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戦線離脱組のお茶会 ―― ミカ①

「おかえり」


 転移で戻った私をカウンターの中に立つミカが迎える。


「……ただいま。大丈夫だった?」

「いきなり刺されて、ちょっとびっくりした。でも、平気」


 そう言って彼女は腰の辺りを押さえる。


「それ、治せる?」


 私の右腕を指しながら問うミカに首を振りながら、カウンターに座る。


再生リカバー


 切り落とした右腕があっという間に元通り。


「片手じゃ飲みづらいでしょ?」

「ありがとう」


 言いながら、カウンターの上にガラスのカップを置く。

 紅い液体が注がれたそれから、湯気と共に微かな香りが漂う。


「ローズヒップ?」


 受け取りながらミカに尋ねる。


「そう。……やっぱり」

「ん?」


 何がやっぱりなんだろう。


「ノゾミより女子力高いじゃん」


 そう言いながらミカは小さく笑う。

 ローズヒップティーの香りとその柔らかな表情が私の中から棘を落としていく。

 ゲームをしていてこんなに穏やかな時間を感じたのは初めてかもしれない。


 ◆


 テーブルでミカと向かい合い、他愛もない話に花が咲く。


 それは、彼女のおすすめの防具職人だったり、いろんな島のスイーツの店の話だったり。

 意外と話し出すと止まらないミカ。


 そして、自然と話は仲間の事となる。


「そういえばさ、アラタって……」


 疑問に思っていた事。

 多分、間違ってない。

 それならば全部、説明が付く。


「ノゾミ?」


 察したミカが先回りして答える。


「やっぱり?」

「わっかりやすいよねー」


 結局私への態度は嫉妬、そういう事か。

 ……かわいいな! 青春か!?


