
「ヘクト、大丈夫?」
「駄目みたい」
お前の所為だからな?
「じゃ、大技行くからちょっと引きつけて」
「……了解」
返事を返しながらメイスをすくい上げ蛇の下顎を叩く。
その位置、私の頭の高さ。
睨みつける蛇。
後ろに下がりながらミカから蛇を引き剥がす。
尚も追いすがる蛇の頭。
二発、三発……続けざまに殴りつける。
そして、間合いを取る。
大蛇がその鎌首を更に高くもたげる。
私の遥か上でその巨大な顎を開く。
鋭い牙が目に入る。
「鉄の処女」
ミカの声と共に蛇の頭の周囲に四枚の黒い板が出現。
板は収縮し蛇の頭をすっぽりと覆う。
そして、鋭い何かが肉を貫く音がし、大蛇はその身を硬直させる。悲痛な叫びを上げながら。
直後、蛇の体表を大量の血が流れ、そして、両端から粒子と化し空に消えて行った。
◆
その大蛇が目当てのレアアイテムを落としたらしい。
大喜びのミカと離脱で町に戻る。
そのまま宿屋へ行くと言う彼女と別れ、私はユニコーン退治へ向かう。
気分を落ち着けてからでないと眠れそうになかった。




