新しい世界へ戻る ―― プルム②
「おおおおぉぉぉぉ」
目の前に広がる光景を目の当たりにし、プルムは感嘆の声を漏らす。
彼女にとっての架空世界とは火星を模した一面赤茶色の荒野であり、無味乾燥の世界であった。
しかし、今、目にしているのは白壁の家々が立ち並ぶ街並み。
そして、その向こうに広がるどこまでも青い空。
その美しさにまずは感動するのである。
そして、次に襲い来る不安。
◆
さて、私は何をすれば良いのだろう。
いきなり放り出された白亜の街。
地雷が埋まってるなんて事は無いであろう事は無警戒に街を歩く人々の様子から分かる。
いや、何をしても良いのだ。
私はプルム。
今、この地に降り立つたばかりの存在。
過去は無い。
有るのは幸運の女神が見守る未来!
……本当か?
ま、取り敢えず街をぶらついてみよう!
◆
あれが武器屋、あっちは道具屋。
冒険者ギルド……?
向かいは酒場。酒場!
いや、昨日しこたま飲んだし。
そんな風に街をぶらついていたら、港に出た。
船が泊まっていて、何人かのプレイヤーが乗り込んでいく。
でも、海は無い。
空に船が浮かんでいる。
と言うことは……?
港の柵に身を乗り出して、下を覗き見る。
どこまでも続く空。
この街、浮かんでるのか!
吹き上げる風が前髪を、長い黒髪を揺らす。
楽しそう!
よし!
あの船、乗るぞ!
◆
「アルデバランまで、30,000Gです」
え。
船に乗ろうとした私が案内された切符売り場でNPCにそう言われる。
手前は3,000G。
全然足らないのである。
「お金って、どうやって稼ぐの?」
「冒険者ギルドに様々な依頼があります。それを解決する事で報酬を受け取れます」
「へー」
じゃまずはその冒険者ギルドに行こうか。
媚びたような笑顔のそのNPCに手を振り、来た道を戻る。
冒険者ギルドは、酒場の向かい。
という事は、お金を稼いだらそのままそこに吸い込まれて行っちゃうじゃ無い。
……なんて罠だ!
◆
そうやって街を歩きながらゲームの進め方を少しずつ学んで行くプルム。
ギルドで新人向けの依頼を受け、そして、ギルドで勧められた通り回復薬を道具屋で購入する。
はたから見れば完全に初心者プレイヤー。
そんなプレイヤーに声をかけようと言う輩は二つに大別される。
親切な先輩を装う下心を隠した者か、鴨を見つけた犯罪者である。
◆
「はじめましてー」
道具屋から出て、フィールドへの出入り口へ向かう私に、一人の男が話しかけて来た。
ウザい。
「これから狩り?」
何も言ってないのに、私の横に並んで歩く。
「ねぇねぇ」
そして、私の前に回り、後ろ向きで歩く。
そのニヤケ面に昨日声をかけて来た男を思い出す。
「お名前、はぁあんん゛!」
死ね。
取り敢えず、その股を思いっきり蹴り上げる。
死ね。
突然の出来事に不細工な面白顔をした後、その場に蹲る男。
それを避け、改めて街の外を目指す。
全く。
アバター、可愛く作りすぎたかな。
<ポーン>
突然の耳元でシステム音がする。
<警告>
<市街地での戦闘行為は禁止されています>
<従わない場合はペナルティ対象となります>
ふーん。
そうなのか。
気を付けよう。
でも、悪いのはアイツだからな。
さー、気を取り直して街の外。
ここでウサギを十匹退治。
頑張ろう。
「待て! クソアマ!」
剣を抜いてウサギを探そうと周囲を見渡したところで後ろから叫び声。
……クソアマって私か?
振り返るとさっき声をかけて来た男だ。
手に槍を構えて居る。
槍使いか。
……気に入らないな。
「ぶっ殺してヤル!」
その槍を手に真っ直ぐに私に向けて突っ込んで来る。
私の視界から色が、余計な物が消えて無くなる。
相手の動き、そして、狙い。
それらを観察し、考えながら自分の体を動かす。
交わしざまに首をひと撫で。
しかし、思い描いたその行動は、成就されなかった。
相手の動きを交わしきれず、肩に槍の穂先が食い込んだし、私の剣は首に届かず空を切る。
動きが、体の反応が全然遅い。
そう言うもんなのかな。
少し戸惑いながら、頭の中でタイミングをチューニングする。
一撃当てたからか、少し勝ち誇った様な表情を浮かべる男の横に【反撃可】と言う表示が浮かぶ。
横薙ぎに振るって来る槍を下がりながら躱す。
僅かに遅れた。
直ぐに思考をチューニング。
すくい上げる一撃。
仰け反り避ける。
思いっきり槍を引いた。
そこから私の顔めがけ真っ直ぐに突いて来る。
半歩横に。
体ごと飛び込んで来る相手を剣で迎える。
刃を相手の喉笛に押し当て、一気に引く。
切り口が、浅い。
刃を三分の一程引いた所で更に剣に力を込める。
それで辛うじて首の半分ほどまで剣を食い込ませ、そして、引き抜く。
しかし、その一撃で鮮血が上がる事なく相手は光る粒子になって消えて行ってしまった。
<ポーン>
<レベルアップしました。メニューよりステータス操作を行って下さい>
へー。
一気にレベルが上がったみたい。
ステータス操作って何だろ。
仮想ウインドウを開く。
ステータスの枠が少し光ってアピールしてる。
筋力、敏捷、魔力の三つか。
残りのポイントが、12か。
足らないの感じたのは体の反応。
てことは、取り敢えず全部敏捷で良いかな。
えい!