「ノゾミは?」

「全然気付いてない」

「あー、可哀想。それで対抗心持たれてるのか」

「え、そうなの?」

「そうみたい」

「へー。あ、男だって思ってるのか。あーそれで!」


 ミカが何かを思い出したように、笑い出す。


「今日、始まる前にノゾミと二人で消えたじゃん?」

「うん」

「すっごい顔してた!」


 あちゃー。


「怒り買いまくりね」

「面白すぎる」


 当人にとっては全く面白くないのだろうが。

 どこかのタイミングで打ち明けよう。

 男の子は……面倒くさいなぁ。


 ◆


「そう言えば、魔石どうしたの?」


 何かを召喚した様子は未だに無い。


「まだ、使ってない。準備中」

「へー。何か希望があるの?」


 やっぱりモフモフかな。そう言うの、自分で選べるのかな。


「うん。魔王」


 へー。


「何それ?」


 ◆


 予想外の単語に理解の追いつかないヘクトが聞き返す。


「何それって、魔王よ?」

「え? ……世界を半分くれる人?」

「それは知らないけどそんな感じの魔王を呼び出すの」

「え? 何で?」


 理由を問われ、そこでミカは少し考える素振りを見せる。

 打ち明ける気恥ずかしがあり、しかし、ヘクトなら良いかと思い直す。

 何より、そう、仲間だから。

 エクリプスで初めての、女性の仲間。上司ではなく。


「ジルヴァラってプレイヤーが居るの。

 【魔王】ってレアスキルを持ってる」


 彼女は語り始めた。

 このゲームを始めてからの事を。

 闘技大会の本戦に出るも、何も出来ず武器の餌食になった事を。

 近接が圧倒的に有利、そんな状況で異様な強さを見せた女の子の事を。

 その光景に憧れ、同じ力が欲しい、そんな事を願って居る事を。


「一回試したんだけど、失敗しちゃって。

 だからリベンジ。

 魔石の他にもレアアイテム必要だから」

「そっか。私に出来る事があれば手伝うね」

「ありがと」


 ◆


 ミカはかって魔石・黒と言うアイテムを所持して居た事がある。

 エクリプスの入隊条件として提示したのだ。


 ハルシュとジルヴァラの結託。


 闘技大会後に前触れもなく起きたその事件の情報は、世界を駆け抜けアーミラリをも狼狽させた。

 直後、ノゾミ、クレイグ、そしてミカの三人を初期メンバーとして特務機関エクリプスを発足させる。

 その代償としてミカは黒い魔石を所望し、貴重なその品を与えたのはそれだけ事態を重く見たと言う事である。

 しかし、慌てて発足させては見たもの少ない人員故、その働きは限定されるし、かと言って解散させるには惜しい程度には結果は残す。

 結論として、決してアテにせず適当に遊ばせよう、とそう言う意見がアーミラリ内で多数を占めるようになる。

 話が大きく逸れたが、こうして魔石を手に入れ、そして、エクリプスの特権を使い、ミカは魔王の召喚に必要なアイテムを次々と手に入れて行く。

 獅子の毛皮。大鷲の羽。蠍の尾。蛇の牙。

 それら、モンスターの素材集めに協力したのが攻略組と自称するプレイヤー達である。

 ほぼ一ヶ月かけ、それらのアイテムを集めそして魔王の召喚に挑んだミカ。


「その風は死を運ぶ。

 その熱は全ての命を奪う。

 我と汝の前に生は存在しない。

 全ての悪霊の王よ。

 今ここに西風と共に表れよ。

 全てを従え、全てに死をもたらす為に」


 地に書いた魔法陣。

 中心に魔石。

 その周囲に動物の骸。

 その前に立つミカが半日かけて考えた召喚の言葉を唱える。


 直後。


『ねーちゃん! ご飯だってー!』


 脳内に響く強制メッセージ。

 現実からの召喚。

 しかし、逆らってはならぬ。

 それは魔王()の使いの呼びかけ。


 ミカはすぐさまログアウトし食卓へと向かう。


 召喚の準備を全て整えたミカは逸る気持ちを抑えられずログインの時間を調節する事ができなかった。

 それ故、晩御飯と言うイベントを回避する事が出来なかったのだ。


 そして、そのイベント(晩御飯)を消化し再び魔法陣の前に立ったミカが見たものは消滅したアイテムと消えかかった魔法陣。


 失敗した。

 ミカは絶望した。

 失意のまま、喫茶水月へ戻り自室に引きこもった。

 荒れた。


 また、探そう。


 しぶしぶそう考え直し、部屋から出て来るまで一ヶ月ほど要した。


 しかし、ミカの認識は事実と違っていた。


 召喚は成功して居たのだ。

 ミカが居なくなった直後、魔法陣は怪しい光を放つ。

 そして、誰も居ない空間にブブブブと言う羽音が響き、闇が弾け……魔王パズズは召喚された。


 さて、困ったのは魔王パズズ。

 呼ばれて出てきたものの、誰も居ない。

 命令も無ければ目的も無い。

 結果、パズズはフラフラと空を漂う事になる。

 何が気に入ったのか定かで無いが魚座の南の空、魚座から南下する飛空挺の航路の上に居座る事になる。

 これにより当面の間、南への定期便が欠航する事が決まる。


 攻略組を自称し、他のプレイヤーより先へ進む事、そして攻略情報を提供する事を喜びとしていたプレイヤー達は自分達が集めるのを手助けしたアイテムによって南へ進む手段を無くしてしまうのである。

 なんと言う皮肉か。


 ◆


 ミカの大いなる野望を聞いた所で他の面々が戻って来た。

 もうそんな時間か。


「「おかえり」」

「おう」


 とマーカス。


「呑気にお茶会とは」


 これはクレイグ。


 そして、無言のアラタに睨まれる。

 なんか、可愛いな。

 これが年上の余裕か。


「ノゾミは?」

「子供を預けに行った。流石に放って置くわけには行かないからな」


 マーカスがそう答え、そして、なぜかまたアラタが睨む。

 その内、刺されやしないだろうか。

 早いとこ誤解を解こう。


「お疲れ様でした」


 しかし、アラタはそう言って階段を上がって行く。


「おい、祝杯は?」


 その背中にマーカスが声をかける。


「旦那、ここにはそんなに文化、無いんだよ」


 肩を竦めながらクレイグが言う。


「私も。ヘクト、今度付き合ってね」

「うん。おやすみ」


 ミカが手を振りながら階段を上って行った。


「さて、大人だけで一杯やりますか」


 クレイグがカウンターの向こうからビールを出す。

 当然、私の分も。


「お疲れ」


 そう言って軽くビンを掲げるクレイグ。

 ノゾミ待ってあげれば良いのに。

 そう思いながら、私もビールに口をつける。


「私が離脱した後どうなった?」

「ノゾミが近くに潜んでた奴を見つけて追いかけた。結局逃げられた見たいだが」


 そうか。


「そいつは最近売り出し中の『人形使い』、だな」

「人形って……生きてるんじゃねーか」

「陰気な野郎だ」


 クレイグが大げさに肩を竦めたその時、丁度、ドアが開く。


「ただいま……って、そうか、大人が増えるとこうなるのか」

「おかえり」

「お疲れさん」


 クレイグがビールを投げる。

 それを受け取り一気に半分程飲むノゾミ。


「しまったな。これからはこう言う時間も考えて作戦時間も決めないといけなくなった」


 笑いながらそう言う。

 そして、真顔になり私を見る。


「ヘクト、人形使い殺したの、貴女?」

「そう」

「どうやって?」

「ハマルに飛ぶだろうと思って先回りした」

「……なるほど」

「でも、顔は覚えた。そう言われた」

「人気者は辛いね」


 クレイグの軽口。


「あんなのばかり寄って来る」


 溜息をつきながらそう返す。


「簡単に手出しはして来ないと思うけど、用心してね」

「大丈夫だよ」


 あんなのに遅れは取らない。


「で、子供達は?」


 マーカスがノゾミに問う。


「ギルドに預けた。多分、薬か何かで洗脳されてたんじゃないかって」

「そうか……」

「嫌な敵ね……」


 祝杯と言うには重すぎる空気が支配する。

 それが、私達と人形使いとの因縁の始まりだった。

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