仮想ウインドウを消して、剣を振って見る。
……まだ遅いなぁ。
さて、ウサギを仕留めに行こう。
◆
余談ではあるが、通常レベルアップ時の増加ステータスポイントは3である。
つまり12の増加ステータスポイントを入手したプルムは一度のPKでレベルを4上げたことになる。
これがPKの数少ない恩恵の一つであるが、【離脱】スキルで一瞬のうちに戦闘状態から退避可能なこのゲームにおいて、その恩恵の預かろうと試みて預かれる者はあまり多くない。
◆
クエストで指定された十匹のウサギを退治して、プルムはギルドに戻る。
そして、4,000Gの報酬を受け取る。
再びギルドで依頼を受け、フィールドに繰り出す。
そうやって繰り返し、一時間ほどで二万G程稼ぐ。
そして、その足で向かいの酒場に入り、その三分の二程散財した所で、プルムのゲーム初日は幕を降ろすのである。
◆
「おはよう」
「おはよー」
翌日ログインした私は、早速ギルドの向かいの酒場に入る。
そこで約束を交わしていたプレイヤーを見つけ挨拶。
彼女はアキ。
私と同じく、昨日プレイを開始したらしい。
と言うことを昨日この酒場で知り、意気投合した。
凄いね。
今のゲーム。
ご飯が美味しい。
お酒も美味しい。
まあ、お酒は実際酔ったりしないからお酒と言えるか微妙だけど。
でも、その分二日酔いに苦しまなくて済むよね。
その点は素晴らしい!
お陰で今年は大掃除が出来た!
と言っても大して広い部屋じゃ無いけど。
これ、毎夜ゲーム内で一杯やってたら大分お金が節約出来るな。
ついでに体脂肪の調整も不要になる。
あれ?
いいことづくめ?
アキは既にカウンターでビールっぽい飲み物を口にしていた。
私は、隣に座りながらカシスソーダらしき飲み物を頼む。
「今日は配達の依頼とかを受けながら、隣の町まで行ってみようと思うの。
シェラタン」
「いーよ。じゃ、一杯飲んだら行こう」
「あっちはどんなお酒があるかな」
うん。
なんか、完全にダメな人たちだな。
◆
「ダメ。ダルい」
ハマルからシェラタンまでの道のりの半分程でアキが根を上げる。
結局三杯も飲んだからね。
でもね。
「この依頼を達成させないと、もう、水も飲めないよ」
逃れ様の無い事実を突きつけ、アキを奮い立たせる。
「それに、早くしないと日が暮れちゃう」
陽が傾き、世界が夕焼けに染まっている。
現実と同じ、赤い夕焼け。
「うー。しんどい」
言いながらアキが歩き出す。
しかし、向かいから狼の群れが走り来るのが見える。
私は剣を手にする。
「あー。何か来たよ。頑張れ! プルム」
「はいはい」
彼女のダルそうな声で、少し体が軽くなる。
応援。
他人の身体能力を強化するスキルらしい。
敵は……八頭。
動物相手なら、剣より銃の方が向いてるな、と考えながら向かい来る獣に集中する。
世界から色が消えて行く。
◆
結局、シェラタンに着いた頃には夜になっていた。
ギルドで報酬を受け取った後、アキに酒場に誘われたが、そう毎日行ってられないので断った。
もう少し、切れ味の良い剣が欲しい。
ここの武器屋で、一つ上のランクが買えるらしいからそれまで節約だ。
◆
翌日、夜の日。
彼女は、ギルドで討伐の依頼を立て続けに請ける。
常人であれはスキルの補助無しでは苦労する夜間の戦闘も、色の無い世界で戦いを続けてきた彼女には苦ではなかった。
僅かな月明かりがあれはそれで十分だったからである。
そうして、一人黙々と剣を振るいながら現実のストレスを忘れると共に、昔の感覚を呼び戻して行くのである。
◆
「剣か。今使ってるのはどんなのだ?」
武器屋の主人が偉そうに言ってくる。
私はロングソードを抜いてカウンターの上に置く。
それを見た、主人の顔がかすかに曇る。
「やっぱりな」
何が?
「お前、殺してるな」
うん?
「いや、別にそれは良いんだ。
で、もっと殺しやすい剣が欲しいって事か?」
「別に切れればそれで良いんだけど」
「お前に持って行ってもらいたいもんがあるんだ」
そう言って主人が店の奥から一本の剣を持って来る。
鍔も護拳も付いていない、細身の長剣。
アイテム【ブラッディソード】 ランク5
この剣を手にした者は血を求め彷徨い
そして最後は自らの血を捧げる
何だ。この説明。
でも、ランク5って、結構強いよね?
「いくら?」
「引き取り手が居ない。こいつと引き換えで良いぞ」
そう言ってカウンターの上のロングソードを指差す。
胡散臭い話だけれど……。
ま、いっか!
「じゃーもらうわ。返さないから」
「返すつもりは無くても戻って来ちまうんだよな……」
そんな呟きが聞こえたが、関係無い。
武器代が浮いた!
これで、次の島に行けそうだぞ!
飲まなければ!